第52話「何度でも言うから、怖がらないで」
――私たちの会話を中断させるように、地響きが鳴り、外から悲鳴があがる。
私たちが何かを通じ合わせようとするたびに、あざ笑うかのように魔物が出没。
足跡もなく、突然現れる魔物に抵抗する手立てはない。
女神像がぐらついて倒れてしまう。
仮にも自分を模しているのに、ファルサは大した興味もなさそうだ。
ファルサにとっては正しさも過ちもなく、人の営みを模倣しているだけ。
きっと聖女として生きるのにも、独特な理由がある。
あれほど憧れていた純白な聖女が、今は無色に見えていた。
外では街を破壊するように巨大な魔物がいた。
鱗に覆われた真っ青な魔物、魚の頭部に長い胴体。尾は水のようで振り上げられると波打つ音がする。
海が遠い場所に、唐突に現れた魔物。
あたりを見回して状況把握に努めると、破壊されているのは教会近辺だけと気づき、思考を整理する。
これでは意図して魔物が現れているようだ。
神出鬼没、この魔物は何の目的があって人を襲う?
ファルサから話を聞いた後では、魔物を見る目が変わった。
魔女とは違う。
暴れるために生み出された存在。
それを動かすのはいったい誰?
首謀者がいるとしか思えない動きに、私は魔物を止めなくてはと急いて走り出す。
「止まれっ! 止まりなさい!」
私はまだ、どんな力を有しているか知らない。
ファルサは把握してそうだが、それも魔女によって異なるので断定した言い方は出来ないだろう。
今、私がわかっているのはファルサの身体を奪ったこと。
魔物の行動を阻止したこと。どちらも主導権を奪った行動だ。
仮にそれが私の能力ならば、魔物を消し去ることが私の役割。
……そう、私に出来ることを見つけたのに。
「なんで……」
魔物の動きが止まらない。
「止まって! 誰も傷つけないで! 消えなさい!!」
どれだけ叫んでも魔物の変化が見受けられない。
ゆったり動く魔物が身体を揺らすと、水の粒が降って建物の屋根から穴を開けていく。
瓦礫が落ちて砂煙がたちあがった。
(なんでなの……。嫌だ。こんなところで負けたくない)
あの魔物は街を破壊するのが目的なのか。
それとも私を殺したいのか。
空を覆う鱗模様の身体に背筋が凍り、悔しさに涙が頬を伝う。
まだ、レクィエスに会えていないのに。
あの子との約束を果たしていないのに。
(私は愛することにウソをつきたくない!)
「止まれええええええぇぇ!!」
手のひらに爪をたて、喉を引き裂く勢いで叫ぶ。
ビリビリと肌が震え、涙ににじむ視界に黄金の影を見た。
とっさに私は両手を空に向かって伸ばす。
「レクィエス……! 私、ここにいるよ!!」
空からひらりと降り立つ流れ星。
まぶしい光がたくさんある世界で、私にはちょうどいい夜空を灯す色。
泣きじゃくって、不格好に、好きな人に飛びついた。
「会いたかった! 会いたかったよ!」
「うん。……俺も、ずっと会いたかった」
以前よりも少し顔色が悪く、疲れた様子でレクィエスは目を細めて笑った。
親指で私の涙を拭い、手癖で頬をなぞる。
剣を握って厚くなった手の皮さえ、いとおしいと私は甘えるように擦り寄った。
「少し待っていて。すぐに終わらせるから」
レクィエスは私の頭を撫でた後、後ろで制止している魔物に剣を向ける。
暴れるはずの魔物はレクィエスが斬りかかっても動かず、断末魔だけをあげて消えた。
弾け飛んだ泥をレクィエスは忌々しいに睨み、土埃に汚れた頬を袖で拭う。
私は一目散にレクィエスに駆けより、しがみつくように抱きついた。
「不安にさせてごめんなさい。もう絶対に、離れないから。怖がったりしない。私の好きは、私だけのものだから」
耳元で息をのむ音がした。
頬に音もなく涙を伝わせるレクィエスがいる。
「俺のこと、好き? 俺は、何度も確認しないと怖いんだ。もう二度と、ウェリナに嫌いと言われたくない……」
「好き。大好きよ。何度でも言うから、怖がらないで」
伝えるべきはこれでよかった。
好きに後ろめたさはいらない。
罪悪感は消えなくても、それを打ち消すくらい愛せばいい。
砂煙がたちこむなか、私は背伸びをしてやさしく唇を重ねる。
誰に何と言われようが関係ない。
これが私とレクィエスの真実だから。




