懺悔
捜索を手伝ってくれた人たちへ感謝の言葉を交わして、自宅へ戻る道中も、勘助は一度も勇を見ず、声をかけなかった。
勇は戸惑いと共に、父に見てもらえず、声をかけてもらえないことが悲しくて言葉が出ない。
――こうなったのは全部、自分のせいだ。父ちゃんに、呆れられたんだ……。
ただ、小春と二人だけの共通のことで楽しみを作るつもりだった。それだけだった。
父の信頼を裏切るつもりなど……全くなかった。
いつもなら、和気あいあいと他愛ない話をしながら手を繋いで帰る道のりが、酷く長く感じる。
「……あの、父ちゃん」
勇は躊躇いながら勘助に声をかける。だが、勘助は立ち止まって振り返ることもなく、真っすぐ前を向いたまま応えてはくれない。
暗い夜の町に響き渡るのは、勘助の足音と父を追いかける勇の下駄の音だけだった。
「……」
ズキン、と胸が痛む。
――どうしよう……父ちゃんが、俺のこと見てくれない。
勇は寂しさのあまり、止まっていた涙が再びこみ上げてくる。ボロボロと零れる涙を何度も腕で拭い、体を震わせ、しゃくりあげながら父の後ろをついて歩くことしかできなかった。
「……ただいま」
「勇!!」
自宅に到着し、勘助が声をかけながら引き戸を開くと同時に、一葉が涙ながらに飛び出して一番に勇を抱きしめる。
「良かった! 本当に何もなく無事で、本当に良かった!!」
父とは違い、きつく抱きしめて泣き崩れる母の温かさに、ますます涙があふれて止まらない。
ぐしゃぐしゃに顔を歪めて勇は母にしがみつく。
「母ちゃん、ごめっ……なさい」
震える声で謝り、号泣しながら母にしがみついた。
勘助は、やはり何も言わず二人の横を通り過ぎ、部屋に上がって行ってしまう。
最後まで振り向いてもくれなかった。大丈夫かと、たった一言でも声をかけて欲しかったのに、その一言すらない。
それが、胸の奥を抉った。
「母ちゃん、俺、父ちゃん怒らせた……。父ちゃん、俺のこと見てくれないし、話もしてくれない」
「当たり前でしょう!……どれだけ心配したと思ってるの!」
「……っ」
心配していたと改めて聞いて、父に愛されているという自信が揺らいだ勇は、不安そうに涙の溜まった目で母を見上げると、一葉は怒ったような顔を浮かべて勇を見つめる。
一葉は勇の肩に手を置き、彼の涙を手で拭いながら真っすぐに見つめ返した。
「父ちゃんは、勇が帰って来てないって分かって、誰よりも先に家を飛び出して行ったんだよ」
「……でも、父ちゃん、俺のこと全然、気にしてくれない」
父の無言の背中が、酷く遠く感じた……。
繋いでくれない大きな手に、拒絶されたように、感じた……。
だからこそ勇は、勘助に嫌われたのだと確信してしまう。
口角の両端が自然と下がり、胸が酷く痛んで震え、嗚咽が漏れた。
「……父ちゃん、俺のこと、嫌いになったんだぁ」
ショックのあまり大声を上げ、天を仰ぎながら号泣する勇は、止まらない涙を両手で拭う。
一葉は泣き崩れる勇の小さな胸が、耐えられないほど痛んでいることを知り、思わずもらい泣きしてしまいそうになるのをぐっと堪え、困ったように小さく微笑んで頭を撫でる。
「バカね、嫌いになるわけないじゃないの。それだけ心配してたってことでしょう? 父ちゃんにちゃんと謝ったの?」
母の言葉に、勇は泣きながら首を横に振った。
一葉はそんな勇の額を軽く指先で押してくる。
「悪いことをしたら、ちゃんと謝りなさい。誠心誠意謝れば、父ちゃんだって分かってくれるわ」
「……うん」
しゃくり上げながらぎこちなく頷く勇の背を、一葉は軽く押した。しかし、怖気づいてしまっている勇は二、三歩歩いてすぐに立ち止まってしまう。
「……い、今じゃなきゃ、駄目?」
「何言ってるの。当然でしょう? 後にすればするほど気まずくなるのは勇の方よ。今すぐ、謝ってきなさい」
一葉は両手を腰に手を当て、じっと勇を見据えてそう言うと、勇は何度も振り返りながら母の視線に押されるように部屋の中に入った。
「……」
居間に入ると、勘助の後姿があった。
勘助は縁側に腰を下ろし、やはり無言で勇に背を向けている。
勇はおどおどしながら、全身でしゃくりあげつつ、何度も足を止めては着ている着物の腹部を揉むように握りしめ、勘助の近くまで小股で近づく。
「……父ちゃん」
「……」
勘助のすぐ後ろまでたどり着くと、震える声で声をかける。
目尻に滲む熱い涙が、赤らんだ頬の上を滑り落ちていく。
「ごめ、んなさい……」
声を詰まらせながら謝ると、勘助は勇に背を向けたままで静かに口を開く。
「何がごめんなさいなんだ」
「お、俺が、帰りが遅くなったこと、で……」
勇がそう言うと、勘助は苛立ったような息を深く吐く。その吐息に勇はビクッと体を震わせた。
「……それだけか?」
「こ、小春、を、危ない目に、遭わせちゃって……」
「そうだろう。それがなぜ一番に出てこない」
「ご、ごめん、なさ……」
勇の感情は抑えきれず、ただ激しくしゃくりあげ小さく声を発することが精いっぱいだった。
勘助はようやく勇を振り返るが、怒った表情は崩していない。
「そこに座れ」
勘助と向かい合うように、勇はその場にゆっくりと正座をする。
勇は正座した膝の上で拳を握り、顔を俯かせてしゃくり上げる度に体を震わせた。
「お前は、自分以外の誰かを危険に巻き込んだ自覚はあるのか?」
「……ひっ、う…」
「まだ子供のお前が、あんな危険な場所で、小春お嬢さんを守れると思ってたのか?」
勇には答えることができない。ただできるのは、溢れる涙を拭うことが精いっぱいだった。
「どうしてあんな場所に行こうとしたんだ」
「……ひ、秘密基地、を、探し、たかった、から……」
「だからと言って、あんな場所から登るのは違うだろう」
小さく頷く勇に、勘助は小さくため息を吐いた。
「いいか、勇。お前はまだ子供で、できることに限りがある。それが、責任を伴うような、今回のようなことが起きたら、お前は何もできないだろう」
「……は、はい」
「無鉄砲な行動をしたお前たちのために、どれだけの大人が心配して動いてくれたか、そのことを腹に落とせ」
「……は、はい」
「自分の身の丈にあった行動を取れ。一つの過ちが多くの人に迷惑をかけることを忘れるな」
「……は、い。ごめん、なさい」
泣きながら何度も頷く姿に、勘助はようやく勇の頭に手を置いて頭を撫でる。そして「こっちに来い」と声を掛け、勇は勘助の胡坐をかいた膝の上に座らせる。
その小さな体を丸め込み、震えて泣いている勇を見て、勘助はやるせない気持ちに包まれた。
「……お前はな、まだ守られる立場なんだ。守る立場にはまだ早過ぎる。それから、お前たちを思って動いてくれた多くの人に感謝を忘れるな。分かったな?」
勇が小さく頷き返す。
ここでようやく、勘助も体から力を抜き、表情を緩めた。
「……お前も、無事でよかった」
心底安堵したような、聞き慣れた大好きな優しい口調で頭を撫でられ、勇の涙はまた溢れ出た。




