第5話「悪女の日常」
あれから三日、ずっと食欲がなくお粥ばかりを口にしていた。
いつまでもこの調子ではいられないと、避けていた朝食の場に向かう。
そこにはリガートゥル公爵とその妻・ローザがいた。
「あら、ウェリナさん。顔を出すなんて珍しいこと」
イリアに教えてもらった情報ではローザは後妻であり、息子一人を連れて公爵家にやってきたらしい。
息子のラミタスは遠方の領地に行っているようで、この場では三人での朝食となった。
席につき、運ばれてくる朝食をとりながらピリピリした空気に視線を落とす。
家族関係は良好ではなさそうだ。
部屋に引きこもっていた娘の心配もせず、イリアとしか会話をしなかった。
初日とあわせて四日しか過ごしていないが、公爵家はウェリナにとって冷たい環境だった。
(イリア以外、誰も部屋に来ない。他の侍女には嫌われているみたいだし、よくわからないわ)
ウェリナという女は謎が多すぎる。
交流関係が希薄すぎて、誰に聞こうか悩む以前に相談相手がいなかった。
鍵を握るのはレクィエスのみ。
他の男性と言われてもこれといった人が思い浮かばない。
いずれにせよ、あえて男性に接近しようとも思わないが……。
「そういえば、明日は王宮で舞踏会がありますわね。ウェリナさんはどなたと一緒に行かれるのかしら?」
「えっと……」
この時期に王宮で行われた舞踏会といえば思い出せるのは一つしかない。
その舞踏会にファルサが招待されていたからだ。
聖女の評判が王にも届き、ぜひ会ってみたいと話が進んで舞踏会に顔を出した。
ドレスを持っていないと困っていると、王宮からAラインドレスが贈られてきた。
着慣れぬドレスを着て、王と王妃に淡々と挨拶をしてすぐに退室したのを覚えている。
たしか、その時見かけたウェリナは男性に囲まれワインを片手に壁際に立っていた。
特定の誰かと一緒に来た様子はなさそうだったけれど……。
「一人で行く予定です。誰かと婚約している身ではありませんので」
「あら。ウワサではあなたに好意を持っている男性がたくさんいらっしゃるとか。そろそろ一人に落ち着いてもいいのでは?」
「ローザ。やめなさい」
「……失礼しました」
父・ハーデスの制止でローザは口をつぐむ。
後妻という立ち位置では公爵より大きく出られないのだろう。
ローザを後妻に迎える前、つまりウェリナの母親に関してはほとんど情報がない。
ウェリナが幼い時に亡くなった。
それから肩身の狭い思いで生きてきたのかもしれない。
同情する点はあるが、それで私を殺そうとした流れになるのは受け入れられることではなかった。
***
翌日、舞踏会に行くために朝から支度をする。
イリア一人でせっせと動き回っているので、私が嫌そうにするのも戸惑われた。
結局、イリアが準備をしてくれたおかげで、私は何もすることなく鏡の前で待機していた。
だが一つだけ、どうしても受け入れがたいことがあり、眉をひそめてイリアに問う。
「もう少し露出の少ないのはない?」
出てくるドレスはどれも肌を見せるように背中が開いており、胸元を露わにするような意匠のものばかりだった。
色は赤系統の色。
赤いドレスといえばウェリナ・リガートゥルと連想させるくらい、他の色を身につけようとしなかった。
「次はこれを着るとおっしゃっていませんでした?」
「あー、そうだったかしら?」
目覚めた日より前の記憶はない。
どんな環境で、どんな風に過ごしていたかはわかったものの、細かなところまでは把握しきれない。
(イヤだなぁ。鏡も見たくないのに)
なによりウェリナを意識したくなかった。
鏡を見るたびに思い知る。私はウェリナになってしまったと。
認められるはずもない苦痛に、手首を爪で引っ掻いた。
***
赤いドレスしかなく、なるべく露出の少ないものを選んだ。
こうも徹底して赤しかないのは気味が悪い。
なぜ赤しかないのかをイリアに問えば、「他の色は着られない」と選ぼうとしなかったらしい。
ますます謎が深まる悪女の背景を直視するのは、まるで傷を抉っているようで不快だった。
王宮の前には各地から訪れた貴族の馬車が並んでいる。
ウェリナは貴族の中でも身分が高い公爵家のため、すんなりと中に入ることが出来た。
だが入場してすぐ、ウェリナだけが感じる冷ややかさに立ち止まる。
予想はしていたが、ウェリナは相当嫌われているようで、一瞬ざわめきが途切れるほどに目立っていた。
(いっそ酔ってしまいたい)
こうも悪女として扱われると、やけを起こしたくなるのもわかる。
私はお酒を飲めないにもかかわらず、ウェリナが飲めるとわかり、ワイン片手に壁際に避難した。
「リガートゥルご令嬢、お久しぶりです」
「えっと……」
「あぁ! ウェリナ嬢もいらっしゃっていたんですね! お会いできて嬉しいです!」
(なに、これ……)




