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6話

アリスが暮らしている家は街の外縁部にあった。

ラクダやロバなどが飼育されている小屋がその近くにあるので、世話をするのに便利なのだろう。

「ん〜。あ、開いた開いた。」

建付けのわるい扉と格闘していた彼女が俺を家の中へと招く。

「お邪魔します。」

そこは実に簡素な部屋だった。

家具と言える家具はカウチみたいな背の低いベットだけで、衣服類を入れているであろう籠がその側に置いてある。

あと目立つものと言えば壁の一部がくりぬかれていて、棚のような役割を果たしているのだが、

食堂でアリスが取り出していた栓付きの調味料入れがいくつも飾るように並べられていた。

こういったものの収集が彼女の趣味なのかもしれない。

「到着到着。」

外したベルト式のバックを床に置き、頭に巻いてあったターバンを引き抜くみたいにして脱ぐ。

「突っ立てないではやく座ってよ。」

彼女からの注文を受けて俺は革靴を脱ぎ、敷物が敷いてあるエリアに腰をおろす。

なんの気なしに手で敷物をなでると、肌触りがよく、動物の白い毛で織られた一品のようだ。

「ここには一人で暮らしているの?」

置いてあるものの量からそのように推察した。これなら今日中に引っ越しができそうである。

「うん。

親は放牧を生業にしているからね。街で暮らしているのは私だけ。」

放牧は餌となる草木が食い尽くされるので定住ができない。

「でもタイミングがよく今はこの近くに二人とも来ているから、明日お金を借りに行けるよ。」

「タイミングがいい…か。」

そんな状況に陥る時点で良いも何もないだろう。そして自分こそがその原因なので気持ちが沈む。

「暗い顔しないでよ。

それよりもどうすれば問題が解決するか頭を働かせて。

山田にはいろんな知識があるんでしょ?」

彼女には悪いがその現代知識。なにをどのように活用すればいいのかさっぱりなんです。

「そういえばアリスが捨てた砂糖の袋は今どこにあるんだ?」

「山田を助けた場所にまだあると思う。」

「それならそれを取りに戻るというのは駄目なのか?

現物を渡せばあっちも文句はないだろう。」

紛失から配達遅延なら話はだいぶ変わってくる。

「悪くはないけどその助けた場所がもう分からないだよね。」

腕組みをして彼女は「う〜ん」と考え込む。

「山田がおちた場所はルートから外れているから、もう一度同じ場所に行けと言われても自信がない。」

それはもっともな意見だった。

ろくに目印のない砂漠は大海原と同義で、その広大な世界から袋2つを再度発見するのは不可能なことであろう。

「…。」

「…。」

はやくも万策が尽きて沈黙が場を支配する。

「今日はとにかく疲れたし、もう寝よっか!

明日もかなり忙しくなると思うよ。」

アリスが気を利かせて立ち上がり、籠からブランケットになりそうな布を引っ張り出して俺に手渡ししてくれた。

「そうだね。寝たらアイデアが出てくるなんて話もあるし。」

時刻はまだ夜の手前といったところだが、目をつむればちゃんと朝まで寝付けそうな気がする。

ジャケットを脱いでネクタイを抜き、カッターのボタンを全て外す。

ズボンも脱ぎたかったが、淑女を前にしてそれは流石にマズイか。

「おやすみ。」

そう言って俺は横になった。

目をつむって鼻から息を吸って、口からゆっくりと吐き出す。

埃っぽい空気だったがそれもじきに落ち着くであろう。

「あっ!」

あることに気づいて俺は小さく声をあげる。

そして左腕を天井に向かって真っすぐ突き出す。

「なにそれ?」

アリスもそれに気づいたのか、寝転がった状態で俺の手首に巻いてあるそれを凝視している。

「腕時計だよ。

今の今までつけているのを忘れていた。」

10年くらい前に購入したありきたりなデザインの機械時計。

室内は薄暗い環境ではあるが、時計の針には発光塗料が施してあるのでその機能を滞りなく今も発揮している。

「15時10分。」

もちろんこれは日本の時刻だ。

盤面の右下にはwenという文字があるので、あれから40時間ほど経過したということか。

この世界と日本との時差。

これも元の世界に戻る為の貴重な情報になりそうなのだが、凡庸なおれの頭ではその価値がいまいち見いだせない。

「時計?その小さいやつが〜?

本当にー?」

からかうような調子でアリスがたずねる。

この世界には時計はあっても腕時計はないらしい。少なくとも彼女が知る世界では。

キュルキュルキュル。

寝る前の習慣で盤面の横についているツマミを回す。

「いまどきゼンマイかよ」と、スマートウォッチを愛用する友人に以前笑われたが、

コンセントのない世界にワープする事態をそいつは想定していないらしい。

「この時計で本当に良かったよ。」

「え?

なんで急に泣いてるの?」

嗚咽を漏らしているわけではない。

ただ目の端に溜まっているものを彼女は見逃さない。

「ごめん。ホームシックってやつだよ。」

今頃日本は、いや、職場の同僚は俺のことをなんて噂しているのだろう?

まさか俺なんかのために地球が時間を止めているはずもなく、突然行方不明になったと皆理解しているはずだ。

そしてそのことは警察に届けられ実家にも連絡はいく。

特別人より情が深いというわけでもないのだが、

やはりこんな形で今まで関わってきた人たちと別れというか、関係性を断絶されてしまうのは不本意である。

有り体に言えば日本に今すぐ戻りたい。

「状況が落ち着いたら元の世界に戻れるかどうか一緒に調べようね。」

アリスの励ましに俺はうなずいて視線をまた腕時計に戻す。

かちっ、かちっ、かちっ。

二人とも黙っているのでその音が部屋によく響く。

ゼンマイ時計は搭載されているモーメントにもよるが、俺のモデルだと一日で5秒前後のズレが生じるとされている。

だからこの世界で過ごせば過ごすほど、この時計は正確な日本の時刻を忘れてしまうだろう。

そして最後には狂う。

「3日前の俺ならこの時計を新品と交換してあげますよと言われたら、

『はい!お願いします』と即答してたな。」

普段使いしている時計なので、気を付けてはいるのだがやはり細かい傷があちこちについている。

「それなのに今はこの時計がなんだか特別なものに思えてきた。

俺と日本を繋ぐ唯一の糸とでも表現すればいいのかな。」

アリスの話だと俺の周囲には他に荷物なんてなかったらしい。

だから俺が日本人であることを証明するものは、今着ているスーツとこの腕時計くらいだ。

「愛用しているナイフってこと?

愛着っていうのかな。」

「うん。かなり近いと思う。」

振り返ると自分が持っているものなんて、どれも交換可能なモノばかりである事に気付かされる。

他人に壊されても弁償の心配をするだけで、あまり悲しい気持ちにはならないかもしれない。

「大量生産が駄目なのかな。

職人の一品ものだと違うのか?」

もしくは自分の手で接した時間?

けど四六時中使っているスマートフォンに、思い入れを持つ人はあまりいないだろう。

「疲れている時に難しいことはあまり考えない方がいいよ。

早く寝なさい。」

アリスはそう言うと頭に布団を被ってしまった。

彼女の言うとおりで答えの出ない問題にあれこれ悩むのはよくないのかもしれない。

俺は時計を外すとそれを枕元の近くに置くと静かに目をつむった。


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