第58話「あなたの母になる」
すぐにマリナも勘づいたようで、顔面蒼白になってせせら笑いをする。
レクィエスは私の肩を抱き寄せ、子どもをしっかりと抱えなおしてマリナに決別のまなざしを向けた。
「あの丘の木。あれは魔女の木だ。死後、あの地に埋められた魔女は新たな命として花を咲かせた。直接体内に力を取り込んだんだ」
「……あの人は、大地の魔女。……はっ、そういうことね」
最初に子を成し、建国のきっかけを生み出した魔女。
初代国王とファルサの母……。
「私は癒しの魔女。……というのは表向きで、傷を食べてるだけなんですよね」
閉ざされた聖堂の扉が開かれ、風が入り込み青色の髪をなびかせる。
魔物が現れ、血なまぐさい場所には不似合いな慈愛の聖女が現れた。
「ファルサさん……」
「こんにちは。さすがにこれ以上は看過できないと思い、来てしまいました」
ゆったりとした足取りで赤いじゅうたんの上を歩き、私たちを通過すると振り返る。
「この子がお二人のお子さんですね。ちゃんとウェリナさんにそっくりじゃないですか」
「ファルサ。もう一人のママ」
レクィエスの腕に抱かれた子が訝しげにファルサを指す。
それにファルサは口元に手をあて、クスクスと笑いだした。
「私はママじゃないですよ。中身が違いますから」
あっさりと否定し、興味の対象を移してマリナに首をかしげて微笑んだ。
「ウェリナさんを魔女にしたかった。そして二人の魔女の血をひくこの子を誕生させたかった。もうあなたの目的は達成されたようなものじゃないですか」
「そうね。ワタシの役目はこの子の魂と会わせること。ようやく叶った」
「でしたら魔物は撤退させてください。ウェリナさんは魔女となり、レクィエス殿下も力が満ちた。あなたのお務めは終わったんです」
「まだよ。ワタシは知りたいの。いまだに理解できない、あなたの母とリベラを」
制止していた魔物が拘束をやぶり、牙をみせてファルサに襲いかかる。
一斉に安泰もの魔物が出現し、私たちは魔物に包囲されてしまう。
レクィエスは子をおろすと剣を構え、背中に私たちを回して守りの体勢に移る。
それに負けていられないと、私は子の額にキスをおとして抱き寄せた。
襲いかかってくる魔物をレクィエスは斬り伏せていき、私はあの子を抱きしめたまま魔物を捕捉する。
「”止まれ! この場から消えなさい!”」
言葉は刃となり、魔物は動きをとめると灰となって崩れた。
途端にドッと筋肉が疲労し、視界が揺れる。
(使い慣れない。頭がくらくらするわ)
一回で複数の魔物は相手に出来ない。
たった一回でも疲労感が強くなり、身体に負担がかかる。
――これは主導権を奪う力と呼ぶべきか。
まるで言霊となり、私の命令に魔物は消滅した。
魔物を対象としてしか効力をみせない。
ひ弱な私にとって、チャンスを掴むには賭けに出るしかなかった。
あの子を抱きあげ、私はファルサの横を通過してマリナの前に駆けだした。
「もうやめて! この子はあなたの血も引いているんです!」
手を伸ばし、マリナの手を掴むと私はこの子といっしょにマリナに抱きついた。
――時が制止する。
暴れ狂っていた魔物がピタリと動きをとめ、一瞬のざわめきの後、聖堂には静寂だけが残った。
「すべての人が母になるわけじゃない。あなたはレクィエスの母じゃなかった。だけどレクィエスは私たちを愛してくれています。あなたがわからなかったことを、レクィエスは知った。……あなたの息子です」
どんな人だろうと、この人はレクィエスを産んだ。
私の大好きな人に命を与えてくれたただ一人の女性。
この人が出来なかったことを私はやる。
彼の心に開いた穴をいっしょに埋めていく。
二人で埋めきれないものは、この子もいっしょにがんばってくれる。
私とレクィエスは、たくさんの愛情をこの子に注ぐ。
家族になるということは、お互いに必要として無条件の愛で抱きしめることと知った。
「レクィエスを産んでくださりありがとうございます。私の最愛の人。私は絶対に母になります。あなたのなれなかった母に」
静まり返った聖堂に響く、緊張に震えた私の声。
それに呼応するように、魔物が灰となり消えていく。
天井付近にある丸いステンドグラスに光がさしこみ、その下に立ったままの女神像が祈り微笑んでいた。
マリナのぎらついていた目から覇気が消える。
脆い少女の顔をして頬に涙を伝わせていた。
それを腕に抱いた子が手を伸ばし、丸くふっくらとした指先で拭った。
「いたいのいたいのとんでけ」




