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第8話「子どもの笑い声」

***


昼時になり、私は彼の部屋でソファーに小さく丸まっていた。


一人ではドレスが着られないのでどうしたものかと悩んでいると、彼が簡素な着替えを持ってきてくれた。


どうも手慣れている……となれば、やはり何度も行為に及んでいるとわかってしまう。


どうして愛していないのに、ウェリナはレクィエスに身体を許していたのだろう?


他の男性に嫉妬するような薄情な関係だったのか。


噂通り、男をはべらす悪女なのか?


そうなればただの淫乱で、恥じるべきだと手のひらに爪をたてた。


「はい。紅茶、ミルク多めにいれたよ」


「……ありがとう」


紅茶のカップを受け取り、ソファーの隅っこであたたかいミルクティーを喉に通す。


(おいしい。……なつかしいな)


魔物討伐の旅をしているときに、たまに彼が淹れてくれた。


ミルクたっぷりの紅茶が好きだと話したら、文句のつけようがない配分のミルクティーが出てきて驚いたものだ。


レクィエスは紅茶を飲む私を一瞥した後、古びた本を手に隣に腰掛けてくる。


本の表紙に書かれた文字が読めない。


不思議に思った私は首を傾げ、レクィエスが本を読む様を観察した。


だんだんと気になってソワソワしてきたので、レクィエスの袖を引いて尋ねてみる。


「何の本を読んでいるの?」


そう問うと彼は困ったように目を反らす。


「えっと……建国時の王の日記……」


「日記?」


なんでそんなものを、と考えていると、彼は言葉に悩みながらも話してくれる。


「建国前、魔物がいた時代があるんだ。魔物を唯一倒せたのが後の王らしい」



魔物、と聞いて既視感に姿勢を正す。


(それってまるでレクィエスみたいだわ!)


「どうしてそんなことを調べているの?」


魔物が出るのはまだ先のこと。


今は平穏そのもので、誰も魔物が現れるなんて思ってなかった頃のはずなのに。


「……秘密。いつかちゃんと話すから」


大事なことのはずなのに隠されるとモヤモヤしてしまう。


すでに魔物が現れると知っての行動なのか、それともまた別の理由があるのか。


ファルサとしては未来の出来事を知っているが、ウェリナとして口にするのは戸惑われる。


不確定事項かつ未来を歪める可能性がある行動は出来ないと、私は言葉を飲みこんだ。



もし……。もし未来が変わったとしたら……。


(私はレクィエスに恋をしない? 魔物討伐で死ぬこともないの?)



そんなのは無理だ。


一瞬の期待は一瞬にして散った。


たとえ出会い方が変わったとしても、私はレクィエスに恋をする。


彼を愛した日々に偽りはない。


今でも焦がれるほどに愛している。


その心が私に向いていなかったとしても、彼を愛したことに背を向けたくなかった。


(そうよ。死ぬとわかっているならそっちを回避すればいい。愛されなかったのなら愛してもらえるように努力すれば……)


努力したところで彼のウェリナへの想いに勝つことが出来るのか?


ウェリナの身体に入ってから痛いほど思い知る彼の愛情。


こんなにも報われない想いを抱えなくてはならないと思うと、私の中でウェリナへの憎しみが深まってしまう。



――あなたがいなければ、愛されていたのは私かもしれないのに。


聖女らしさのない醜さに、一番気味の悪さを感じているのも私だった。


「……レクィエスはどうして私が好きなの?」


「ぶっ……!? ゲホッ……きゅ、急になにを⁉」


「知りたいの」


突拍子もない質問に彼は飲みかけの紅茶をに流してしまう。


変なところに入ったと咳き込みながら慌ててカップを置き、手の甲で口元を拭っていた。


顔を真っ赤にするレクィエスに、私は前のめりになって凝視する。


先に折れたのは彼だった。




「そんなの、昔からずっとだよ。出会ったときからずっと想っている」


(出会った時って……)


いつだろう、と疑問に思った瞬間、こめかみに強烈な痛みが走った。


「いっ……!」


まるでガンガンと鈍器で殴られているかのようだ。


痛くて意識が飛びそうになるのに、頭の中ではざわざわとウェリナの記憶を見てしまう。


幼い頃、それこそウェリナの母親が生きていた頃の記憶だった。


『キャハハ……ハハ……』


子どもの笑い声がする。聞いたこともない音色だ。


ウェリナのものではない。


(またこの笑い声……。何なの?)


記憶が流れて、風が心地よい草原を走る光景を見た。


大きな白い花を咲かせる木の下で足を止める。


傷だらけの少年、呪われた王子のレクィエスが黄金の瞳をぎらつかせて私を睨みつけていた。

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