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7話

アリスの両親がいる場所に向かう道すがら、街はずれには数軒の家屋が散在していた。

なんだか生活感を感じない物悲しい雰囲気をどの家も漂わせているが、人の生活がその中には確かにあるのだろう。

「ああ!あそこだ。」

数百メートル先を指さして彼女が喜びの悲鳴をあげる。

放牧をしているという話だったがなるほど。

住居であろう背の低いテントが立っている場所の近くには、動物の群れと思わしき黒い点がゆらゆらと揺れていた。

近づいていくとその輪郭がはっきりしてくる。

内訳はラクダが2頭にたくさんのヤギだ。

「まだ家にいるみたいだね。早起きした甲斐があった。」

テントの前まで到着すると「入るよ」とアリスが声をかける。

するとすぐにその中から壮年の夫婦が登場した。

「よしよし。無事に帰ったみたいだね。」

母親は娘に近づいて軽く抱擁する。

父親も朗らかな笑顔で2人の肩に自分の手をのせている。

悪くない光景だ。

「それでこのお連れの人はどこのどなた?」

一頻りの愛情交換が終了したのか、両親の視線がこちらへゆっくりシフトする。

「はじめまして。

私の名前は山田太郎といいます。アリスさんには…」

「ふざけるな!

父さんそんなの許さないぞ!!!」

「なんでそうなんの!」

テントには実に様々なものがところせましと置かれており、織りかけの毛織物がセットされた機織り機があるかと思えば、

家畜に使用されるであろうおどろおどろしい鉄の道具類が、鈍い光を放ちながら、側の柱に紐で架けられている。

視線を落とすと赤を基調とした敷物がひいてあり、足で踏むのを躊躇するほど立派な幾何学模様の意匠が糸だけで表現されており、

作業部屋と野外倉庫、そして客人をもてなす応接間がこの狭いテントの中に全て同居していた。


「それで返すあてはあるのか?」

渋い声で娘に尋ねる父。

部屋の中でも頭に布を巻いて、服装もまったく崩れていない。

その態度は日常の延長線上にあるもので、厳格な性格を持ち主であることを窺えさせる。

「半分くらいは借りれると思うから、それを元手になにかしようかなーと。」

その男も俺という存在が突如出現したので、大きな誤解をしてしまった。

ので、娘があわてて件の経緯を説明した。

「商売でもしようって言うの?

でもこの街でそれが難しいのは、あなたもよく分かっているでしょ?」

アリスの母親が慈愛に満ちた目で娘に語り掛ける。

勘違いして先走る夫とは対照的に、どっしり構えるタイプの人のように見える。

「難しいというのは具体的にどういう意味なんですか?」

面倒ごとの元凶がこの家族会議に参加するのもどうかと思うが、外で待機するのもなんだか逃げているように思えたので、

このように参加している。

「まあ商売ってのは当たり前だが、やる前には許可が必要になる。」

どうやら父がこの説明を引き受けるらしい。

「で、その許可を貰うには取り扱う商品を市長に報告するのがこの街の決まりになっている。」

「なるほど。」

「それ自体は別にいいのだが、厄介なのはその商品はこの街の誰とも被ってはいけないというところだ。」

むちゃくちゃな悪法だよね。と、アリスが顔をしかめる。

「被るというのはつまり、らっきょを売ると宣言した人がいたら、

誰もらっきょを売ることが出来なくなるということですか?」

「その通り。」

ん〜さすが中世暗黒時代。

早い者勝ちでこれほど強力な独占権が存在するとは。商売の自由は基本的な人権ですゾ!

「だから商売を始めたい人は必然的に、今までここにはなかったものを取り扱うことになる。」

アリスがため息をつく。

現代の知識を使おうぜという話だったが、とれる選択肢は限られていそうである。

「ちいさい社会だ。

過度な競争を避ける仕組みだとも言える。」

そのタイミングで彼は置いてあった素焼きのコップを手に取りお茶をすする。

俺も先程口にしたが、昨日アリスがご馳走してくれたものと同じ味だった。

「そうなるとお二人がしている仕事も許可制なんですか?」

未完成の織物をちらりと見る。

「まさか、そういったことは自由にやれるよ。

ただ市場でものを売るにはその許可が必要なんだ。」

「買い取ってくれる人は許可証を持つ人に限定されているんですね。

それはすごい権力だ。」

父親は黙って首肯する。

これがこの街での商売が難しい理由のあらましか。

一応職人としてバリバリ稼ぐ方法もあるみたいだが、

当方。手に職は全くついていないのでそれは難しいだろう。

「思い切って私たちが所有しているラクダの一部を処分したらどうかしら?」

母親がおもむろにそんな提案をする。

「うん。

それしか方法はないかもしれんなー。」

妻の意見に同意するように男はあごに手をあてる。

「ダメだよ!

そんなことしたら将来の儲けがなくなるじゃない!」

対して娘はあわてた様子でその考えに反対を表明した。

「あれもそろそろ成獣になって、街の方からも売る気はないのかと打診を受けていたんだ。

だからタイミングは悪くない。」

「だからって勿体ないよ!

そりゃお金を借りるつもりでここに来たところはあるけれど、家の財産を切り売りなんてされたら私困る。」

「そう言っているが、その目処が全然たたないじゃないか。

だったら方法はこれしかない。」

父親の正論にアリスは黙りこむ。

「差し出がましいことを言うようですが、万が一の時は俺が売り飛ばされるだけなんです。

だから無理をする必要は無いというか…

とにかく娘さんの意見に俺は賛成します。」

あれだけの立ち回りを演じたわけだが、

その一時の感情の為に、これ以上善良な人たちに迷惑をかけたくはない。

「そういう訳にもいかんだろ。

なによりそうなれば娘は自分を責めることになる。」

意外にも俺の提案はあっさり却下された。

「切り売りとは言うけれど、アリスは私達の仕事を継ぐつもりはないんでしょ?

それなら遅かれ早かれラクダたちは全てお金に変えることになる。

その一部をあなたが今受け取ると考えればいい。」

母親も説得を試みる。

けれども娘は閉じた貝みたいに沈黙の姿勢を貫いて、両親の言葉を拒絶しているようだ。

「ん〜芯があるというか、強情というか…。

ギリギリまで自分の力であがきたいということか。」

父親はその様子を見て目を瞑ってしばし考え込む。

そして決断したのかまた口を開いた。

「たしかに期限までにはまだ時間がある。

幸い私達もしばらくはこの辺りに滞在するから、連絡は密にとれるだろう。」

何かを察したのか、母親は立ち上がると台所として使用されているエリアへと向かう。

「期限の前日までにアリス。必ずここに報告しに来なさい。

もしお金の準備がその時に出来ていないのならば、その時はさっきの話をすすめる。」

戻ってきた妻が夫に皮袋を渡した。

「これが私達が今動かせるお金の全てだ。

賢明な判断だとはとても思えないが、やるだけやってみるといい。」

そしてそれをアリスの手元に託した。

「あ、ありがとう。

私、頑張ってみる。」

自分もなにか言うべきかもと思ったが、

アリスのその言葉に自分がなにか付け加えるのはひどく無粋に思えたので、黙っていることにした。

「それじゃ次は私の番かな。」

やおらに両手をパンと合わせて、アリスの母が俺のことをみる。

「山田くんって言ったよね?」

はいと応じる。

「一つ質問なんだけど、昨日君はどこで夜を過ごしたの?」

ん?

なんだこのながれ?

「別に反対しているわけじゃないの。

ただ大事な娘ことなんだし、そういうのを曖昧にしておくのはマズイかなって。」

物腰はやわらかく満願の笑顔を浮かべているが、そのオーラは海千山千の商人と通じるものがあった。

「だからそういうのじゃ全然ないんだって!

山田は拾ってきた野良犬みたいなものというか…

泊めてあげるのは責任の内でしょ?」

「泊める!?責任!?」

父親がばっと立ち上がる。

単語だけ切り取ってしまうとなんだか意味深なものに聞こえるから質が悪い。

「言うまでもないことですが、娘さんとは決してそのような関係…」

「お前に私のことを娘さんと呼ぶ資格はない!」

「娘はわたしよ!」

もうあれだ。収集がまるでつかない。

こんなことになるくらいなら家の軒下で寝ればよかった。

「とりあえず母さんは※※※が無かったことを確認したいの。」

今どこかで大きな銃声がして、一部聞き取れない単語があった。

「絶対にありえないです。

アリスさんは俺の命の恩人なわけで。」

「うるせーよ。

だいたいどいつも似たようなこと最初は言うんだよ。

それでしばらくしたらしれっとまた来て、娘さんを僕にくださいとか言うんだよ。

飽きてんだよそのパターン。」

俺へのあたりがメチャクチャ厳しくなっている。

っていうかパターンってなに?

「アリスもそういう年頃ですからね。

あ!それでいえば大切な事をまだ教えてなかった!」

「なに?

私ちょっと精神的に疲れてきたんだけど。」

誤解であるのにも関わらず、親から色恋のあれこれを根掘り葉掘りされているのだ無理もない。

「避妊のやり方ってわかる?」

その刹那。三人の顔のタッチは劇画風に変わり、アリスの母を除いて世界はモノクロに変わった。

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