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4話

帰宅する前に食事をしようということになり、俺とアリスは街の食堂に向かっていた。

夕方は鉱山で働いている人たちでそういった所はごった返すらしく、鉱夫以外の人たちは昼過ぎには夜の食事を終えているものらしい。

「本当に君の家で厄介になってもいいの?」

横を歩いているアリスに俺は改めて確認をとる。ちなみにラクダは街の外れの厩舎に先程預けた。

「だから大丈夫だって。

それに山田だって他に行く宛もないんでしょ?」

「それはそうなんだけど...。」

彼女の言うとおりでこの申し出を断れば野宿するしかない。

遠慮しつつもその好意に頼る必要がある自分がなんとも情けない。

「それよりも砂糖の話をしようよ。

あれだけカッコよく大見得をきったんだから、絶対に返済してやらないとね。」

その話題になるとなんだかお腹が痛くなる。

「山田は一文無しで、私の蓄えがあれだから。」

さきほどからスキップの一歩手前みたいな調子で俺の前を歩いているアリス。

こんな状況でどうしてこれだけ機嫌がいいのか理解不能だ。

「それでその砂糖の代金というのは具体的にいくらくらいになるんだ?

袋2つ分がどうとか言っていたけど。」

日本では一キロ500円もしないものだが、この世界ではずいぶんと高級なものらしい。

もしくは人の値段がめちゃくちゃ安いのか。

「そうだなー。

私と山田が半年しゃかりきに働いたとしてもそれには足りないくらいかな。」

イリアスのあの勝ち誇った表情が脳裏によぎる。やはり正攻法でどうにかなる話ではないらしい。

「仕事柄経済には明るい方だと自認していたけど、

こういう事態にいざ直面したら何をすればいいのかさっぱり分からないな。」

金融機関に勤めているのに金の稼ぎ方を知らない。

なんだか皮肉じみた話だが、世の中にはそんな魔法なんて存在しないことを暗示しているのかもしれない。

「とりあえずまずは皆からお金を借りるところから始めようかな。

その金額次第でやれることも変わってくると思うし。」

俺は黙って頷く。

改めて自覚するがとんでもないことに彼女を巻き込んでしまった。

「山田はこの街に慣れることからまずは始めたら?

右も左も分からない状態で、いい考えなんて出てくるわけないでしょ。」

「一理あるけどそんな余裕すら許して貰えないのがこのタイムリミットなんだよなー。」


食堂は倉庫街のほど近くにあった。

クリーム色の土レンガの大きな建物からは、火元が複数あるからなのか施設のあちこちから白い煙がもくもくと昇っている。

「すごい熱気だね。」

後学になるかと思い建物の裏に設けられた厨房エリアをのぞく。

そこにはすり鉢をひっくりかえしたようなフォルムの巨大な土作りのかまどがずらりと並んでいた。

かまどの天辺に穴があいてあるようで、男たちが上半身を突っ込んでそこで作業をしている。

遠目から見ると脚だけがかまどから飛び出して、宙でバタ足をやっているものだから少しコミカルな絵面だが、現場は死ぬほど過酷そうである。

「中でパンを焼いているんだよ。」

まじまじとそれを見ていたらアリスが教えてくれる。

「あれ全部が?だとしたら凄い量だね。」

「ここで暮らしている人全員の胃袋を満たす分だもん。」

「なるほどね。

でもこの辺りでそんなに沢山の小麦を収穫できるものなの?」

街に入る前に周辺を見渡しているが、広大な畑などは確認していない。

「もちろん無理だよ。

だから外部から全部買い付けている。食料以外もほとんどね。」

それを買い付ける為の原資が銀山というわけか。この街の基本的なお金の流れがみえてきた。


テラス席。いや、言い過ぎた。

柱と梁だけの掘っ立て小屋に、屋根にはすだれを梁の上に固定しただけ。

そんな簡素な建物が長屋みたいに連なっているここが食堂のイートスペースになるらしい。

中ではぽつぽつと食事を摂っている人がいる。

食堂で夕飯を受け取った俺たち二人はそのスペースに腰をおろす。

ごわごわの木綿が地面には敷いてあるのだが、繊維がズボンの布地を貫通して臀部をちくちくと刺激する。

これなら地べたで食べた方がいくらかマシかも。

「付け合せを作るからちょっと待ってて。」

食堂で渡されたパンとスープではメニューが寂しいので追加で何か料理をしてくれるらしい。

腰に巻いた鞄の中に彼女が手を突っ込むと、小さな栓のついた木製の入れ物が3つ登場する。

順番にその封が解かれていくと刺激的な香りが広がったので中身は香辛料らしい。

次にそれをやはり鞄から取り出した木のお椀の中に投じて、

つなぎになるであろう小麦粉とスープを調整しながら混ぜることで、お椀の中でねっとりとした黄色いタレが完成した。

これをパンにつけて食べろということか。見た目からして辛そうだ。

「新しく買ったやつをさっそく試したかったんだ。」

二人が座るその位置の丁度あいだにお椀が置かれる。

「ではさっそく。

うん!今日もごはんが旨い。」

アリスがぱくはくとパンを食べすすめていくので俺もそれに続く。

パンは焼き立てだったがふわふわとは程遠く、なんだかぎっしりとしていた。

見た目以上に小麦粉がたくさん使われているようで、腹持ちがよさそうなパンだ。

「どう?美味しく食べれてる?」

「うん。美味しいよ。」

「よかった。

食文化が全然違ったら辛いもんね。」

彼女が安堵の笑顔を浮かべる。

「そういえば山田の世界では、どういったご飯をたべているの?

どういう料理が人気なのか私に教えてよ。」

アリスに聞かれて真っ先に思い浮かんだのは、おにぎりと味噌汁と卵焼きだった。

ただこれは人気と言うより俺にとっての日本の味という奴だろう。

「外国の人が言うには、カツカレーが日本では一番美味しいと聞いたことがある。」

なにかのニュースサイトで見た情報なので、ころころ変わってはいるだろうが、

とりあえず多くの人がそれを美味しいと感じたのだろうし、その味覚は今も変化してはいないであろう。

「カツとカレー。2つの料理を組み合わせたもので、味は丁度そのタレに野菜や肉の旨味を追加しまくった感じかな。

食感はもっとねっとりとしているけどね。」

「カツってなに?」

「カツは肉に溶かした卵を通してから、小麦をまぶして揚げたものだな。

味の説明は難しいけれど、ただ焼いただけの味とも違うんだ。」

「私にも美味しいと思える?」

「異文化の人含めて評価された料理だし、アリスも美味しく食べられると思うよ。」

人間に必要なものほど美味しく感じるように味覚は進化したと聞いたことがある。

米は炭水化物の塊で、肉はタンパク質と脂肪、野菜は各種ビタミン。

そんな観点からみるとカツカレーという料理は人間に必要な栄養のすべてを集結させた完全食だと言える。

おまけに辛みが主体のスパイス群は食欲を否応なしに加速させるし、味はもちろん申し分ない。

これだけ一つの皿にプラスの要素をわがままにぶちこんでしまえば、それを人間が旨いと感じるのは必然である。

「山田はそれをここでつくれるの?」

「え?」

あれこれ妄想してたら現実に連れ戻される。

「あー。

カレーは自信ないけど近いものなら作れるんじゃないのかな。」

スパイスの組み合わせが鬼門だが、材料さえ揃えばなんとかなりそうな気もしなくもない。

カツは揚げてるだけだし。

「なら機会があったら作ってみてよ。

約束ね。」


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