第45話「壊れた愛。自分勝手でごめんなさい」
「ただいま、ウェリナ。怪我はない?」
何と答えればいいのかわからなかった。
私は彼を愛しているのに、彼をどう受け止めるべきか、答えを見つけられない。
気づいていた。
でも気づくべきかわからなかった。
彼の軸は私であることに。
私がいなければ彼は生きていけないと知っていたが、その果てしか知らない。
私を失いたくないと思い続け、英雄の力を手に入れ、処刑を回避した。
処刑で救われたのは私じゃない。
「あの瞬間、あなたは壊れてしまったのね……」
「えっ?」
手を伸ばし、砂埃で汚れたレクィエスの頬を撫でる。
ファルサとして見てきた彼はとっくに壊れていて、理想的な英雄を模していたにすぎない。
私を失わなかった彼にとって、私を奪おうとするものはすべて敵とした。
魔物も、民も、王も兄も、すべてが同列。私を守ろうとすればするほど、彼は人らしい感覚を手放していく。
「強くなりたい」
「ウェリナ? どうしたの?」
いつだって全力で私を守ってくれる人。
好きにならずにはいられない、絶対に私を愛してくれる人。
最上級の愛を、私だって守りたい。
壊れてしまう彼を守れるのは私しかいないし、愛せるのも私だけだ。
これは人を惑わし、愛さえも狂わせた私の業。
依存、執着、歪み。
私たちの燃えるような感情をさす言葉なんていらない。
ただ、わかりやすく愛しているに当てはめたいだけの情熱だ。
「壊れないで……」
「! ごめん、一人にして……」
首を横に振る。
あふれだしそうな涙はぐっとこらえて、黄金から目を反らさない。
「レクィエスを愛せるのは私しかいない。とても……とても愛しているの」
だけど、と震える口角をあげ、何度も指で彼の頬をなぞる。
「気づいちゃった。私、自信がないから。愛しているのに、まわりを気にしちゃうの」
「それはっ……! 俺が魔物を倒す! 魔物さえ倒せば誰も文句を言えない!」
「うん、そうだね。だけどそれだとレクィエスだけが背負っていることになる」
ワガママな私はそれでは嫌だとしがみつく。
「私は自信がほしい! それは私が変わらなくちゃ手に入らない! 愛していると言われて幸せだけど、一生罪悪感はとれないわ!」
「なんで……。わからない。好きだって言っても、ウェリナは離れようとするの?」
「違う! 離れるんじゃない! 私が私を恥じている限り、レクィエスの隣に立てない! 対等になれないの! いつまでも申し訳ないと思って、人の目ばかり気にして、愛してる気持ちが濁ってくの!」
結局、何も変わっていない。
ファルサの身体を奪ってしまった根本的な原因は自信のなさ。
私ではレクィエスを幸せに出来ない。
足枷にしかならない私を愛してると言ってくれる彼に申し訳なさが先行した。
それを本当に”純粋な愛”と呼べるだろうか?
ただ好きとだけ言えなくなった。
英雄となった彼はこうあるべきだ。悪女は断罪されるべきだ。
誰からも愛される資格を持った英雄が、すべてを拒絶するのは悪女に囚われているから。
その考えが消えない限り、私は永遠に自信が持てない。
「少し、距離を置こう。ちゃんとレクィエスの愛情を受け止められる私になるから」
心が痛いのはいやだ。
曇った心では彼の顔も見られない。
今のままではレクィエスと向き合えあいまま、あの子を受け止められずに終わりを迎える。
愛する気持ちにがんじがらめになって、動けなくなるだろう。
「それでウェリナは戻ってくる?」
弱々しい、震えた声が耳元を撫でる。
「距離を置いて……それでまた俺を拒絶しない?」
声にのったさみしさ。
溢れんばかりの想いで彼の背に手を回したい。
まったく自信がないのに、そんな中途半端なことは出来ないと迷いに手を下ろす。
「拒絶しない。だって、心はたしかにあるもの」
「だったら――」
顔をあげ、視線が一方通行と知る。
「――わかった。ウェリナが望むなら、そうする」
レクィエスの悲痛な面持ちに、私は最低なことをしたと理解した。
それでも自信を持つために進みたい。彼の憂いを取り除くには私が強くならないといけないから。
(怖がらせたのは私だね。……ずっと、突き放してきたから)
レクィエスの気持ちを信じずに、愛を拒絶して、最後は身勝手な死を選んだ。
「愛している。だから、待ってて」
あの子に会いたいから。
私と、レクィエスの、愛すべき存在。
いつまでも自分を恥じていては、母親になんてなれないから――。
――その日の夜は、それ以上余計なことは考えないようにした。
英雄も悪女も関係ない。
ただ求めあうだけの男と女になって、唇を重ねて、約束した。
誰にも恥じない。
彼の隣に立って、今を生きて、未来を想える私になる。
***
朝日の眩しさと、波が陽光を乱反射する光景に目を細め、ホッと息を吐く。
「おはようございます。ずいぶんと早いんですね」
ウグイスに似た清楚な声に振り向くと、深い髪が海風になびいていた。
「ファルサさん……」
彼女はニコッと清純に微笑むと、軽快な足取りで近づいてくる。
「お一人で旅するんですか? 女性の一人旅は危ないですよ?」
「……一緒にいると、甘えちゃうから」
強くなりたいのだから、誰かに負担をかけてはダメだ。
「魔物に苦しむ人はたくさんいますから。私に出来ること、探しにいくんです」
精一杯の強がりで、朝日を背に私ははにかんだ。
ファルサが目を丸くし、面白おかしそうに口元に手をあてて笑いだす。
「では私も一緒に行きます」
「えっ」
ファルサは唇に人差し指をあて、イタズラな天使の微笑みを浮かべる。
「聖女の旅に、償いのために同行する悪女さん。少しは動きやすくなりますよ」
「……ははっ。そうですね」
この人は油断ならない人だ。
聖女らしい清純さをもちながら、人の心を弄ぶあくどい顔が見える。
英雄のそばにいると、尻軽女にしかなれなかったが、相手が聖女となれば見られ方も変わるはず。
罪人として隣を歩いてみるのも悪くないと、ファルサに頭を下げた。
「旅をしながらお話しましょうか。あなたの大切なあの子のことも」
ハッと顔をあげた先に、慈愛の女神。
湿っぽい海の風をものともしない、青い髪がキラキラと海に馴染んで輝いていた。




