第53話「聖女と魔女」
(ファルサ? ううん、違う……。ファルサはあんな目をしない)
その女性はファルサによく似ていた。
だがすぐに別人だとわかる。
ファルサは穏やかで、優しくて、聖女として欠点ひとつない振る舞いをする超人だ。
対して向かい合う女性は氷のように冷たい目をし、愛されたい欲求のない虚ろな顔をしていた。
レクィエスはマリナを見るや、剣の切っ先を向ける。
母親を見る目ではなかった。
それにマリナはクスクスと妖艶に笑うだけで、レクィエスに恐れを抱いていなかった。
「剣をおろしてくれる? そんな物騒なもの、この場には必要ないでしょう? せっかくの母と息子の再会なのだか――」
「黙れっ!!」
言葉にかぶせて拒絶し、レクィエスはマリナに向かって走りだす。
剣の切っ先がマリナの顔を傷つける寸前、何もいなかった場所から魔物が飛び出て挟み撃ちにしてきた。
無から有へ。
突然の魔物の襲撃にレクィエスの反応は間に合わず、太い爪が肩に食い込んで肉を抉った。
「レクィエス!?」
鮮血を散らせる姿に私はゾッとし、全力で手を伸ばす。
レクィエスが傷つくのは嫌だ。
レクィエスを守ろうと動いていたのに、魔物に私の身体は横殴りに飛ばされた。
「カハッ……!」
壁に叩きつけられ、口の中に鉄の味が充満する。
無理やり身体を奮い立たせ、血の塊を吐き出すとあきらめずにレクィエスのもとへ走った。
「あなたは……」
マリナが目を丸くし、長い髪を背中に流す。
関心を強めた瞳に私を映し込み、艶やかなリップに孤を画いた。
面白おかしそうに、マリナは私を指すと隣のファルサに似た女性が私に駆けてくる。
よろめいた私の首を掴まれ、呼吸が塞がれてしまう。
「くそっ……! 邪魔をするなっ!!」
レクィエスは歯を食いしばり、鋭い目つきで魔物を睨みつけ、勢いに斬り倒していく。
ゴッと風を斬る強い音と共に、魔物が絶叫をあげて消え、また現れる。
消耗していくだけの戦いは、灰が舞って砂煙が女神像を霞ませていた。
「――ィ……ス……!」
声が出ない。
私はレクィエスの足手まといになるものかと、踏ん張りをきかせて女性の身体から身をよじり、距離をとる。
荒い呼吸を繰り返すと、マリナが目を輝かせて拍手を送っていた。
「さすがワタシの子。魔物なんてちょちょいのちょいね」
「今までの魔物はあんたが?」
レクィエスの問いにマリナはやんわりと目を細める。
「そうよ。ワタシは魔女だもの。こういう力があるのも面白いでしょう?」
本気で言っているとすれば、なんとバカげたことか。
戯れにどれだけの被害が及んだか。
家屋の倒壊だけでなく亡くなった人もいる。
国を混乱に貶めて何が楽しいのかさっぱりわからず、歪んだ微笑みを浮かべる得体の知れない姿にゾッとした。
――ハッ、と気づいたときには遅く、ファルサ顔の彼女が私の背からがんじがらめにして、再び首をしめてくる。
足をジタバタさせながら首を締める手をはがそうとするも、先ほどより力が強くなっている。
苦しさにもがいていると、途切れた息がレクィエスとあの子を呼ぼうとしていた。
「ウェリナッ!? ――えっ……?」
レクィエスが駆けつけようと足を踏み出した瞬間――。
「君は……」
足は止まる。
剣を握る手が震え、やがて情けなく金属音が床を滑っていった。
――既視感。
あの時と似ている、と私は首を締められたままレクィエスに手を伸ばす。
だが私の身体は床に叩きつけられ、痛みに身をよじっていると容赦なく次の強烈な痛みが落ちてきた。
「う”ぁっ!?」
短刀が私の手を貫き、床に縫っていた。
ドロッとした血があふれだし、首の締めつけも残っているのでだんだんを意識が遠のいていく。
痛みと熱に身体は痙攣した。
焼けるようだ。
だけど私はもうこの苦しみから逃げたくなかった。
もっと痛いと泣き叫んでいる子を知っているから。
表には出なくても、心は涙に溺れる子がいる。
ファルサによく似た女性。
だけど髪はもっと夜空に似ていて、憂いを隠しきれないあどけなさと、希望を捨てきれない星がある。
「会いたかったわ……」
目尻から涙が溢れ、耳を濡らすように溜まって落ちた。




