夢
悲しい時。
落ち込んだ時。
怒った時。
寂しい時。
言い知れぬ孤独に陥った時。
必ず思い出す一つの夢がある。
幼いときにただ一度だけ見た色鮮やかな、決して色褪せることのない不思議な夢。
信じられないほど青く澄んだ雲一つない美しい空。
足元に広がる青々と生い茂る柔らかな若葉。
心地良い風が頬を撫で、優しく草木を揺らす。
そして、満開に咲き誇る桜が辺りを柔らかな薄紅に染める。
時折、風に乗って薄紅の花びらが舞う。
見たこともない美しい風景の中、それでも自分の目を惹き付け離さなかったのは、その風景に溶け込み、更なる美しさを持つもの。
咲き誇る桜に囲まれた広い空き地の中央で目を閉じ無心に舞う、年の頃4つか5つ頃の幼い女の子。
身に纏っていたのは布を重ねた見たこともない優雅な衣装。
女の子の動きより一拍遅れて柔らかく揺れる白く長い袖。繊細な細工の施された薄紅色の扇を握るのは白く小さく細い指先。
漆黒の艶やかな長い髪の一筋一筋。
その全てが風に踊る花びらを、水に漂う花びらを思わせた。
厳かでどこまで澄んだ清らかな、この世の全てを慰め浄めるような舞。
その子の舞を見ること以外、何も考えられなかった。
舞を見ることだけが全てだった。
声を掛ければ、その幻想的な風景を壊してしまいそうで、女の子が消えてしまうのではと身動き一つ出来なかった。
何があってもその夢を思い出すと不思議と慰められ、心を強く出来た。