過ち
昼食を終えた勇は、小春の家へ急いだ。
――何して遊ぼうかな。
そんな事を考えながら、勇は大通りを早足で歩く。
その視界の端、家々の並ぶ向こうに山が見える。それが二人も遊びに行く多度津山だ。
切り立った崖もあるが、頂上付近には桜の木もあり、眺めはいい。
勇はそれを見て、あることを思いつく。
――あ、そうだ! これなら小春も喜ぶかも!
勇は名案を思い付いたと、心躍らせながら道を往来する人々を掻き分け、米屋の前に立った。
「小春ー! 遊ぼうー!」
口の両側に手をあてがい、大きな声で声をかける。するとほどなくして、奥の障子が静かに開き小春が顔を覗かせた。
「……行ってきます」
小春が草履を履き、中に声をかけると表に出てくる。
どこか元気がない彼女の様子を不思議に思ったが、勇は持ち前の明るさで話しかけた。
「小春、あのさ、俺、ここに来るまでに考えたんだけど、これから秘密基地探しに行かないか?」
「……秘密基地?」
小春は、少しだけ翳りのある顔を上げた。
「そう! 俺と小春の、二人だけの秘密基地!」
得意げになってそう言うと、小春の表情がパッと明るくなった。
秘密基地、という響きは小春にとっても魅力的だった。特に、「二人だけ」という言葉には何が特別な意味を感じさせ、期待に胸が高鳴り始める。
「うん! 行く!」
「よし! 決まりだな!」
「でも、どこに探しに行くの?」
小春の疑問に、勇は得意げになって答える。
「やっぱり、秘密基地と言えば、誰にも見つけられない場所じゃないとな。だから、多度津山に行ってみようぜ!」
多度津山、と聞いて、小春は思わず顔を顰めた。
そこは何度か遊びに行っている場所。今更秘密基地になるような場所があるとは思えなかった。
「多度津山は、何回も行ってるよ」
「ふふん。登る場所を変えるんだよ。いつもの道じゃなくてさ、反対側の、線路側からさ」
いつもとは違う道。
その言葉だけで、小春の怪訝な気持ちは一掃される。
「うん! それならいいよ!」
二人だけしか知らない秘密基地。その言葉が二人にとって、とてつもない大冒険をしているような気持ちにさせた。
「じゃあ、多度津山に行くまでの道も、新しい場所通っていこうぜ!」
勇の提案で、いつも遊んでいる場所から少し脇道へ入り、今まで子供同士で行ったことがない場所へと足を踏み出す。それが、少しだけ大人になったような気がした。
「大丈夫かな……?」
楽しみと、不安が入り交じり、ふと小春が足を止めて後ろを振り返る。
そこにはいつもの見慣れた通りが見えた。不安な顔をする小春に、勇は彼女の手を握る。
「大丈夫だよ!」
勇の笑顔が、今の小春には正解のような気がして、手を引かれるがまま彼の後をついていく。
多度津山に向かっていく途中、大通りに出る。短いトンネルが見え、そこはあのハチロクが走る、琴平に向かう為の線路があった。
勇たちは機関車が来ないのを見計らい、線路の反対側へ渡ると、いつも登る道とは別の道に入り込む。
「勇、ほんとに大丈夫?」
「大丈夫だって! いつも俺たちが来てる山だぞ。このまま進めば知ってる場所に出るし、秘密基地だってきっと見つけられる!」
自信満々に山道を入る勇に、小春は不安に思いながらも彼について行くことしかできなかった。
どれくらい山を登っただろうか。結構な道のりを登ってきたように思う。だが、目の前には生い茂る草木ばかりで、道らしい道に出ない。当然、見知った場所も出てこない。
「あれ……おかしいな……」
勇は辺りをきょろきょろと見回し、少し焦りの色を見せている。そんな彼の見て、小春も不安を覚え彼の袖を引いた。
「勇……?」
「絶対こっちの道で合ってるんだよ。だって、この景色。この景色は見覚えがあるだろ?」
木々の間から見える多度津の街並みを見て、間違えていないことを確認する二人は、その景色だけが安心材料になっていた。
「もう少し先に行ってみよう。もしかしたら、知ってる場所に出るかもしれない」
もはや、秘密基地探しをしている余裕はない。一刻も早く元の道へ戻ろうとする本能に従って、勇は小春の手を引いたまま山道を更に登り始めた。
いつしか二人は草木にまみれて汚れ、登れども登れども見えてこない景色に、完全に混乱して足を止めた。この時になって、勇は初めて血の気が引く思いをする。
「どうしよう……迷ったかも……」
「え? ど、どうするの?」
「どうするって……」
勇も小春も、どうしていいか分からずにその場に立ちすくんでしまう。
太陽を見れば、まだ高い位置にある。時間こそそこまで経ってはいない。それでも、見下ろす町ではそろそろ仕事に戻ろうとする大人たちの姿が見て取れた。
「そうだ、小春。山を下りよう」
「え?」
「町はあそこにあるんだから、あの町を目印にして山を下りればきっと帰れるよ」
「ほんと?」
心配そうに声をかける小春に、勇は大きく頷いた。
「あ、そうだ。その前に、父ちゃんから貰ったこれ、食おう」
勇はそう言うと、着物の袂から栗饅頭を取り出した。包みを開き、半分に割ると小春に差し出す。
小春は目の前に甘い香りのする饅頭を見て、少しだけ気持ちが緩んだ。
「ありがと!」
二人は近くの朽ち木に腰を下ろすと、小春は栗饅頭を頬張った。
その横で、勇は残った栗饅頭を袂にしまい込む。
「勇は食べないの?」
「これは非常食。下りるまで大事に取っとくんだ」
勇はニンマリと笑った。




