第50話「魔物の血」
「ウェリナさん、クッキーがお好きでしょ? せっかくですから食べましょう。……他の方には内緒ですよ?」
またいたずらっ子の顔だ。
だが甘いものには敵わないと、クッキーを頬張り口の中で味わった。
貴重なバターのしょっぱさと砂糖の甘みに感動し、身が震える。
(おいしい……)
魔物が現れて貴重となったのは乳製品だった。
家畜が襲われて激減してしまい、かつ保存が効かないのでなかなか市場に出回らなくなった。
「……ファルサさんは食べないんですか?」
二枚目をとろうとして、ファルサがニコニコしているだけと気づく。
「あー……そうですね。いただきます」
苦笑いをして、ファルサは長椅子に腰かけ、クッキーを一枚かじる。
ファルサの食は細い。
私は並みの女性より燃費が早いらしく、すぐに空腹になってしまう。
食に対する価値観、意地はファルサと逆のため、身体に憑依していても違和感があったのも当然であった。
関心の薄さはレクィエスも似たようなもの……。
「レクィエス殿下と似ていると思いましたか?」
「ぶほっ!?」
予想外にファルサの心読みが飛んでくる
(そうだ。この人女神だった。初代国王と双子よ? 似ていてもおかしくないわ)
「あなたが処刑されるはずだった時、お伝えしましたよね? あなたは私の特別だって」
殺伐とした空気の中、一人だけ清廉としていたファルサ。
いとおしくなるほど気になる笑い方でファルサは私を特別だと語り、レクィエスを大切だと言った。
――その意味を私は知らない。
「もうお分かりだと思いますが、ウェリナさんは魔物の血を引いていらっしゃいます」
「それは……どこから? 公爵家に王族の血筋はいないはずです」
「そうですね。あなたのお父上は至って普通の方。魔物だったのはお母上です」
「! お母さまが……?」
思い出すのは私と同じ桃色の波打つ髪。
猫のような目元に空色の瞳が好きだった。
私に親としての愛情を注いでくれた人。
「そんなこと、お母さまは一度も言ったことがない。それにお母さまは亡くなって……」
「子を産めば人と同じになる。どうしてあなたを産んだのかは知りませんが、魔物の血を持つ人間になった……ということです」
頭が痛くなる話に、糖分を補給しようとやけくそにクッキーをかみ砕く。
「魔物の血を引くあなたは、ある種レクィエス殿下と同じ。まぁ、使い方を誤ってしまったので私は身体の主導権を奪われたのですが」
「ご……ごめんなさい……って」
とっさに謝ったものの、ファルサが知るはずのない未来を語るのはおかしい。
「知っていたんですか? ううん、覚えて……」
「はい。それはしっかりと。もちろんレクィエス殿下と肌を合わせ……」
「わああああっ!?」
秘め事をさらりと口にしようとするので、必死になってファルサの口を押える。
(いや! 恥ずかしい! わざだ!? 性格わるっ!?)
食えぬ笑顔が憎たらしいと目尻をつりあげて睨みつけた。
「――と置いておきましょう。つまりレクィエス殿下は私の兄の子孫。私はそうですねぇ、叔母みたいなものです」
「叔母……」
「私の兄……ゼノはこの国の初代国王。その末裔がアストルム殿下とレクィエス殿下」
黄金の瞳を持つ初代国王、それが王家の血筋の証明だ。
初代国王・ゼノには双子の妹がおり、それが後に女神として祀られる。
名前が消された女神、それが目の前にいるファルサだ。
彼女にとってレクィエスが大切なのは遠くても兄の子孫だから。
ならばレクィエスが英雄として目覚めたきっかけの母親は、何者なのだろう?
「レクィエス殿下のお母上は、島の外からきました。マリナ、それが彼女の名前です」
島の外は未知の世界。
私たちは一度島から出れば、二度と戻ってくることが出来ない。
外に人はいるのか、その答えを誰も持たないなかで現れた出生不明の女性。
王に取り入って子まで設けてしまう強者だ。
(だけど幼いレクィエスを残していなくなってしまった)
未知の世界からやってきた女性が、何のために王族に近づき、子まで産んでおきながらいなくなったのか。
我が子を見捨ててまで去らねばならない理由だったのか。
魔物の血を引いていたということは、外の世界は魔物だらけなのか。
いや、そもそもこうも人と変わりない見た目なのだから、魔物と呼ぶべきかもわからない。
母も、ファルサも、どう見たって私たちの同じ人。
国を襲う魔物たちと同種とは思えなかった。




