第57話「花を食べるということ」
「あなたは知らないから。魔女が受けた迫害を」
ゾッと背筋が凍るほど激情をマリナにぶつけられ、心臓がわしづかみにされる。
「魔女は進化を促す存在。子を産み、増やす。それが魔女のはじまり」
マリナは教壇からおりると、鋭い目つきをして私の前まで歩いてくる。
そして肩を掴むと、脅迫めいた目をして指を食い込ませてきた。
「いたっ……!」
「あなたも魔女。どうしてわからないの? 男は魔女を虐げた。奴隷のように扱い、抗ったものは火あぶりにされた」
私の知らない魔女の国の歴史。
「当時のことなんてワタシも知らないわ。でもこの血に、魔女たちの記憶が残っている」
燃え上がる。
魔女たちの逆襲劇。
長い時を経て、魔女たちは頂点に立ち、魔女の楽園をつくった。
それが魔女ファーストの国であり、かつての男女の立場を逆転させた世界だった。
それも遠い過去のことなのに、私たちは逃れられない魔女の意志に支配されていた。
「ワタシたちはこの島に魔女としてやってきた。進化のために。だけど役目を果たせたのは一人だけ。レクィエス、あなたの先祖よ」
初代国王とファルサの母。
はじまりの魔女の一人。
たしかに魔女の因子を残したのに、時とともに魔女の血は薄れていった。
まるで人の世界に魔女は不要と言うように、魔女は繁栄しなかった。
マリナはヒステリックに息を切らしながら、引きつった笑顔で私に迫ってくる。
「あなたは本当によく似ている。特にその目、リベラと同じ」
リベラは私の母の名だ。
空色の瞳をして、いつもおだやかに微笑む花のような人。
マリナの瞳はまるでリベラに執着して燃えるギラつきをしていた。
「そうよ……。私はお母さまに似ているわ。そしてとても大事にしてもらった。大好きな私のお母さまよ!」
「それがわからない! どうしてあの女は母になった!?」
ひどく暴力的で、納得できないと拒絶する心に支配されている。
同じ魔女でも、私の母とマリナでは大きな違いがあることを目の当たりにした。
マリナは一度もレクィエスを見ようとしない。
この目にレクィエスは子どもとして映っていない。
魔女を産めずに人と同じ寿命となったことを根にもち、状況を打開しようとあがく魔物のような人。
この人と私は一生分かり合えない。
レクィエスを愛さない人を、義母と呼びたくなかった。
「あなたに母性はない。なのにどうしてレクィエスを傷つけ続けるの?」
声が震え、涙が頬を伝う。
これ以上、この場にレクィエスとあの子をいさせたくない。
何をどうしたって相容れない人はいる。
傷つけてくる人はいる。
それが愛する人の母親だと思うと、胸が引き裂かれるほどに痛かった。
「初代国王が本に記した。魔女の存在は表に出ない伏せられた存在だった」
レクィエスはあの子を抱きあげて、虚ろな目をして歩いてくる。
「男が生まれたら血は薄まるだけ。あんたは男を産んだ。それが大きな失敗だろう?」
距離を縮めるレクィエスに、マリナは目を細くして舌打ちをする。
そして私の肩を突き飛ばし、長い濃紺の髪を背中に流して歪んだ笑いをした。
「そうよ。でも一つ、予想外のことが起こった」
「予想外のこと?」
マリナはニタリと笑い、私を指してから子どもに焦点を移す。
「島を離れ、戻ってきたら驚いたわ。レクィエスがリベラの娘に執着をみせていた」
その言葉にギクリと肩が浮く。
恐怖心から私は後退り、レクィエスの腕に手を添える。
ずっと抱えてきて、ようやく決別できそうになっていた罪悪感。
それをあおるようにマリナは鼻で笑い、己の下腹部をさすって妖艶に微笑んだ。
「チャンスだと思ったわ。でもあなたは魔女になりきれていなかった。だからちょっと追いつめてみたのよ」
瞬間、戦慄が走る。
何もなかった場所から灰を渦巻かせて魔物が形成された。
鋭い咆哮をあげ、魔物は血走った目をしてすぐにでも飛びかかれる姿勢となっていた。
「まさかレクィエスが力を覚醒させるとは思わなかった。どうしてかしら? いくらワタシの息子でも、魔女ではないのに」
「花を食べた」
どこからともなく出てきた単語は横殴りで衝撃を与えた。
マリナは意味がわからないと眉をひそめている。
私はなぜかすぐに脳裏にあの丘の花を思い浮かべていた。
「初代国王も力を有していた。それは花を食らったことで得たものと記されていた」
「花? 一体なんのこと……」




