王宮の書庫係は、二百年の恋を見逃さない
王宮には大きな書庫があり、その書庫を管理する者がいる。
目立つ仕事でないことは確かだ。
王宮の書庫を訪れるのは、王宮にいる方々の中でもごく一部だ。王都に暮らすほとんどの人は、王宮に何百年分もの書物が眠っていて、それを管理する者がいるなんて想像したこともなければ興味もないだろう。
けれど、私はこの書庫が好きだ。
何百年にも渡る王国の知恵と魂がここに詰まっていて、私はそれを感じることができる。
私だけに許された特権だ。
そうしてひとりきりで書物浴を楽しんでいるところに、私の気分などお構いなしに書庫室に入ってくる方がいた。
アレクシス・ヴァルデック伯爵令息だ。
その整った顔からは知性が滲み、溢れ出ている。黙っていれば、王国内でもそうそう見ないほどの素敵な男性だ。
黙っていれば。
「やあ、クララ。今日も元気そうだね」
頭がいいことと、人の気持ちに気づけることは別らしい。私は誰にも邪魔されず、書物の先人たちの魂に触れていたい気分だったのに。
「はい、そうですね……。アレクシス様もお元気そうで……」
「いや、僕は忙しくてへとへとだよ」
ぜんぜんそんな風には見えない。むしろ楽しそうだ。
「王国史の編纂は順調なんですか?」
アレクシス様はここのところ頻繁にこの王宮書庫にやってくるのだけれど、それというのも、国王オットー・ヴァイスブルク陛下の肝入りの王国史の編纂に携わっているからだ。
「まあ、何とかね。君のおかげだよ」
「私は何もしていません。もしお役に立てているのであれば、書庫の書物のおかげであり、書物を残してくださった先人の方々のおかげです」
「いや、謙遜しなくていい。君が必要な書物をすぐ見つけてくれるおかげだよ」
私はアレクシス様のご要望に従って、必要な書物を見つけ出し、貸し出している。
アレクシス様の知性とは違うとは思うけれど、記憶力だけは自信がある。私は紙と書物を扱う商家の娘だ。そんな平民出身の私が王宮の書庫の管理を任されているのは、この記憶力を買われてのことだ。それに加え、国王オットー陛下ご自身が、平民出身の王妃陛下とご結婚されるほど、進歩的な考え方をされる方だということも大きいだろうけれど。
私は、先代の国王陛下の時代の比較的新しい書物から、王国の始祖の時代の古文書に至るまで、あらゆる書物がどこにあるか、完全に把握している。
確かにそれはアレクシス様の王国史編纂に少しは役立っているのかもしれない。
「ぜひ今度、お礼に伯爵家に招待させてくれ。食事を振る舞いたい」
アレクシス様はそんな意味のわからない提案をしてきた。
「ご冗談を。どこの貴族が平民を食事に招待するんです?」
「えっ? だめなの? 僕の理解では、貴族が平民を招待することを禁じる王国法なんてないと思うけれど」
「法律で禁じていなくても、常識というものがあるのです」
「常識? 常識は王国法より優位にあるというのか?」
これだから頭のよい方はやっかいだ。とくに、常識のタガが外れていると、常識の理屈の不具合にすぐ気づいてしまう。
「アレクシス様は、もうちょっと人がどう思うかということを考えたほうがいいですね……」
アレクシス様はきょとんとした顔をする。
何かを考えているのだろう。
「なるほど。ご忠告ありがとう」
やがて納得したように頷いた。
私のような身分の者の意見も素直に取り入れるところは、アレクシス様の美点とも言える。
たとえば私が同じことを王太子殿下のような方に進言したら、ただでは済まないだろう。
「アレクシス、こんなところで何をもたもたしている。王国史編纂の期限は待ってくれんぞ」
アレクシス様に続いて……その行方を探していたと思われる王太子フリードリヒ殿下が書庫室に入ってきた。
フリードリヒ殿下は、王国史編纂の責任者だ。実際に王国史の編纂をするのはアレクシス様だが、フリードリヒ殿下が進捗と内容を管理し、最終的に出来上がった王国史を承認するのは国王オットー陛下だ。
つまり、遅れが出れば、フリードリヒ殿下はオットー陛下に叱責されるので、遅れないようにアレクシス様の尻を叩いているということだ。
この融通の利かなそうな天才伯爵令息を制御するのはさぞご苦労されているだろうと想像に難くない。それでもアレクシス様が起用されるということは、それだけ才能を認められているということなのだろうけれど。
「殿下、僕は必要な書物を探しに来ただけです」
アレクシス様はしれっと答えた。
「なぜ書物を取りに来て、書庫係の娘を食事に誘う話などになるのだ」
「あれ、そこもお聞きになっていたのですか……。それは……書庫内の書物を知り尽くしたクララさんのやる気を引き出すことができれば、より効率が上がると考えたのです」
何という屁理屈……。
「そんなことをせねばやる気が出ない者など解雇しろ」
アレクシス様が鼻で笑った。殿下に向けて。
「クララさん以上にこの仕事ができる方がいるわけないではないですか。クララさんを解雇したら、王国史の完成は10年後……いや、100年後になりますよ。もはや最新の王国史などとは言えませんな。それどころか、書いても書いても歴史に追い越されます。ははは」
フリードリヒ殿下の顔が怒りで真っ赤になった。
つい先ほどの私の忠告が、ぜんぜん活かされていない。
「誰にでもできる書庫係ごときにいちいち礼を尽くす必要も暇もない、と言っているのだ。貴族なら貴族らしくただ命令して人を動かせ! そんなことは常識だ」
「また常識ですか……」
アレクシス様は露骨に納得がいかない表情をする。
「いいからさっさと作業を進めろ!」
フリードリヒ殿下が怒声を浴びせた。
こんな態度のアレクシス様でも解雇されないのは、アレクシス様が王国史編纂に欠かすことのできない人材、ということなのだろう。
「はーい、殿下。言われなくともやりますよ」
アレクシス様は悪びれもせずにそう答えた。
「それともうひとつ」
「何です?」
「王国史に余計なことを書くんじゃないぞ。推測などは入れず、必ず現物の書物の内容に従って、正しく歴史を記述するのだぞ」
アレクシス様がきょとんとした顔をする。
「殿下、それこそ『常識』ではないですか」
「わかっておればよい」
「でも、書物の間で、矛盾があったらどうでしょう? 正しいことが何か、推測し、検証しなければならないのでは?」
「そのときは俺が指示する。推測も検証もいらん」
それだけ言い残して、フリードリヒ殿下は書庫室を去っていった。
※
「フリードリヒ殿下は、婚約破棄されて、イライラしているんだ」
フリードリヒ殿下が公爵令嬢シャルロッテ様から婚約破棄された話は有名だ。しかも、噂ではシャルロッテ様が下級貴族と恋に落ちてしまったことが理由だそうだ。
政略結婚よりも恋愛結婚を優先するなど、「常識」を重んじるフリードリヒ殿下からすれば信じられないことだっただろう。
「それだけではないと思いますが……」
「王国史にもぜひ書いておくべきだよね。史上初の貴族令嬢から王太子への婚約破棄だよ」
王太子が気に入らない貴族令嬢との婚約を破棄することは、このヴァイスブルク王国の歴史上よくあることだが、貴族令嬢のほうから婚約破棄とは珍しい話で、一時、王都の市井ではその話題で持ちきりだった。
「アレクシス様のそういうところにイライラされているんですよ……」
「え? そうなの?」
「そうですよ。早く仕事を始めないと、また叱責されますよ」
「そうか。そうだな。じゃあ、クララ。さっそくだけど、エドムント王の代の書物を探してもらえるか? II世のほうだ」
また急だけれど、アレクシス様がようやく仕事に取りかかるらしい。
「はい、承知いたしました」
私は記憶を探り、書庫の棚に移動する。
時代が新しくなれば、製紙技術も、教育も進んでいるため、書物の数も爆発的に多くなってくるのだが、エドムントII世の代は二百年以上前なので、まだ紙は高価で、王家の方々と高位貴族くらいの教育がないと文字も書けなかったはずだ。当然、書物の数もそこまで多くはない。
私は簡単にそれらの書物を見つけ、一冊ずつ手に取る。
「あれ……?」
その中の一冊に私は違和感を覚えた。
私は書庫に何の書物があるかはすべて記憶してはいるが、全て読んだことがあるわけではない。しかし、内容は知らなくとも、書物の外見や質感のようなものは覚えている。
「エドムントII世の日誌……?」
私はページを捲って、書物の中を見た。
——やっぱり……
「どうした、クララ? 手が止まっているぞ。盗まれた書物でもあるのか?」
私の様子を見ていたのか、アレクシス様が声をかけてきた。
「アレクシス様が返却されていない書物以外は何もなくなっていない……はずです」
「何だ、人聞きの悪い。王国史の執筆が終わったらちゃんと返すよ」
「それはいいんです……よくないんですけれど……今はいいんです」
「何だ、歯切れが悪いな。クララらしくない」
私はその書物を持って、アレクシス様のところに向かった。
「この書物なのですが……」
「エドムントII世の日誌か。この時代では最重要の書物だな。これがどうかした?」
「おかしいと思いませんか?」
「……何が?」
「表紙は正しいものだと思います。ですが、中身の一部がおかしいのです」
「えっ? クララ、君は中身がおかしいとかわかるの? 200年以上前の書物なのに? もしかしてクララは200歳以上なの?」
「そんなわけないでしょう」
「常識的にありえないって? 世の中には常識では測りえないものもたくさんあると思うんだけどな」
「そうじゃないんです。そうかもしれないですけれど」
「じゃあ一応聞くけれど、何がおかしいの?」
「紙です。新しい紙が混じっているんです」
「えっ? どこに?」
そう言ってアレクシス様がページをめくっていく。
「そこ、そのあたりです」
「えっ? あ、ああ、言われて見れば少し新しい感じはするな。でも言われないとわからない」
「私の家は紙も扱っているからわかるんです。そのページは汚したり皺を作っていますけれど、絶対に200年前の紙ではないです」
「じゃあ、誰かが入れ替えたってこと? エドムントII世の死後に?」
「そうとしか考えられません」
「よくそんなことがわかるな。でも、それって……歴史を書き換えようとした者がいるってこと?」
「そうなりますね」
「でもそれも真相はもうわからないな。200年も前のことだ」
「いえ、そんな古い時代のことではありません。私の見立てでは、古くても数十年程度でしょう」
「えっ? そうなの? そこまで新しい紙には見えないけれど」
アレクシス様は驚いた表情をした。
「かなり巧妙に古く見せるようにしていますが、紙の繊維が細かいですし、薄さも均一で表面の手触りも違います。間違いないです」
「なるほど。とりあえず内容を読んでみよう」
「はい、そこから3枚は新しい紙です。ところどころ新しいものに変わっているところがあります」
そうして、アレクシス様と私は、差し替えられたページを読み進めていった。
「何だこれ。エドムントII世の、ミレーネという女性への想いばかり書かれている……。日誌というよりほとんど恋文だな。しかし、ミレーネは平民で、周囲からひどく責められていて、苦悩も吐露している……」
「前後の差し替えられていないところも、ミレーネへの想いや苦悩が綴られています……。同じような内容が続いているのに、なぜ差し替えなどしたのでしょう」
「そうだね……。ちょっといい? 全部読んでみる」
そう言うと、アレクシス様はものすごい勢いでページをめくっていく。アレクシス様は人よりも書物を読む速度が異常に早く、それも王国史編纂に任命されている理由のひとつなのだ。
しばらくして、アレクシス様はエドムントII世の一生分の日誌を読み終えた。
「いやー、まいったな」
それが日誌を読み終えたアレクシス様の最初の感想だった。
「どうしたんですか?」
「さっきのフリードリヒ殿下との話を聞いてたよね?」
「はい、余計なことを書くな、と仰っていましたね」
「いや、そこじゃないんだよ。矛盾があったら、フリードリヒ殿下に指示を仰げって言っていただろう?」
「はい……。ということは……」
「そう。矛盾があるんだよ。たぶん差し替えのせいでね」
「どんな矛盾なのですか?」
「ある箇所では、ミレーネという女性が王妃になっているのだけれど、ある箇所では、アマーリエという女性が王妃になっているんだ。もちろん、どちらかが側妃というのではなく、どちらも正妃なんだよ」
「そんな……。では、フリードリヒ殿下に指示を仰いだほうがいいですね」
「いや、真実を調べるべきだ。だって僕たちにはそれができるだろう?」
「できるわけないじゃないですか。200年前のことですよ」
「クララ、君はどの紙が現代のものかわかるんだろう?」
「わかりますが……。それがわかったところで……」
いや、そういうことか。
「そう。差し替えられたところを無視すれば、本物の日誌の部分だけが残るんだ。だから、偽物の王妃の記載は、差し替えられた部分だけに書かれているはずだ」
※
それから、1年ほど経った頃、アレクシス様を中心に、王国史は見事書き上げられ、国王オットー陛下に献上された。驚くべき早さというべきだろう。やはりアレクシス様の能力は凄まじかった。
王国史編纂の責任者、フリードリヒ殿下は誇らしげに跪き、父の国王オットー陛下に、何十巻にも及ぶ王国史の書物の束を差し出した。
オットー陛下も満足そうに頷いていた。
隣には王妃エレオノーラ陛下が私たちを労うような優しい微笑みをたたえていた。
そう、王国史編纂に直接携わったわけでもない私まで、アレクシス様が功労者として献上の場に引っ張り出したのだ。
けれど、国王陛下も王妃陛下も、平民が紛れ込んでいることは指摘せず、ただ「ありがとう。ご苦労だった」と私たちを労うのだった。
それから、オットー陛下は政務をこなしつつ、時間のあるときは王国史を読むことに没頭していたようだ。
そしてある日、オットー陛下は、アレクシス様を呼び出した。
アレクシス様は何のことか、すぐにわかったそうだ。そして私も無理やり連れて行かれることになった。
もちろん私にも心当たりがあった。そして、オットー陛下とアレクシス様との間でどういう決着がなされるのかも、見届けたい気持ちは強かった。
※
謁見の間は人払いされ、オットー陛下とアレクシス様と私の三人だけだった。
「よく来たな、アレクシス。そして……クララ・ベルナー書庫係だな」
オットー陛下に名前を呼ばれ、どきりとする。書庫係で平民の私の名前までご存じとは驚いた。
「オットー陛下、ご用件は、王国史に関することですよね?」
「ああ、そうだ。王国史を読ませてもらった。少し気になる記述があったのでな、直接話を聞きたいのだ」
「エドムントII世のことですよね?」
アレクシス様が言った。
「……やはり、気づいておったか」
「はい、僕ひとりでは、真実を知ることは叶わなかったでしょうが、このクララ嬢の助けがあって、その真相に至ることができました」
「『エドムントII世の心には生涯ミレーネがあり、その治世の傍にはアマーリエがあった』と記載があるな」
「はい、それは真実です」
「どちらが王妃だったのかわからない記載だな」
「はい、そこが重要な点です。執筆した僕よりも、おそらくオットー陛下にとって」
「私にとって……?」
「はい。このクララ嬢には紙が作られた年代がわかるんです。エドムントII世の日誌を始め、当時の書物には、現代に作られた上で、記述を差し替えられたものが散見されました。すべて、ミレーネとアマーリエという二人の女性に関する記述でした」
「……」
「僕たちは、どちらが王妃になったのか、すぐにわかりました。差し替えられた部分を無視して、わずかでしたが、差し替えしきれなかったのか、古い紙に記述された部分に本当の王妃の名前が残っていましたから」
「そうか……。それならなぜ、王国史に、こんな曖昧な記述をしたのだ?」
「もちろん、オットー陛下とエレオノーラ陛下、お二人のことを考えてのことです」
「私たちの……?」
「はい、本当は僕は真実を書きたかったのですが、クララ嬢がどうしてもと言うので従いました。僕もそのほうがおもしろいと思いましたし」
「おもしろい?」
「あ、いや、失礼いたしました。ともかく、僕たちは、なぜそんな差し替えがなされたのか、さっぱりわからなかったのですが、父に昔話を聞いて、その理由がわかったのです」
「ヴァルデック伯爵か……」
「はい、父は、オットー陛下、あなたが当時平民であったエレオノーラ陛下と婚約されたときのことを教えてくれました。陛下は、侍女だったエレオノーラ陛下と恋に落ちて、どうしても結婚されたかったのですよね?」
「もうよい。私から話そう」
オットー陛下がアレクシス様を制した。
「ああ、そうだ。私はエレオノーラをとても愛していた。本当に気の利く侍女で、彼女は本当に私に尽くしてくれていた。もちろん、エレオノーラに、王妃になろうだなんて野心はなかった。そんなことがありうるとは、王国の誰ひとりとして思っていなかった。ただひとり、私を除いてな。私はエレオノーラを本当に愛していたのだ。彼女と結ばれないのであれば、王位など辞退してもよかった」
そこでオットー陛下は小さくため息をついた。
「だが、そうもいかなかったのだ。弟の第二王子は若くして亡くなって、私が国王を継がなければ、王家の血統は途絶えてしまう。一方で、平民のエレオノーラとの結婚は、周囲が強く反対した。『常識を弁えろ。そんな前例はない』とな」
「また常識か……」
「何か言ったか?」
「いえ……。僕も『常識』というやつが嫌いなたちでして」
オットー陛下が小さく笑みを浮かべた。
「私の立場になると、『嫌い』というだけで一蹴するわけにもいかんのだ。それで、一計を案じた」
「歴史を書き換えて、存在しない前例を捏造したのですよね」
「そうだ。『前例』と言われて、必死に前例を探したのだ。そこで、あの書庫でエドムントII世の日誌を見つけた。平民のミレーネという女性を愛してしまった国王の記録を。だが、エドムントII世は『常識』に屈し、貴族令嬢のアマーリエと結婚をしていた。そのときの私の絶望といったらなかった。それは私とエレオノーラの結婚が果たしえないのだという絶望だけではない。エドムントII世が、人としての幸福を得られなかったことへの絶望でもあった」
「だから……エドムントII世の無念を晴らすため、そして、陛下自身の恋も成就させるために差し替えたのですね」
私が言った。畏れ多いとは思ったが、言葉が口から出てしまった。
「ああ。そのとおりだ。歴史を捻じ曲げるなど、許されることではないとわかっている。だが、それでもエドムントII世とミレーネがあまりに哀れでな。どうしても、二人が結ばれたことにしたかった。そんなことをして、彼らが救われるわけでもないのだがな」
「私は、歴史を書き換えることは間違っていると思います。書物を守る書庫係としては、本当のことを残してほしかったです。ですが……変な話に聞こえるかもしれませんが、200年前に叶わなかったことが、書物の中だけでは叶って、エドムントII世の日誌が嬉しそうに見えたんです」
オットー陛下が小さく笑みを浮かべた。
「そうだといいのだがな」
「そういうわけで、王国史もその記述でよろしいでしょうか? 嘘も書いていないですし、歴史を捻じ曲げてもいません」
「ああ……すまないな」
「いえ、とんでもございません。その代わりと言ってはなんですが……」
アレクシス様が笑みを浮かべながら言った。
※
その日、私は今までに着たことがないようなドレスを着ていた。
そして、ヴァルデック伯爵家の食卓の席に座っていた。
隣には、アレクシス様が座っている。
まさかこんなことになるとは……。
「どうです、父上。素敵な女性でしょう、クララは」
「ああ。そうだな。おまえにはもったいないくらいだな」
ヴァルデック伯爵は穏やかな声でそう仰った。破天荒なアレクシス様とはまったく異なる雰囲気の伯爵だけれど、とてもお優しそうだった。
「国王陛下も認めた女性ですからね」
アレクシス様が満面の笑みを浮かべた。
国王オットー陛下は私を認めたのではない。アレクシス様が認めさせたのだ。本当に常識外れな人だ。
あの王国史の件を利用して、アレクシス様はオットー陛下に、平民の私との婚約を後押しすると約束させたのだ。
オットー陛下は驚き、苦笑いし、最後にはそれを承諾した。あの流れでは承諾せざるを得なかっただろう。
後からそのことを聞いたフリードリヒ殿下は、あまりのことに絶叫していたらしい。常識はずれのアレクシス様が、オットー陛下まで巻き込んでしまったのだから無理もない。でも、フリードリヒ殿下も、自分が平民出身の王妃の息子であることと、王家としての「常識」との間で、いろいろな葛藤をしているのではないかと私は思う。
「国王陛下の推薦であれば、父上も結婚を認めざるを得ないですね」
そう言うアレクシス様に、やはり穏やかに伯爵は答えた。
「最初から反対などしておらん。おまえが幸せなら何も言わん。それよりも……クララさん、本当にこんな息子で良いのですかな?」
それはもっともな質問だ、と思った。が、「はい」と私は答えた。
アレクシス様は常識外れな方だ。でも、常識に囚われているだけでは、叶わない幸せがあることも私は知った。それならば、この方と一緒に少しくらい常識を外れてみるのも悪くないと思えた。
「ほらね、貴族が平民と結ばれることを禁じる王国法なんてなかっただろう?」
アレクシス様が勝ち誇ったように言った。
「まあ……そのようですね」
そう答えて、私は笑った。
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