第42話「レクィエスの母親」
西の都・オクシデントから旅立ち、南の都・メリディアムに向かう道。
右側には水平線が見渡せるほどの広い海があった。
潮風に髪がなびき、普段よりも毛先が固いと指で梳く。
「ウェリナちゃん、海ははじめて?」
軽快な声に振り返ると、海のきらめきがよく似合うアストルムがいた。
「はい。海はこんなにも広いんですね。びっくりしちゃいました」
ほとんど家に引きこもりがちで、さらに領地から出たことがなかったため、ここまでの長旅ははじめてだ。
いざ本物の海を前にするとその壮大さに圧倒される。
風が湿っぽく、口を開けばしょっぱさが飛び込んできた。
オクシデントを離れる際、パティアにもう一度会ったが、彼女が顔をあげることはなく。
パティアへの罪悪感も消せず、そのままオクシデントを離れた。
(対等になるって、具体的にどうすることなのかな……?)
悪女の肩書は私を殺せない。
だけど肩書がある限り私は顔を上げられない。
肩書ではなく、私の根っこの問題だとは気づいていたが、行動に結びつかずにいた。
「この向こう側はどうなってるんだろうなぁ」
アストルムの呟きに水平線をなぞって見た。
この国は海に囲まれているが、一定距離を越えると国に戻ることは出来なくなる。
実際に近くまで言った人が語るには、うず潮が巻いており、外に押し出されたらおしまいらしい。
誰一人、戻って来た人はいないため、海の外は未知の世界だった。
「ウェリナは海の向こう側、興味があるの?」
私を後ろから覆うのは、アストルムに嫉妬心をみせるレクィエスだ。
会話を妨げたい気持ちがわかってしまい、愛らしいと思うと同時に胸が痛む。
「そうね。何にも縛られずに生きられたらって……」
(って、なにを言ってるの⁉)
自分でも理解しかねる言葉が出てきて、笑って誤魔化す。
レクィエスが困ったようにうすらと微笑み、海を見つめていた。
レクィエスは海と関わりが深い。
その理由はレクィエスの母が出生不明のため。
公に明言されたことではないため、今はレクィエスだけが答えを知っていた。
「海を見るたびに思い出すんだよなぁ」
アストルムが両手を後頭部にまわし、大きく足を振り上げて前に進む。
それに私は首を傾げ「誰のこと」と問えば、アストルムは険しい表情でレクィエスを指す。
「こいつの母親」
アストルムにとって義弟の母であり、王后と対立する相手でもあった。
「あらためて見ると、面がそっくりだ。目の色だけは似てねぇけど」
黄金の瞳は王族特有のもので、血を引く者には強く表れる特徴だ。
レクィエスの母は王家の血を引いていないので、瞳だけが王子の証となっていた。
海風が吹き、髪を抑えながらレクィエスと同じ黄金の瞳を見つめる。
くすんだ金色の髪と、一等級に輝く瞳。
太陽のような明るさがアストルムならば、夜空に浮かぶ星がレクィエス。
どちらもキレイで素敵だが、私には星の輝きがやさしく、恋しく映った。
――そんな黄金を見たからだろうか。
「アストルム様は、魔物と戦うことはできないのでしょうか?」
「ウェリナ⁉」
質問にかぶさってレクィエスが大声をあげ、私の腕を引く。
身を強張らせながらアストルムを威嚇する姿は英雄らしさがない。
慌てふためく余裕のなさにアストルムは腹を抱えて笑った。
「だってよ、レクィエス。英雄って、オレでもなれるの?」
王族はもともと魔物の血を引いており、何代も経て魔物の血は薄くなった。
今はただの人間と呼ぶのが近しいだろう。
しかしレクィエスは英雄となった。
魔物の血は薄くなっているが、初代国王の日記を読みヒントを得て英雄の力を目覚めさせた。
つまり魔物と戦う力になるわけだが、素質自体はアストルムも持っているはず。
日記の内容をアストルムと共有できれば、より効率的に魔物討伐ができる。
民の安全だって守れるのに、と期待したが、レクィエスの曇った表情に気持ちは引っ込んだ。
「兄上はこの力を掌握できない」
単調な声で一言返す。
恐れ知らずの単刀直入さにアストルムは目を丸くし、私も焦ってレクィエスの手を掴む。
「ほぉ、その理由を聞いても?」




