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8話

俺とアリスは倉庫街近くの通りを歩いていた。

この街の住人の多くは鉱夫が占めているので、昼時のこの時間帯だと人があまり歩いていない。

「それで次に会う人はアリスにとってどういう関係の人なんだ?」

先導していた彼女の横に俺はつく。

「友達。

素直じゃないところもあるけれど、根っこはすごくいい人だよ。」

目的地の家に着いて俺とアリスはその扉の前に立つ。

扉といっても六枚の長い板を組み合わせただけのもので、下には隙間が見えている実に簡素なものだ。

ドンドンドン。

ノックしてから一分ほどすると扉が少しだけ開く。

「悪いが宗教勧誘ならお断りだ。」

女の声だ。

少し低いけどどもっているわけでなく、澄んでいてよく通る声だった。

「キャロル。私だよ私。」

アリスが呆れ気味に声をかけると扉が全開になる。

まず一番に目の中に飛び込んだのは栗色の瞳。

ダークブラウンのショートカットで、緑が主体のチェック柄のスカートを履いているのが印象的である。

肌の色は日焼け知らずの白でこの地域とは別の外国人らしい。

「男連れで来たのか。」

あくびの直後なのか、目じりが濡れて眠そうにしていたが、俺のことを見てそれが丸くなる。

「それも含めてまずは家に入ってくれ。」

引っ越ししたてか!

部屋を見てまず抱いた感想はそれだった。

コンテナと言うのか、木の箱が中身もそのままに部屋のあちこちに置いてある。

ロザリオ風味のネックレス。どこかの神様を象った木の像。装飾が少ししつこい燭台。

どの箱にも宗教チックなガラクタが満載で、ゴミ屋敷とまでは言わないが気合の入ったお化け屋敷みたいである。

「ビックリした?

処分したらとは言っているんだけどね。」

アリスが木の箱の淵に手を置いて言う。

「これは私の戦果品なんだ。

どうこうするつもりは毛頭ないよ。」

キャロルなる人物が俺達に椅子にかけるように勧める。

ダイニングテーブルもある。この街でその家具は珍しい。

「まず最初に確認したいんだが、君はアリスのこんやく..」

「そのくだりはさっきもうやった!」

机をどんと叩き、アリスが続く言葉をピシャリと制した。

「そっか、そんなことがあったんだな。

私もサボるんじゃなくてアリスに同伴しておけばよかった。」

もろもろの経緯を説明し終えて、キャロルは感想を述べる。

「同伴?

彼女はアリスと同じで荷役人をやっているの?」

「ううん。

キャロルの仕事は傭兵だよ。物資のやり取りをする時は街が彼女を用心棒として雇っているの。」

男に見劣りしない高身長だなとは思っていたが、その答えはやはり俺を驚かせた。

「あれ、するとさっきの戦果品って言葉は、字面通りで本当に奪ったということ?」

俺は近くの木箱にまた目線をやる。

傭兵に対する褒美は敵地での自由な略奪だとどこかで聞いたことがある。

もしこの木箱の中身がそういった背景で収集された品々ならば、信仰も複雑に絡んだS級の呪いアイテムということになる。

「青ざめているところ悪いが、もう手遅れだ。

君は見たところなんの防御策もせずに私の家に入ってしまった。

だから今晩あたりその枕元に亡霊の軍団が!!」

幽霊の存在なんてこれぽっちも信じてはいないが、こういう話だと事情がだいぶ変わってくる。

「怨念の力が本当に宿っているなら、どうしてキャロルはそんなにもピンピンとしているわけ?

気にしなくていいよ山田、からかわれてるだけだから。」

アリスは手を伸ばして木の箱から適当なネックレスを引っ張り出して、鎖を指にひっかけて、俺の目の前でくるくると回転して見せた。

「聞いていいことなのか分からないけれど、

そもそもどうしてこんなものをあなたは収集しているの?」

飾るわけでもなく、大事にしている様子もない。

それなのに部屋を狭くしてまで集めるその意図がわからない。

「ここでは異教徒の人は税金を支払う決まりになっているんだけど、

キャロルはそれが嫌で嫌でたまらなかったらしく、ここは聖域になったからそれは無効だと勝手に宣言をしたの。」

ごめん。意味が全然わからない。

「神が所有する土地を聖域と呼ぶのだが、人は神にお金なんて請求できないだろ?」

日本でも宗教法人は非課税なのでそんな感じの話だろうか。

「その特権はここの神様に捧げた場合だけなんだけどね。

別の神様に勝手に土地を渡しておいて、どうして同じ特権が得られると考えるのかなー。」

アリスが頭を抱えて悶絶している。

もしかしてこのキャロルという女性、結構な変人なのかも。

「しかも元々信仰していた教えはすでに棄教していて、なんだっけ?

ここって空飛ぶ魚の怪物を今は奉っているでしょ?

あのブサイクな人形は…」

言いながらアリスはなにか探しているのか部屋を見渡している。

「御神体を探しているなら現在行方不明だよ。

箱のどこかにあるのは間違いないのだが。」

いつもこんな調子なんですよ。といった具合にアリスはため息をついた。

「いや、むしろそれでいいのかもしれないね。

超自然的な存在というものは、本来人の目に見えないものなんだから。

だから今の状態の方がより宗教として完成に近づいたと言える。」

つまり探す予定は無いらしい。

「日本にも『鰯の頭も信心から』なんて言葉があるけれど、そんな殊勝な祈りはここでは捧げられていなさそうだね。」

統一感もなく雑多なスピリチュアル。

空飛ぶ魚もきっと彼女の気まぐれで、明日にはツチノコがその代わりを務めていてもなんら不思議ではない。

「キャロルがお祈り?ないない!絶対あり得ない!

お札で鼻をかむような性格なんだから。」

友人がここで敬虔に手を組む場面でも想像したのか、アリスがおなかを抱えて笑い出す。

「それでお金は払わずに済むようになったのか?」

「いいや、神官がしつこく私に説法をやりに来る。」

うんざりといった調子だが、それも無理からぬ話であろう。

なにせ訳のわからぬ宗教が土地を勝手に不法占拠しているのだ。

関係者にとってそれはギャグなどではなく一大事であろう。

「ああ、世界は広いが何をやるにしても生きにくい世の中だ。

長く旅を続けてきたが、私にとって安住と呼べる地は猫の額よりも狭くて希少なものらしい。」

遠い目をしながらこちらに嘆いてるが、どこまで本気なのやら。

「さて、私の話はこれくらいでもういいだろう。」

そう言ってうーんと、彼女は背伸びする。

「そうだね。

私も今日はお喋りじゃなく、キャロルに提案をしたくて来たの。」

手遊びしていたネックレスをアリスは木の箱に戻す。

「提案?

それはさっきの砂糖の話に関連することか?」

うん。とうなずく。

「お察しの通り、私達はお金にいま大変困っています。

だからこの男、山田をキャロルに買って欲しいの!」

うーーむ。やはりそうきたか。

ただ別の打開策を持ち合わせていない自分に拒否権はない。

「買うってこの男をか?

私が?」

頭のてっぺんから足のつま先へとキャロルの視線が流れていく。

ひゃだ!裸になれだなんて言われたらどうしよう!!!

「山田は星の子だからどんな文章もどこの国の言葉でも、なんだって一瞬に理解できるんだよ。」

アリスのセールストークに対して「星の子ねー」と、キャロルの反応は冷ややかである。

「私は外国の言葉には明るいほうだから、そういうのには惹かれないなー。」

俺が異世界で無双できるようにと神から下賜された能力を彼女はばっさりと斬り捨てた。

「たぶんこの取引に居合わせられること自体は、すごく幸運なことなんだろうね。」

オファーに対する結論が出る気配。

キャロルの次の言葉に緊張して、アリスがごくりと生唾を飲み込む。

「う〜ん。

やっぱり私はいらないな。」

「そ、そんなー。」

交渉が拒絶され、ばたりとアリスが机の上に突っ伏す。

分譲販売は俺としても気乗りするものではなかったが、

いらないと言われたらそれはそれで複雑な気分になるのだからワガママである。

「もーーーう!山田がちゃんとアピールしないから。

お金はどうするつもりなの?

私にも借りられるあてなんてもうないよ!」

突っ伏した状態で顔が横を向き、アリスは恨めしそうに俺を睨む。

「いや、たしかにこの取引に応じるつもりはないんだが、お金についてはまだ結論というか、

諦めるのが少々早いじゃないのか?」

「…。

早い?どういうこと?」

アリスがまた姿勢を正す。

「私としては交渉まがいの提案よりも、まずはその友人としての言葉が、最初に聞きたかったというか…

頼られることで何かが起きるというか。」

言いながらキャロルは人差し指でもみあげ辺りの髪の毛をくるくると手で巻く。

「これは私の言葉ではないのだが、

人は余りあるものを他人に分け与えることで、自身が豊かであることを自覚して幸福を」

「キャロルお願い。

私お金が必要なんだ!

だからあなたが貸せれる分だけ全部。

私に貸して下さい!」

アリスが手を合わせて頼み込む。

「お金?

あぁ、アリスは私にお金を借りに来たのか!そうだったのか。」

わざとらしく驚いてみせるが、含み笑いが漏れ漏れで見るからに嬉しそうである。

そういえばアリスは彼女のことを素直じゃないところがあると評していた。

そんな二人のやり取りを俺は傍から見て…

「おい、なにニヤついているんだ?

君は絶対に笑っていい立場じゃないだろ。」

「ま、誠にごめんなさい。」

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