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2話

我人生羇旅半ばにて、正道を失い暗き森の...。

いや、ラクダの背の上にありけり。

目を開けてまず飛び込んできたのは砂、砂、砂。

ボロ布にくるまれて俺はくの字になって、ラクダと思わしき生き物の背中に紐で括り付けられていた。

おかしい。

直近の記憶を信じるならば俺は愛用のカブに跨って市中を走り回っていたはずだ。

砂漠の横断ツアーに参加した覚えはない。

記憶喪失。

脳裏にそんな単語がよぎる。

ドラマなんかでは自分で自分のことが分からなくなる描写が多いが、洗濯機の使い方や小学四年生の時の思い出など、

部分的な記憶喪失もあるらしい。俺もそのパターンになるのだろうか?

つまり筋書きに起こすと、俺はある日砂漠を擁する外国に旅行することを決意する。

そして現地の旅行会社が提供しているイベントに意気揚々と参加するもそこで不慮の事故に巻き込まれる。

おそらく落馬。

いや、落ラクダしてそこで地面に頭を強く打ち付ける。

幸いにも周囲の人達によって救出されるも、旅行に関する記憶は全て失われ現在に到る。

このように仮定すれば記憶の不整合にもうまく説明がつく。

一つ気になる点があるとしたら自分のいまの服装だろう。

というのもスーツ姿なのだ。

海外に旅行すると言うのに仕事着を着ていくやつがいるのだろうか?

昔漫画でスーツは砂漠に適していると読んだことがあるがそれを参考にした?

鳥取砂丘くらいなら周りのウケを狙ってそれを実践したかもしれないが、海外でそれをやるのはちょっと考えにくい。

まさかテレポート...。

いやいやそんなのもっとあり得ない。

まだ本調子ではなく頭が混乱しているのか突拍子もない思考が展開されていく。

こんな疑問は自分のスマートフォンでも確認すればすぐに解決するのに、縛られて体が動かせないのでそれも出来ない。

芋虫みたくなにも出来ない自分を意識するとなんだか急速に疲労感が高まる。

大声をあげる気力もない。

おかしな感覚だけど今なら好きなタイミングで気絶できそうだ。

その誘惑にいっそう身を委ねてみようか?

まさかこのまま干からびるなんてこともないはずだ。

それにもしかしたら自宅のベットの上で次は目を覚ますかもしれない。

輪郭が溶けた考えが頭の中でぐるぐると回って俺の意識はまた混濁した。


唇に冷たい感覚。

どうやらまだちゃんと生きているらしい。

ぐっーーと、唇にまた冷たいものが押し付けられる。

それにあわせて口の中へと水が伝う。

「あ!目覚めたみたいだね。」

活発な印象を抱かせる女性の声が頭上から聞こえる。

面倒なので目は開けていないが、あの憎らしい太陽の暴虐は西の方に失せて、自分は今地べたに寝かされている。

ちり、ちりり。ばちっ!

追記。焚き火が近くで燃えている。

「意識はちゃんとしている?

なんでもいいから声を出してみて?」

頬に手があてられる。ひんやりとしていて気持ちいい。

「凄い熱。

昨日のうちに見つけられてたらなー。」

しょんぼりとした声。

彼女の要求に応えようと発声を試みるが喉の奥に痛みがはしる。

出血でもしたのだろう。

「まだ水を飲む?

一度にたくさん飲むのは良くないらしいけど。」

唇にまた物体が押し付けられて水がじわりと染みる。

どうもこれは水をひたした布きれらしい。

「とりあえず生存確認は出来たしまた休んでて。」

俺はこくりと頭を動かす。これが今できる最大限の意思疎通だ。

意識の炎を弱めるとすぐにまた眠りについた。


意識がぽっと灯り、ゆっくりと目を開く。

魂が飛び出すくらい長く息を鼻から吐き出す。

あれからどれくらい時間が経過したのだろう?

クリーム色のマントみたいな布が体に巻きつけた状態で俺は覚醒した。

ぶっうぅーん。

頭に湿った空気の塊を突然ぶつけられ、うわぁ!とお手本のような悲鳴をあげる。

首をもだけて確認してみると、巨大な黒い鼻が目の前に飛び込む。

まずは距離をとろうと考えて、仰け反るように頭を動かすがそれに合わせて鼻もこちらに寄ってくるので、視界は依然として鼻いっぱいである。

「こら!ニオイなら昨日の晩に充分嗅いだでしょ。」

鼻の持ち主をたしなめる女性の声。

意識朦朧ではあったが昨晩自分を看病してくれた人の声である。

ぶっふん。

分かりました。はいおしまい。といった調子で、鼻水を自分の顔面に吹きかけてからそれは離れていく。

デカい。

実物のラクダを見るのは初めてだが、間近ということも手伝って、とにかくデカイという感想が頭の中を占める。

「大丈夫?

熱は下がったみたいだけど食欲はある?」

おれの枕元に影が差し込む。

目だけ動かすと件の女性が膝をつくところだった。

「と言っても食事はまだ早いか、でもお茶くらいなら。」

声の主を確認しようと頭を動かしたら偶然に目と目が合う。

黒い瞳だ。でもそれは異邦人の目だった。

元々の魅力なのかそれともなにか化粧でもしているのか、無意識でいると吸い込まれるみたいに目線を合わせっぱなしにしてしまう。

「言葉はわかるよね?」

「え?

ああ、ちゃんと通じている。」

彼女の服装はくすんだ白を基調としたゆとりのある服に、バックラー付きの茶色のベルト。

頭には群青色のターバンを巻いてまんま砂漠で暮らしている人のいでたちである。

それなのに飛び出した言葉は流暢な日本語なもんだから、コント感というか奇妙な気分にさせられた。

「飲む量は自分で調節してね。」

皮袋がこちらに差しだされたので、俺は上体を起こしてそれを受け取る。

体調は昨日からだいぶ回復したようだ。

「ありがとう。

それで、こいつは?」

皮袋を神妙な面持ちで見つめながらたずねる。

「中身を聞いているの?

ただの水だけど。」

別にスポーツドリンクを期待しているのではない。

ただ差し出されたその皮袋が現代にはあまりにそぐわない一品だったので違和感を感じたのだ。

「ずいぶんと古風なものを使っているんだね。」

おっかなびっくり初めて使ったもんだから、首元を濡らしながらの水分補給だ。

「そう?別に特別なものだとも思わないけど。」

返却されたそれを目線の高さにまで持ち上げて、彼女はそれを検分する。

「それでさっそくなんだけど、今いったい俺はどういう状況にいるの?

どうも頭をうったみたいで、最近の記憶がないんだよね。」

言いつつ右手で頭を撫で回す。外傷も痛みも特には残っていない。

「状況って...。

今は街に戻っているところで、出発を前に朝食を作っているところかな。」

彼女の背後でぱちぱちと焚き火が音をたてている。

「救助隊なんかはまだ呼んでいないの?

こういう時ってヘリコプターが出動するイメージだけど。」

「救助?

呼ぶもなにも星の子を助けるために動いたのは、あのなかで私だけだったんだよ。」

星の子というのはどうやら俺のことを指しているらしい。

名無しの権兵衛みたいなことなのか?だとしたらずいぶんとロマンチックな言い回しである。

ちなみに俺の名前は山田太郎だ。

「あやうく俺は見捨てられていようとしていたのか。君以外から。」

「そうだね。」

その様子を想像して悪寒が走る。人間そこまで嫌われるものなのだろうか?

「助けられた時の様子はどうだった?

あと俺の荷物はどこにある?特に携帯をすぐに確認したいんだが。」

服をまさぐってみたが出てきたのはボールペンが一本だけである。

「私が見つけた時には体の半分が砂に埋もれていたね。

急いでいたからよく確認していなかったけど、荷物なんかはなかったと思う。」

「あー、埋もれていたというのはどういう意味?

まるでしばらく放置でもされていたみたいじゃないか。君は俺が事故した時に居合わせていたんだろ?」

「違う。私は通りすがりで星の子を助けたんだ。」

「...嘘でしょ?

ってきり君はツアーガイドの人なのかと。」

そうなってくると自分が参加したであろうツアーは、実は強盗団が運営するものでしたなんて可能性も考えられる。

それなら荷物が無くったことも、砂漠で放置されていたことにも説明がつく。

もしくは単独で砂漠に繰り出して、単独事故。いや、その可能性はゼロかな。

「するとたまたま日本語をマスターしている人が、偶然日本人の俺を助けたというのか。

すごい奇跡だね。」

「日本語?

それが星の子がいま話している言葉の名前なの?」

「...おもしろいジョークだね。

なら君がいま話しているものは何語なんだ?

標準語だなんて言わないでくれよ。」

打ち解けることも大切ではあるが、まだまだ聞きたいことが山ほどある。

冗談に付き合って笑えるほどの余裕が自分にはないのだ。

「私は私の言葉を話しているだけだ。

日本語なんて喋れないし、その単語自体今日初めて聞いたものだよ。」

どう返事をすればいいのか分からず顔が硬直する。

「そっか。星の子はまだ自分の力に気づいてないんだね。

それなら私の口元をよく観察してみて。」

そう言って彼女は人差し指を自身のえくぼにあてる。

「わ・た・し・は、日本語を喋ってなど、い・な・い。」

彼女はことさら強調するように、口を大きく開いて発音をしている。

「いったい君はなにがしたいんだ?」

けどその意図がわからない。

「だから口の形によく注目して。

わたしは日本語を、しゃ・べ・れ・な・い。」

臆面もなく人前でレディーが大口を開けているので、そこまでやってくれるならと自分でもそのセリフを反芻してみる。

「しゃべれない...。」

ここで違和感。

「悪いけど最後のフレーズもう一度繰り返してみてくれないか?」

「いいよ。

わたしは日本語をしゃ・べ・れ・な・い。」

彼女に合わせて俺も口を動かす。そしてあることに気づく。

「音と口の動きがでたらめだ。腹話術か何かでもやっているのか?」

「理解できた?

それが星の子に与えられた祝福なんだよ。」


信じられない話だ。

命の恩人改め、アリスと名乗ったこの女性が話した内容を一行にまとめると、

俺は流れ星にのってこの世界に降り立った別世界の人らしい。

もちろん俺はその与太にすぐさま反論した。

「はやくスマホを出せ!もしくは貸してください。」と、

けど純真無垢な顔で「スマホ?」と聞き返されて、

「山田が星の子である証拠はちゃんと提示したでしょ!」と、逆に反論されてしまった。

「証拠?

あるなら見せてくれよ。可及的速やかに!」

アリスはもう一度例の術を俺に披露する。彼女曰くこの能力こそが星の子に与えられた祝福。

つまりあらゆる言葉や文字を理解して、相手にも伝えられる能力があなたにはあるのよ。と得意げに説明される。

あれ?それならこの奇奇怪怪な術を習得しているのは俺の方なの?

「そんなの事前に聞いていないぞ。

仮に別の世界に飛ばされる時には神かその代理人が直々に告知するシステムになっているはずだ。」

「?」

「俺がおかしな奴みたいな空気にしないでくれ。」

皮肉のつもりで相手の話にのっかたのにこれでは馬鹿みたいだ。

ただ星の子の祝福とやらのトリックを見抜けないのも事実。

記憶喪失をしたという仮定もその実感がいまいち持てないので、なんだか自信がなくなってきた。

「星の子と話すのは初めてだけど、最初はみんなそんな感じに戸惑うみたい。

けど一年もすればこの世界に順応するから。」

諭すような口調で俺を言いくるめようとするんじゃない!と、心の中で反発する。

「もしかして俺は...死んでしまったのか?」

色々と考えを巡らせていたら前後不覚。

途方もない感覚に突如襲われてそんな言葉が自然にこぼれた。

こっちはすごく真剣なのに、

「ぷっぷっぷっ。」とアリスが吹き出している。

悔しいがこの話は一旦保留にしよう。材料があまりにも不足している。

彼女はこのあと街に行く予定だと言っていたのでそこで結論は出るだろう。


「とりあえずお湯も沸いたしお茶でも飲まない?」

アリスが立ち上がって俺を焚き火の近くに連れて行く。

一瞬ふらついたがちゃんと歩ける。

適当な場所によろよろと腰を落ち着けると、それに合わせて彼女が茶色のコップを差し出してきた。

乾燥した葉っぱがコップの中に直接投入されて、焚べてあったやかんからはとくとくと熱湯が注がれていく。

「役得だし少しくらい貰っちゃおうかな。」

蒸している間に彼女はなにか決断して、地面に積んであった麻の袋に手を突っ込むと、中から小石サイズの茶色の物体を取り出す。

そしてそれを俺のコップにぽとぽとといくつか落とす。

転がるように底へ沈んていく過程のなかで、それはもやもやと揺らぎを作りながらゆっくりと溶けていく。

どうやら砂糖らしい。

「ほら、出来たから飲んで。元気が出るよ。」

まじまじと液体を観察するが気構える必要なんてどこにもない。

ただのお茶である。

けどそれを頂くときに、黄泉の国で食事をすると現世に戻れなくなる神話のお約束を思い出した。

「すごく甘いね。」


病み上がりということもあり、引き続きラクダの背中にしがみついての旅路だった。

それにしてもこのラクダという生き物はその体躯に対して脚がずいぶんと細いが、健脚らしく俺という荷物にプラスして砂糖が満載の袋を2つも運搬している。

馬力に換算するとどの程度のものなのだろう?

「それで俺達が向かっている街っていったいどういう所なんだ?」

砂だけの世界は永遠のものではなく、景色は荒野へと移動していた。

ぽつぽつではあるが緑も増えて死の世界からは脱した感じだ。

「私たちが暮らしているところはねー

銀山が今は有名な街かな。」

「そこにアリスはなんの用事で行くつもりなんだ?

通りすがりで俺を助けたと言っていたよね?」

「行くというより戻るが正しい。

買い付けた砂糖を街に運んでいたんだ。」

「ラクダに積んでいるこの袋のことだね。

なんだかキャラバンみたいなことをしているんだね。」

キャラバン。または隊商とも言う。

歴史の授業で登場するような単語だが、実は彼らは未だ現役で、

マリという国で採掘された岩塩をラクダで今も運搬しているという話を聞いたことがある。

「私のはそんなにいいもんじゃないよ。」

アリスは自嘲気味に答えた。

「どうして?

見た目もやっていることもまさにキャラバンそのものじゃないか。」

とってもラクダが1頭だけなので、キャラバンにしては少し寂しい。

「...昔はそれと遜色ないものだったけど、

今は人から指示された物を取りに行って戻るだけだからね。

その実態はただの運び人で、皆からは荷役人だなんて言われているし。」

「そうなんだ。」

言葉の端々から想像するしかないが、あまり楽しい仕事ではないらしい。

「ご先祖様が活躍していた頃はもっと自由で儲かる花形の仕事だったんだけど、ある日を境にそれが衰退しちゃって、

いまは銀の採掘だけで街は命脈を保っている。それが私の暮らす街の説明になるかな。」

俺と視線を合わせるためにアリスがこちらに振り返って後ろ歩きを始める。

「私はもういいから、今度は山田が住んでいる日本のことを代わりに聞かせてよ。」

「あ、うん。」

これを日本語で質問するのだから違和感がすごい。

「に、日本か。

ざっくりしていてなんだが答えにくいな。」

歴史の話でもすればいいのか?それとも食べ物の話?

国という視点で話すとなんだか他人事みたいな気がしたので、アリスを見習い自分が住んでいる街の話をすることにする。

「俺が住んでいる神戸市は世界一にもなった港がある街で、今も沿岸部に構えられた産業が盛んなところだな。

地理は海と山の距離が近いから自然でのレジャーには困らないし、色んな施設がコンパクトにまとまったいい街だと思う。」

「自然をレジャーする?」

その言葉に釈然としていない様子。

「海で泳いだり山歩きをすることだよ。」

「山で歩くことは楽しいことなの?」

「んん?」

変なところで彼女は疑問を抱く。

「私だっていま歩いているけれど、特別楽しくなんかないよ。」

「それはアリスにとってここが日常の世界だからだよ。

普段とは違う知らない世界を歩くというのはけっこう楽しいことだと思う。」

「自由に砂漠を歩く楽しさはよく分かるけど、不慣れな土地だと疲れもたまるからねー。」

「たしかに疲れはするけれど、リフレッシュもできるじゃないか。」

「休息をとりたいなら眠るのが一番だと思う。」

「精神的な疲れは寝るだけじゃ回復しないだろ。

だから余暇を使って人は遊ぶんだよ。」

「子供だけだよ遊ぶのは。」

なんだこれ?これは文化というよりも時代レベルのギャップを彼女に感じる。

これ以上やると精神的に疲れそうなので話題を変えてしまおう。


「それなら歴史の話でもしようか。

特に俺が住んでいる関西圏には歴史のある有名な建造物がたくさんあるんだ。」

ここは奈良の力でも借りようか。

出来れば写真でも準備してプレゼンしたいのだがそこは我慢だ。

「特に有名なのが奈良の東大寺で、日本で信仰されている宗教の施設なんだけど、

木造建築なのにそれがとにかく巨大で、天井の高さは優に10メートルは超えているんだ。」

「木製で?

そんなに高くて太さもある木が日本には生えているの?」

アリスは目を白黒させる。

これだ!この反応が欲しかったのだ。

「いや、一本の木でやっているわけじゃないと思う。

正式名称は忘れたけど、複数の木を組み合わせて巨大な柱をつくる技術があるんだよ。」

宮大工の特集でよくそれが紹介されている。

「ばらばらの木を使えば余計に壊れやすくなるんじゃないの?

ましてや柱になんて使えるのかな?」

「それがお互いにいい感じにしなり合うことで、石や鉄よりも丈夫ならしい。」

火災には弱くなるが地震には強くなるので、日本ではこっちの方が有利なのかも。

「木材が豊富だからこそ生まれた技術なんだろうね。」

アリスはくるりと回って周囲を見渡す。

木が全く無いというわけではないが、この荒野ではそうした技術は発展しないだろう。

「で、そこは何もがらんどうというわけじゃない。

中にはその高い天井に頭が触れるくらい巨大な大仏が足を組んで座しているんだ。」

はじめてそれを見たのは小学生のときだったか。

その時の鋭い感性が図らずも呼び起こされ話していて俺もつい興奮する。

「手のひらで踊るなんて言葉があるけれど、本当に大人がそこで踊れるくらい大仏の手はでかくて、

近くに行くと息がつまるほどそれに圧倒されるんだ。

圧倒といっても不快なわけじゃなく、神々しいという表現はここで使う為にあったのだと見た時には妙に納得したね。」

あの魔力は高層ビルなんかには決して宿らない。やはり人の顔を模していることが重要なのだろうか?

「へぇー、山田はけっこう信心深いんだね。

私も素直にそれを見に行きたくなってきたよ。」

「信心?おれが?

どうしてそんな話に急になるんだ?」

鳩に豆鉄砲。死角からの左フック。彼女の言葉に困惑する。

「だってあれだけ熱っぽく話していたじゃん。」

「それはそうだけど、だからといって別に信仰しているわけではないよ。」

「急に冷めるね。」

「ん〜俺がおかしいのか?」

これは日本人特有の宗教観なのだろうか?

自慢じゃないが仏教や神道に関する経典なんて俺は一冊も読んだことがない。

だから熱心だねと言われたら「いいえ違います。」となる。

「仮にだよ。

俺が別の世界にいるとして、こんな状態で放置する神様なんかに信心なんて芽生えたりしないよ。」

「アハハハ。そんな悪口言っていいの?

あとが怖いぞ〜。」

かの御仁の巨大な笑みが脳裏にちらつく。

「死後の世界というやつか?

あるのかないのか微妙な話だけど、この俺の経験がそれを間接的に証明しているのかもしれないな...。」

だとしたら天国に続く門の前に立ったとき、このことについて問い詰められたら俺は不利な立場に追いやられるだろう。

そうならないように現世では媚を売るほうが合理的なのか?

そんな会話をアリスとあれこれしていたら目的地であろう街とやらが見えてきた。

その外観はまだおぼろげであるが、クリーム色の建物がいくつも立ち並んでいる。

まずはじめに病院に行くべきか?それとも日本大使館に連絡をつけるべきか?

それともここは本当に別の世界?


「街に入る前にルールを決めようか。」

思案を巡らせていたら彼女がそんなことを言う。

「ルール?」

「まず初めに私の用事から済ませる必要がある。」

彼女が砂糖の入った袋を一瞥して言う。

「納品作業はすぐに終わるんだけど、ある人に今回のミスを説明するのがとても面倒で、時間もそこで沢山取られると思う。」

苦虫を噛み潰した顔だ。その原因はある人のせいなのだろう。

「それはアリスの上司かなにか?

だったら俺からもその人にちゃんと説明させてくれよ。そのミスは俺を助けたから起きたことなんだろ?」

「いや、山田にはその間ずっと黙っていて欲しい。

その方が私にとっても都合がいいから。」

「あ、そうですか...。」

そう言われるとこちらも返す言葉がない。

門外漢が下手に口をだして状況が悪くなるのは社会でのあるあるか。

「わかった。ただ協力して欲しいことがあるならなんでも言ってくれ。

君は命の恩人なんだから。」


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