第6話「彼と悪女のロマンス」
いくらなんでも一人の令嬢に群がる人数ではない。
右も左もウェリナに気のありそうな男性ばかりで、むせかえる香水の匂いに酔いそうだ。
ワインを喉に流し込めば、頬が熱くなり余計にボーッとしてしまう。
(変なの。男性の列が途切れない)
愛想のない女性が、男性には魅力的に映るのだろうか。
よく男性と女性では恋愛における価値観は異なると聞くが、貴族同士は政略結婚がほとんどのため、統計がとれているわけでもない。
(私、異性から想われたことがないなぁ。そんなに悪い外見じゃないと思うけど)
ウェリナの容姿は愛らしさと色っぽさが上手く融合し、顔のパーツも整っている。
私にはない艶っぽさの持ち主で、ほとんど口を開かないミステリアスさ。
ある意味で私とは真逆の女性かもしれないと、つい思い悩んでしまった。
(熱い……。体温が高いのかしら? 慣れない……)
ウェリナに慣れないのは見た目だけでもなく。身体が尋常ではないほどに火照っている。
常に熱にクラクラしているので、いまだ慣れぬその感覚への嫌悪感に身を震わせていた。
「ウェリナ」
窓際にウェリナを囲む男性をかき分けて、華やかな会場に静かな夜空のような男性が現れる。
目が合うだけで胸が高鳴り、火照りを鎮められないままレクィエスを見つめた。
「おや、レクィエス殿下。相変わらずご令嬢につきまとっているのですか?」
取り巻いていた男の一人がレクィエスを嘲笑するように問う。
王子に対しあまりに無礼な物言いだ。これが”呪われた王子”の実態かと思うと悔しくなり、私は壁から背を離すと空になったワイングラスを男の胸に押しつけた。
「やめてください。あなたはたしか、ドルミーレ伯爵家のご子息……でしたか? 殿下に失礼かと思いますが」
「えっ……令嬢? 急にどうされ……」
「既婚者ですよね?」
厳しめに責めれば、伯爵令息はバツが悪そうに目を反らす。
しぶしぶといった様子でレクィエスに謝罪をするとサッとこの場から離れ、舞踏会の海に紛れていった。
他の男性陣も空気の悪さを察し、苦笑しながら波が引くように去っていく。
ウェリナはいつもこんな苦労をしていたのだろうか。
知らない悪女の背景を想像し、再び壁に背をつける。
するとレクィエスが不敵に、それでいて愛おしそうに笑って私からワイングラスを奪った。
「お酒、得意じゃないのにまた飲んでるの?」
レクィエスの自信満々な指摘に、ジロリと尻目で睨みつける。
言われてみれば酔いがまわるのが早いので、弱いのは事実かもしれない。
「別に……。好きで飲んでいるからいいんです」
性格悪く思われても構わない。
向き合っているのはファルサではなく、ウェリナなのだから。
可愛げのない言い方をしてみたところで、いずれにせよまったく笑えない。
愛らしく微笑んだところでそれは”ウェリナの微笑み”だ。
私の想いはすべてウェリナの想いに変換されるのは葛藤せずにはいられないことだった。
――ざわっと、会場内にいた人たちの視線が一か所に注がれる。
ハッとして私は注目の集まる先へ視線を向けた。
見覚えのある水色のAラインドレス。
レースに飾られたハイネックは聖女としての清らかさを引き立てている。
不慣れな恰好のはずなのに、動揺の顔一つ見せずに王に挨拶しようとファルサは会場内を抜けていった。
「ウェリナ、気になるの?」
「えっ?」
「噂で聞いたことがある。あの人、聖女って呼ばれているんだろう?」
「べ……つに。気になるというか……」
胸がチクチクと痛む。
そしてジュッと焦げるような感覚がした。
この時点でレクィエスはまったくファルサに関心がないとわかってしまう。
(いいな……)
それなのにどうしてか、堂々とした様子のファルサを羨ましいと思ってしまった。
(変なの。私なのに、うらやましいなんて)
ウェリナとして存在するのがみじめで、彼を愛する前の潔白な私はまぶしく見えた。
「ねぇ、ウェリナ。少しだけ踊らない?」
「……えっ⁉」
唐突な誘いに肩がすくみ、慌ててレクィエスから目を反らす。
「私、踊れないわ……」
「? 俺、リードくらいなら出来るよ?」
「そうじゃなくて! ……だって踊ったりしたら」
それこそ彼とウェリナのロマンスだ。
これではレクィエスを愛した未来の私が浮かばれない。
ウェリナがいたから私は優しくはされても愛されなかったと、醜い嫉妬心に支配されそうだ。
たくさんの矛盾を抱え、どんな眼差しを向ければいいのか答えを見いだせなかった。
「わかった。じゃあ少しだけ」
「きゃっ⁉」
強引にレクィエスは私の手を引き、人々の合間を抜けてテラスに出る。
夜の涼しい風が頬を撫で、少しだけ火照りが落ちついた気がした。
(きもちいいな……。星、キレイ……)
「今日は体調、大丈夫?」




