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春の残香 〜汽車の窓に、なごりの桜〜  作者: 陰東 紅祢
幼少期編

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7/8

焦り

 町の中は、騒然としていた。

 あれだけ日中人通りがあったと言うのに、何一つ手がかりが掴めない。


「いたか?」

「いや、こっちにはいなかった」


 灯りを手に、方々捜しまわっている大人たちは、顔を見合わせる度に確認の言葉を交わすが、肩透かしばかり。ここまで大人総出で捜索しても見つからないとなれば、誰の頭にも良くないことが過ってくる。

 誰かにかどわかされたか、もしくは事件や事故に巻き込まれたか……。


 勘助は頭を掠めるいくつもの可能性を、頭を振ることで消し去ろうと何度もした。それでも胸の中を覆うのは焦燥感と、無事を祈る思いだけだった。


「くそ……っ」


 勘助は汗を流し、苦々しく呟く。

 

 ――二人とも、無事でいてくれ……。


 勘助は拳を握りしめた。


「橋倉さん」


 ふと声を掛けられ、勘助がそちらを振り返ると、そこには弥七が立っていた。

 勘助は彼の姿を見た瞬間、体を僅かに硬直させ、息を呑む。 

 弥七は肩で静かに息を吐きながら、勘助を見据えた。 


「もし、小春に何かあった場合、あなたとの関係も考えなければなりませんね」

「……っ」


 瞬間的に音が途絶えた。

 静かに、しかし背筋が凍りつくその一言は、勘助に二の句を告げることを許さず、追い打ちで絶望を与えるには十分だった。

 眉間に深い皺を刻み、口を真一文字に引き結んだ勘助は無言のまま顔を伏せる。

 そんな彼の姿を冷ややかに見た弥七は、視線を逸らし夜の闇を見る。


「……何事もなく無事に戻れば、今回だけは見逃します」


 一言そう言い置くと、弥七は再び町の中に消えていった。

 重たく、鋭い釘を刺された勘助に立つ瀬はない。ただ、二人が無事で戻る。そのことだけが彼の運転士としての命を繋ぐ唯一の手段だった。


「勘助」

「!」


 深刻な顔を浮かべる勘助に、隣人の男性が肩に手をかけて声をかけてくる。勘助は彼を振り返ると、男性もまた神妙な顔を浮かべていた。


「俺は今から多度津山に行ってみるが、お前も行くか?」

「あ、あぁ」


 勘助は男性と二人で多度津山に向かって歩き出す。

 山側は灯りがなく、真っ暗な闇に呑まれ灯りがなければ周りがよく見えない。唯一の救いは、夜空に浮かぶ月の存在。仄かな明かりを地上に向けて放たれるその月明かりが、白々と地上を照らしてくれていることで、山の登り口を探り当てることは可能だった。


 暗い夜に見る山は、まるで巨大な壁のように見える。

 その山を見上げながら、男性が口を開いた。


「奥さんが一度、探しに入ってるんだよな」

「あぁ。頂上まで行ったが、見つからなかったと言っていた」

「と、言うことは……正規の道で登ってない可能性は考えられないか?」


 その言葉に、勘助は目を見開いた。

 大人の目線で見る子供たちの世界と、子供たちの目線で見る世界は全くの別物だということを、勘助自体も知らないわけではない。誰もが通る道だと言うのに、なぜそこに気付かなかったのか。

 勘助は目の前にある道から、脇道へと視線を巡らせる。その先には、線路と多度津山の山肌がある。人が通ろうと思えば通れないことはない場所……。

 視線がそこで止まった。


「……こっちか」


 勘助たちがそちらに足を向け、線路を渡ると、獣道ではあるが山に入れるような場所がある。

 その山肌を追うように、勘助は手にした灯りで上を照らした。

 まさか、こんな場所を登ろうと思うだろうか……?


「勘助、見てみろ!」


 男性が持っていた灯りで照らした先に、小さな子供の足跡が残る土があった。


「まさか……」


 勘助は青ざめた顔で、道のない山の斜面をもう一度見上げる。

 鬱蒼と生える草木は、子供の身長など余裕で隠してしまうほど生い茂っていた。

 何を思ってこんな場所から登ろうと思ったのか分からないが、勘助はぎゅっと表情を硬くすると足跡を追うように足を踏み出した。


「すまないが、ここから先は俺が向かう。他の人たちには、手がかりを見つけたと伝えてきてくれないか?」

「あぁ、わかった。気をつけろよ」


 男性は頷き返すと来た道を駆け戻った。

 勘助は灯りを手に握り締め、小さな足跡を追うように山道を登り始める。

 思った以上に急斜面。近くの草を掴みながら登らなければ、足が滑って滑落する可能性もある。


「勇――っ! 小春お嬢さ――んっ!」


 しばらく登ったところで足を止め、汗を拭って二人の名を呼んでみる。その瞬間、どこかから何か聞こえたような気がした。

 風で木々のざわめきに掻き消されたのか、はたまた聞き間違いか……。


「勇――っ!」


 もう一度呼んでみる。すると、勘助の今いる位置からやや町よりの斜面からハッキリと返事が返ってきた。


「父ちゃ――ん!!」

「勇!!」


 涙声の勇の声に、勘助はそちらに視線を巡らせると、脇目も振らずにそちらに向かう。

 何度も草に足を取られ、膝を着く。しかしすぐに立ち上がり、山肌から滑落しかけながらも駆け出した。

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