第41話「私は自信が欲しい」
「あなたのお父さんが死んだことは辛いこと。お母さんが苦しむのもわかる」
それでもここで折れるわけにはいかないと、私は肘をたててパティアの肩を押す。
「気持ちを歪ませたことは謝れても、家族を蔑ろにしたあなたのお父さんの選択は謝れない! どうするかはあの人に選べたはずなんだから!!」
思考が麻痺していたかもしれない。
私に現を抜かす状況だったとしても、家族を大事にするかしないかは伯爵令息の選択だ。
この子が傷つく必要はなかった……。
「ごめんなさい。大人げないことしか言えなくてごめんなさい。あなたは絶対に傷つく必要はなかった」
これは全部、私の勝手な言い分。
大人の事情に子どもが悲しむ必要はない。
そのはずなのに、いつも傷つくのは子どもだ。
私がもっと早く素直になって、レクィエスを受け入れていれば。
信じていれば誰も傷つかなかった。
あの子も、私が愛に怖がっていたばかりに苦しめてしまった。
それがコントロールの出来ない怒りとなって私を焼いていた。
全部が私の事情であり、私の望まぬ苦しみだった。
「ごめんなさい。本当にごめんなさいっ……! 謝るしかできなくてごめんね……!」
「や……だ……。だって、それだとママが……!」
パティアの張り詰めた感情が切れ、どこにでもいる普通の子どものようにわんわんと声をあげて泣きだす。
ナイフなんて握らなくていい小さな手を包み、私はパティアに向けられる精一杯の気持ちで抱きしめた。
罪悪感、同情、救い、悲しみ、違和感、過去、未来。
何に想いをよせればいいかわからなかったけれど、これ以上パティアのような子を泣かせてはいけない。
私の弱さで誰かを泣かせるのは嫌だ。
自信がなかった。
レクィエスに守られるのではなく、一緒に戦いたかった。
今の私はレクィエスを助けられない。
レクィエスの愛に申し訳なさを感じている以上、私は永遠に対等になれない。
(ファルサ……)
彼女の仮面を被っていたとき、私は対等にレクィエスを見つめることが出来た。
枷もなく、純粋な恋心だけが彼に寄り添っていた。
気持ちが返ってこなかったのはさみしかったが、愛することは幸せだった。
だから一生、気持ちが向かないと知り、絶望した。
――瓦礫が吹き飛び、近隣の建物が崩壊する。
地面のひび割れが拡大し、メキメキと割れ目を大きくした。
私はパティアを抱え、がむしゃらに走って平地まで逃げていく。
後ろに迫る危機を後ろ目に見て、魔物が街の中まで侵入して暴れまわっているのが見えた。
(こんなにたくさん!? おかしいわ! 私の知る未来と違う!)
私が生き残っている時点で未来は崩れている。
そう単純に事は進まないと現実が襲いかかり、何が何でもパティアを守ろうと必死になって駆けていた。
広場には逃げ惑う人々が集まっており、困惑に皆が身を小さくして怯えている。
パティアだけでも魔物から遠ざけたい一心に、私は広場に集まる民の群れにパティアを突き飛ばした。
すぐに後ろから追ってくる魔物の気を引こうと、広場から走り去り目立つように大きな身振り手振りをした。
怪物、と呼ぶに相応しい見た目に、人々は恐れおののいている。
「アイツだ! アイツが魔物を連れてきたんだ!」
「この悪女め! 殿下に何したんだ!」
「聖女様を殺そうとした女だ! 魔物を従えたっておかしくねぇ!」
恐怖に駆られた人々が次々と石を投げてくる。
暴言とやりどころのない恐怖を石に変えてぶつけてきた。
それを受け止めることが正しいと思っていた。
今でもその気持ちは変わらない。
私の罪が消えるわけでもないし、許されないことをした。
(だけど! 私を責めてもいいのはレクィエスとファルサさんだけよ!)
直接私は国民に何かをしたわけでないと、苦悩していては一生レクィエスと向き合えない。
思い出す。
ファルサははじめから言っていた。
私を嫌うのは自由だが、怒っていいのは自分だけだと。
私を嫌っても、傷つけていいには繋がらない。
罪を償いたいという気持ちは、向けるべき人にだけとはじめから示していた。
(ありがとう。誰かを愛する気持ちにだけは、もう後ろめたさなんて感じないから)
私を助けようと全力で戦ってくれたレクィエスに、私は心を寄せるだけ。
彼と対等であるには、私が自分を卑下するのをやめないといけない。
(私は自信がほしい。だから……)
外套の忍ばせていた短刀を手に魔物に向かって走りだす。
魔物はそれぞれ形が異なり、いかにもとげとげしい怪物もいれば、人の形に似た者もいた。
あの子は自分を魔物だと言った。
魔物の定義なんてものはあいまいだと、皮肉さに笑う。
私にとっては魔物も人も変わらない。
どちらも怖くてたまらない存在だからだ。
どうして魔物が存在するのか。
一体何を目的として人を襲うのか。
このタイミングで現れたのには理由があるのか。
考えれば疑問は尽きないが、今すべきことは魔物の注意をそらすことだけ。
聖女のように人を癒すことは出来ないけれど。
英雄のように戦う力もないけれど。
好きな人を守りたい気持ちはある。
ここで守られているだけでは自分を好きになれないと、恐怖は押し殺して意地だけで突き進んだ。
『ぎゃうっ!?』
人型の魔物に短刀を振り下ろす。
真っ赤な血が吹きでて私を頭から濡らした。




