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5話

食事を終えてアリスの家に向かう道すがら。

倉庫街でどのような商売が行われているか見学すべきだとも思ったが、

色々ともう疲れたので今日はもう寝ることにした。イベントがあまりにも多すぎた。

「あそこに井戸があるでしょ?

朝はあそこで水くみを…って、んん?」

指差す井戸の方向にアリスはなにか発見したのか、俺のことを急げ急げとせかしながら早足で進む。

「やあやあウルクくん。ご機嫌はいかがかな?」

水汲みをしていた男の子は後ろからアリスに突然話しかけるもんだから、肩をびくりと上に跳ねあげる。

その後ゆっくりした動作でこちらを振り返った。

伏し目がちな緑色のひとみと目線が交差する。

年齢は15歳前後か。ただ思春期がまだ遅れているのか、幼い顔立ちをしている。

「あ、アリスさん。無事にお勤め…

いや、あのすみません。」

少年は挨拶の途中に何か気づいたのか、慌てた様子で腰を直角に折り曲げて頭をぶんと下げる。

それに一拍遅れて銀色の髪がゆっくりと落下。ショートボブが似合う男なんていたんだな。

「この子はイリアスの弟子をやっているんだ。

この調子だと私たちの話を既に聞いているみたいだね。」

親指でこいつこいつ。と指さす様子から、そこそこの知己とやらが二人の間にはあるらしい。

「すみません。

ボクがその場にいたら、もう少しいい条件をアリスさんに出すようにお願いしたんですけど…。」

小動物のように怯えた目。

知己と言ってもどうやら一方的な力関係がそこにはあるらしい。

二人を見ているとガキ大将といじめられっ子が並んでいるところを俺は連想した。

「別にそれは今からやっても全然遅くないんじゃない?

私にはメリットでしかないわけで。」

「え?あ、はい。それはそうですよね。

でも、やっぱりただ…」

少年の目が横に泳ぐ。

「アリス。

イリアスの弟子だからといって、普段から彼のことを苛めてたりはしてないよな?」

坊主にくけりゃ袈裟まで。なんて性格の人は普通にいる。

「まさか!

むしろ私はあのじいさんにはさっさと引退して貰って、ウルクがその跡を継ぐように毎日応援しているんだけど。」

なるほどいじめはしていないのか。

ただその言葉は、お前が色々とこの街で色々とやりやすくしたいだけなのでは?と、心の中でツッコむ。

「す、すごい!!!」

突然熱っぽい息が顔にかかって、何事かと思いその方向を見たら文字通り少年の顔が俺の目と鼻の距離にある。

「な、なに!?

急に?」

一歩後ろに後退して、彼の表情を診断する。

少年の両目には大きな星がそれぞれにきらきらと宿っており、その羨望の光がこちらに照射されている。

「感動します!

本当に異国の言葉を一瞬で習得出来るんですね。」

どうやら彼は星の子の祝福とやらにおねつをあげたらしい。

「すみません突然。

ボクはウルクという名前なんですけど、あなたは?」

俺は名前だけの自己紹介を彼に返す。

「習得って君は言ったけど、俺は普段通り話しているだけなんだよね。」

「無意識でやられているということですか?

声が耳に届くから、発音はしているはずなんですよね。」

あまり他人にジロジロと口元を見られるのは恥ずかしい。

けど手で隠すというのも変だ。

「こらこらーお客さん。それ以上は有料だよ。

もっと離れて見てもらわないと。」

アリスが二人の間に割って入る。

「す、すみません。

つい興奮しちゃって。」

荒い息をはぁはぁと整えてから、赤面して下を向くウルク。

「新鮮なリアクションに感じたけど、本来はそれくらい感動するのが普通なんだろうね。」

アリスの横顔を見ながら言う。

かく言う自分もいまいちその実感がなく、ふわふわしているのだが。

「有料で思いついたんだけどウルク。

弟子の立場とはいえ多少はお金を蓄えているんじゃない?」

なにか天啓でも受けたのか、

いや、悪魔の囁きか?アリスが唐突にそんなことを言った。

「そ、そりゃ多少はありますけど、どうしてそんなことを聞くんですか?」

少年は反射的に腰元に手をあてる。財布でもそこに縛っているのか。

「よし!それなら山田のことを買うつもりはない?

砂糖の代金には届かなくても足しにはなる。」

名案がでたと自惚れているのか、うんうんとアリスが頷く。

「何を言っているのかよく分からないのですが。」

「同感だ。」

このまま他人取られるくらいなら自分から俺を売却するということか?

「ウルクは山田のことをすごく気に入ったんだよね?」

「気に入るという表現は不適切ですが、すごい人がここに来たな。とは思いました。」

「今後もその関係を深めて保っていきたい?」

「え?」と驚いた後にこくりと少年が頷く。

「でも残念ながらお前の師匠は山田のことを私から奪ったら、

そのまま外の世界に売り飛ばすつもりみたいだよ。」

「そ、そうなんですか?」

素っ頓狂な声が彼から飛び出る。

そこまで立ち入った話はまだ知らなかったらしい。

「それは困るでしょ?

だからウルクも私達が砂糖のお金を返せるように協力しない?

と、私は提案している。」

そういうことでしたか。と少年が腕組みをして考え込む。

アリスにちょっと好きに言わせてみたが、この子からお金を巻き上げるつもりでいるのか?

「もちろんウルクにも得がある。

売ると私が表現したように、出したお金の分だけ山田の体を自由にしていいぞ。」

「っておい!まてまて。

何勝手に人のことを分譲販売しようとしてんだよ!

筆いれるしか能のない悪徳不動産か!」

物騒なセリフが急に飛び出したのであわてて俺は会話の流れを制止する。

こんな取引を許していれば、一ポンド分の心臓をそのうち担保にとられかねない。

「すまないウルク君。今までの会話全部忘れてくれていいから。

もちろん心配するひつ…。」

「その話本当ですか?」

今までの会話をすべて撤回しようとしたら、目を爛々とさせながら少年がこちらに体を乗り出してきた。

「もちろん。

ワタシ、嘘つかない。」

「でしたらぜひとも出資させて下さい!」

「おい!変なスイッチを入れるんじゃない。」

この少年。

おとなしそうには見えるが、突然背丈ほどある巨大な鎌を取り出して、

「それじゃあボクはこの右腕を貰うことにするね〜」なんてクソガキ四天王ムーブをとったりしないよな?

「これ位やらないとお金なんて集まらないよ。

イリアスに売られるより万倍もマシでしょ。」

「嫌だよ!

この子がすげーサイコパスで、江戸川乱歩もびっくりなおもしろ死体に俺を仕上げるかもしれない!」

イリアスはお金。落札者は俺の能力。

この場合目当てがはっきりしている人間の方が変な感覚だけどマシに思える。

「そんなことするはずないじゃないですか。」

「そうだよ。

ウルクのことは私もよく知っているけど、そんなへんなことはしないよ。」

「俺を言いくるめようとするんじゃない!」

ここはきっぱりと意思表示をしめす。NOと言えない日本人じゃないぞ!

「ならボクがどうしてお金を出すつもりになったのか、それを説明すれば納得して貰えますか?」

「え?うん、それなら…。」

お金を出すほうが説得するのかとアリスが呆れる。

そうは言うけどこういう所ははっきりさせておかないと落ち着かない。

「山田さんはこの街の経済が銀山によって支えられていることをご存知ですか?」

俺は無言でうなずく。その話はアリスと砂漠で交わした。

「それを知ってどういう感想を抱きましたか?

ぜひ教えてください!」

「感想って…。

銀が採れるなんて凄くラッキーだなーとか?」

街に来てまだ一日も経っていないが、それでもこの世界のお金が銀から作られていることは分かった。

だから銀はこの世界でも貴金属に分類されているはずだ。

「たしかにそれ自体はいいことだと思います。街もそれで潤っているわけですし。」

古今東西、金や銀を掘って貧乏するなんて話俺は聞いたことがない。

「でもこの街にはそれだけしかないんですよ。

それって健全なことだと思いますか?」

真剣な面持ちでウルクが俺のことを見据える。

「モノカルチャー経済ってこと?

確かに一般論としてそれはその通りだと思うけど。」

「ですよね!

そしてそのマズい状況をボクは山田さんの能力で打破したいんです!」

彼の瞳がまたキラキラと輝き始めて、その曇りない湖面を俺が今すべて独占している。

「高く評価してくれるのは嬉しいけれど、

具体的にそれをどうやってやるつもりなんだ?」

ここからが話の本題である。

「この街は元々外国と交易する際に、その中継地点として栄えてきた歴史があります。

その力を復活させるのがやはり一番の近道になるでしょう。」

「外国か。

その交渉のもろもろに俺の能力を使いたいわけね。」

「話が早いです!」ウルク君がかぶりを振って頷く。

「キャラバンの復活は私にとってもワクワクする話題だけど、

廃れたからそれは今死んでいるわけで。」

アリスの鋭い指摘。

「確かにそもそも論だけどその栄えていた中継貿易とやらはどうして無くなったんだ?

理由の如何によっては俺の出番なんてないんじゃないのか?」

前提として交渉のテーブルにお互いがつかないと俺の能力には価値が生まれない。

「それがよく分かっていないんです。

ある時から退潮傾向に突入して、気づいたら自然消滅していたとしか。」

取引先が徐々にフェードアウトしていく。

これはあれだ。他にイイ人が出来たな。

「その真相も含めて、こちらから一度相手の国に出向く必要があるでしょうね。」

話の流れ的に俺もそこに同行する必要が?

ウルク君、そろそろ財布の中身を見せてもらおうか。

「魅力的だけど息のすごく長い話だね。

分かっていないことが多すぎて、復活というより開拓に近いかも。」

アリスが率直な感想を述べる。

「俺も『今度人と会うから通訳頼むわ』くらいを想像してたんだけどねー。」

やんわりと、婉曲に、お断りの儀を開始することにする。

「待って下さい!

出したお金の分だけ山田さんを貸してくれる話はどうなったんですか!!」

「いや、それは内容によるよ。

世の中には相場というものがあってだね。」

イリアスの提案は7年だったわけだが、この少年の夢に付き合っていると同じくらい時間がとられそうな気がする。

「それならアリスさんが抱えている負債と、山田さんの7年間を等価だとして下さい。」

「えっーーと、うん。」

アリスが自分の頬をかきながら首肯する。

「これが僕の出せるお金の全てです。

その割合で山田さんを借りられる日数が計算できるでしょう。」

彼の提案はまさに俺が言った相場というやつである。少年は巾着袋みたいな財布を俺達の方にぐいっと突き出す。

「何もそこまでしなくてもいいんじゃないのか?

銀山しか無いとは言うけれど、それでも十分恵まれているじゃないか。」

特別な特許やナンバーワンが存在しない企業なんて世の中にはいくらでもある。

ならそれらが死に向かって進んでいるかと言えばそんなはずがない。

そう考えると売れ筋ひとつの一本足打法で、ホームランが飛び出す現状にも満足があるのではないか?

「鉱脈は永遠ではありません。いつか掘り尽くす日が必ずきます。」

「それはそうだけど。」

「その日に備えて今からでもやれることをやらないとって、ボクは考えているんです。」

「な、なるほどねー。」

そこまで言われるとこちらも返す言葉が無い。

もちろんムキになって否定する理由もことさら無いのだが。

「うん。いいよ!

これだけあれば一年は山田のことを自由にしていい。」

財布を受け取ったアリスが手計算を終えたのか、とんでもないことを言い出す。

「前言撤回。

ウルクくん、そんな世迷い言を言うのは辞めなさい!

銀だけあれば充分でしょ!」

「嫌です!

山田さんにはボクの野望実現のためにとことん協力してもらいます!」

両手の拳を胸の前で握りしめ、駄々っ子みたく拒否の姿勢を少年は貫く。

「山田の言い分も分かるけど、これは考えようじゃない?」

「考えよう?

トラブルの匂いぷんぷんの仕事に一年ちかく拘束されるんだぞ?」

具体的な固有名詞は避けるが、治安の悪い国に転勤を命じられた気分である。

「砂糖のお金が返せないと、それが7年になる。」

「うぐ、それはその通りかもしれない。」

貴族に売り飛ばすみたいな事をイリアスは言っていたので、

その時は迎賓館みたい場所で、偉い人の側で自分が座っている姿をイメージしていたのだが、

場合によっては死地に送り込まれる可能性も普通にあるのか。

「それと比較すればウルクの提案なんてやさしい方かもよ。

私もこの街の交易が蘇ることに繋がるならば、同行してもいいと思っているし。」

別に彼女が付いてきたところでねー。と思ったがそれは黙っておく。

「そして一番重要なのが、ウルクはあのイリアスの弟子ということ。

それを私達の陣営に引き込めるのはかなりの利点だと思わない?」

アリスがいたずらっ子のような笑みを浮かべる。

なるほど。これが考えようって奴か。

「彼にイリアスを見張らせて、こちらにその情報を流させれば色々と有利に働くかもな。」

ふつふつと黒いアイデアがぽんぽんと浮かび、悪い顔になる俺。

対照的に少年の顔は青ざめていく。

「わ、忘れていました。

たしかにボクがやろうとしていることって、めちゃくちゃに利益相反ですね。」

「お金を出す時点でそれくらい気づかないと。」

やれやれと、小さくアリスがため息をつく。

「おまんの街の未来に対するその憂慮の気持ち。

ワシはいたく感動したぜよ。」

その小さな肩に俺は右手をポンと置く。

いや、ここで逃げ出しでもしたら困るので、それをグッと掴んだ。

最長で一年。

その交易の復活とやらに自分の身が拘束されるのは考えものだが、

イリアスの弟子を仲間に出来ることを加味すればこれは悪くない取引に思える。

アリスが言うように返済に失敗すれば7年間似たようなことをするわけで。

「なんですかその喋り方!

焦点の合わない遠い目までして。」

「よし!

いきなり一年分も返済できたね。初日にしてはかなり順調かも。」

「そのことなんですけど、やっぱり一日考える時間を…」

「スパイの話なんだけど、まじで頼むな。

なんなら貴族に出す手紙とか燃やしてくれていいから。」

「いや、だから考え直す時間を…」

こうして強力な仲間がさっそく一人加わってくれた。

彼にはこれからいったい何をしてもらおうか?

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