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あこがれのルミタウン:粉砂糖の袋と雲クッキー

挿絵(By みてみん)


「……やっと来たね」


少女は城門の前で、そっとそう言った。


午後の陽射しが石造りの城壁をやわらかく照らしている。


町の外に広がる草原を風が渡り、どこか懐かしい香りを運んできた。


焼きたてのパンの匂い。

陽だまりに温められた木の香り。

そして、ほんのり甘いお菓子の香り。


まるで通りの向こうで、誰かが粉砂糖をふりかけているようだった。


目の前に立つ少女は、銀紫色の長い髪を風になびかせている。


胸に抱えた小さな地図帳。

午後の光を映した紫色の瞳。

そして、やさしい微笑み。


「ルミタウンへようこそ」


少女は地図帳をそっと閉じた。


「私はルミア」


そう名乗ると、一歩だけ横へ身を引く。


その瞬間――


ルミタウンの景色が、目の前いっぱいに広がった。


石畳の道は城門から町の奥へと続いている。


木造の家々。

赤レンガの煙突。

窓辺を彩る小さな花々。


商店街には色とりどりの旗が揺れ、その向こうには丸い噴水が見えた。


さらに遠くには、高くそびえる鐘塔。


時計盤は午後の日差しを受け、やわらかな光を放っていた。


ルミアは急かさなかった。


ただ旅人と並んで立ち、目の前の町を一緒に眺めている。


城門の近くでは人々が行き交っていた。


野菜を積んだ荷車を押して帰る人。

焼きたてのパンを抱えて家路につく人。

木のボールを追いかけて広場を駆け回る子どもたち。


決して大きな町ではない。


けれど、不思議と歩く速度をゆるめたくなる空気があった。


「初めて来る人はね」


ルミアが微笑む。


「だいたい最初に中央広場へ行きたがるの」


少しだけ空を見上げてから続けた。


「でも、ゆっくり歩くのもおすすめだよ」


二人は石畳の道を進み、商店街へ入った。


花屋の前には木桶や植木鉢が並んでいる。


淡い緑色のエプロンを身につけた花屋のお姉さんが、店先で花の枝を整えていた。


ルミアに気づくと、にこやかに手を振る。


「ルミア、こんにちは」


「こんにちは」


花屋のお姉さんは花桶から淡い黄色の花を一本選び、入口の花籠にそっと差した。


「今日はいい風ね」


空を見上げながら言う。


「こんな日はお散歩日和だわ」


さらに先へ進むと、甘い香りが漂ってきた。


お菓子屋さんだ。


開け放たれた木の扉。


ショーケースには焼きたてのクッキーやケーキが並んでいる。


窓から差し込む陽光を受けて、粉砂糖がまるで雪のように輝いていた。


カウンターの前には、栗色の短い髪をした少女が立っている。


クリーム色のエプロン姿で、小さなふるいを手に、焼きたてのお菓子へ丁寧に粉砂糖をかけていた。


「ルミア!」


少女は嬉しそうに手を振る。


「焼きたての雲クッキーだよ! 食べてみる?」


「ミーナ、また試食用を先に食べたんじゃない?」


「食べてないもん!」


ミーナはすぐに言い返した。


しかし次の瞬間――


ふと視線を落とした彼女は固まった。


テーブルの上に置いてあったはずの粉砂糖の袋がない。


「え?」


一拍遅れて、


「あーーーっ!?」


という声が商店街に響いた。


視線の先。


街角を、小さなリスが粉砂糖の袋を抱えて全力で逃げている。


白い粉が石畳の上にこぼれ、曲がりくねった足跡のような線を描いていた。


ルミアは思わず笑う。


「今日の町は元気いっぱいだね」


「そんな場合じゃないよー!」


ミーナは慌てて追いかけていく。


ルミアは旅人と一緒に、その後をゆっくり追った。


リスは花屋の木桶をすり抜け、雑貨屋の木箱を飛び越え、そのまま中央広場へ駆けていく。


「広場の方へ行ったよ!」


「さっき鐘塔の近くを走ってた!」


「噴水の裏に入られる前に捕まえて!」


住民たちは慣れた様子で教えてくれる。


どうやら初めてのことではないらしい。


挿絵(By みてみん)


中央広場は商店街よりも広々としていた。


噴水の中央には小さな石像。


澄んだ水が絶え間なく流れている。


周囲には木製のベンチが置かれ、子どもたちは噴水の縁でおしゃべりをし、老人たちは木陰で盤ゲームを楽しんでいた。


鐘塔の影が石畳の上に静かに伸びている。


ようやくリスが足を止めた。


粉砂糖の袋を抱えたまま、楽しそうに尻尾を揺らしている。


そのとき。


ふわりと一つの泡が漂ってきた。


透明な泡は陽光を受けて虹色に輝く。


リスはすっかり目を奪われた。


粉砂糖の袋を置き、泡を追いかけて走り出す。


そしてその泡を飛ばしていたのは――


まるまるとした小さな生き物だった。


「ぷぽっ!」


得意そうに胸を張る。


ルミアは近づき、その頭をやさしく撫でた。


「トト、ありがとう」


ミーナはようやく粉砂糖の袋を取り戻した。


ほっと息をつく。


「よかった……これで雲クッキーが作れる」


泡を追いかけて走るリスを見ながら、最後には自分でも笑ってしまった。


「まあいいか。今日は食べられてないしね」


午後の広場は少しずつ賑わいを増していく。


噴水のそばで休む人。

ベンチで本を読む人。

市場帰りの人。


やがて鐘塔の鐘が時を告げた。


澄んだ音色は広場を越え、ルミタウン全体へと広がっていく。


ミーナは粉砂糖の袋を抱えて立ち上がった。


「よし、クッキー作りの続きしなきゃ」


少し考えてから振り返る。


「あとで絶対お店に来てね!」


「焼きたての雲クッキー、ごちそうするから!」


挿絵(By みてみん)


夕暮れになるころ。


お菓子屋さんにはバターと粉砂糖の甘い香りが満ちていた。


ミーナが焼きたての雲クッキーを運んでくる。


表面はさっくり。


中はふんわり。


薄くまぶされた粉砂糖は、まるで初雪のようだった。


窓の外では商店街に灯りがともり始める。


花屋は店じまいをし、雑貨屋の店主は木箱を運び込み、宿屋の主人は夜灯りを掲げていた。


ルミアは窓辺で地図帳を開く。


ルミタウンの地図の隅に、小さな絵を描き足した。


粉砂糖の袋。


そして、尻尾をぴんと立てた小さなリス。


ミーナが不思議そうに覗き込む。


「そんなことまで描くの?」


ルミアは静かにうなずいた。


商店街を見つめる。


鐘塔を見つめる。


噴水のそばを行き交う人々を見つめる。


「うん」


そして微笑んだ。


「これも、今日のルミタウンの一部だからね」


再び鐘の音が響く。


夜がゆっくりと町を包み込んでいく。


ルミアは今日という一日を、


そっと地図帳の中へ記していった。


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