後悔と覚悟
翌日。
勇は遅く目を覚まし、昼食を済ませるとすぐに小春の家へと向かった。
だが、小春の家の近くまで来ると、次第に足が重たくなりゆるゆるとスピードを緩める。
――昨日のこと、小春にも謝らなきゃ。でも……。
勇の頭を掠めるのは、弥七の視線だった。
冷ややかなあの視線を向けた弥七が、小春に会わせてくれるか分からない。
怖気づきそうになったが、それでも、と、勇は拳を握りしめる。
『悪いことをしたら、ちゃんと謝りなさい』
昨日母に言われた言葉が頭を過る。
「父ちゃんが謝ってたんだ。俺もちゃんと謝らないと」
そう自分に言い聞かせ、勇は一歩足を踏み出し小春の家の前に立った。
中を覗き込むと、店の片隅で仕事をしている弥七の後姿が見える。その姿を見た瞬間、緊張からごくりと喉を鳴らす。
「……あ」
声をかけようとして、口を開いたがうまく言葉にならない。
勇がまごまごしている内に、米俵を床に置いた弥七が体を起こし、一息ついて振り返ると驚いたように目を見開いた。
「……」
「あ、あの……」
「小春なら、しばらく遊べないよ」
弥七はそう言うと、くるりと背を向け店の奥へ向かおうとした。
「……き、昨日は、ごめんなさい!」
背後にかけられた言葉に、弥七は動きをぴたりと止める。そしてゆっくりと顔を傾けて振り返ると、勇は着物を硬く握りしめ、緊張に震えながら見つめ返している。
「こ、小春にも、謝りたくって来ました!」
「……」
勇の心臓は早鐘のように鳴り、弥七の目を見ていられずぎゅっと目を閉じて僅かに顔を俯かせ、大きな声で叫ぶような大きな声でそう告げる。
驚いた弥七は、そんな勇の擦れて赤くなった目元を見て小さく息を吐く。
ゆっくりと勇の前に歩み出てきた弥七は、目線を合わせるようにしゃがみ込むと、勇の頭にぽんと手を置く。
「……何が悪かったか、しっかり反省したようだね」
「……っ」
「だが、小春には今は会えないよ。足を痛めて、しばらく安静にするよう医者から言われているんだ。君の謝罪は、私から伝えておこう」
そうとだけ言うと、弥七は立ち上がり店の奥へと戻っていった。
勇はそれ以上できることがなく、体から力を抜いて肩を落とし、トボトボと来た道を歩いて戻る。
――しばらく会えないくらい、足、怪我してたんだ。
勇は昨日のことを思い出して、落ち込んでいた。
あの時、栗饅頭を落とさなければ、拾おうとした小春が足を滑らせて転ぶこともなかった……。
――しばらくって、どのくらいなんだろう。
ぼんやりそんなことを考えながら家に帰る道中、誰かが話をしている会話が耳に飛び込んできた。
「昨晩は大変だったな」
その一言を聞きつけ、勇は思わず足を止めてしまう。
「勘助もな……。浪越さまとの関係が悪くなれば、今の仕事は続けられなくなるところだった」
勇は耳を疑うようなその言葉に言葉が出なかった。
「……」
勇はギュッと拳を握りしめると、その場から駆け出す。
何の気ないつもりの遊びが、まさか父親の仕事にまで影響が出るなんて、思いもしなかった。
唇を噛み、人々の合間を走り抜けた先に、少し早めに仕事を終わらせて帰る途中の勘助の後姿を見つける。
「父ちゃん……!」
勇が呼ぶと、勘助は足を止めて振り返る。
「おう、勇」
昨日とは違う、いつもと変わらない笑顔の勘助は、駆けてきた勇を抱き止める。
「また何処かに遊びに行ってたのか。お前は元気だなぁ」
「……」
のんきな声を上げて笑いながら手を繋ぐ勘助を見上げる。
仕事が出来なくなるかもしれない。そんなことを顔にも態度にも見せることがなくどっしりと構えた父を、勇は申し訳なくもやはり尊敬する。
――俺も、いつか父ちゃんのような男になる。
勇はひっそりと、心の中でそう誓った。




