第39話「自己嫌悪から逃れられない」
――ドクン、と心臓が潰された。
打ちのめされると同時に、息苦しさに頭皮からじわじわと汗がにじみでた。
あまりのショックに立っていられなくなり、膝が折れてしまう。
とっさにレクィエスが支えてくれたが、耐えがたい吐き気に私はその手を振り払ってしまった。
胃液が逆流しそうになり、口の中に溢れた酸っぱさを無理やり飲み込んだ。
「ウェリナ、大丈夫?」
「ごめ……大丈、夫……」
レクィエスが背中をさすってくれたが、今はそのやさしさが痛かった。
ドルミーレ伯爵令息に良い感情なんて一度も抱いたことはなかったが、本人が望んで惑わされているわけでもなく、どうすることも出来なかった。
死んだとなれば自責の念が私を支配する。
「バカな息子だ。妻子だけ残して。しかも跡継ぎを設けることもなかった。……役立たずでしたよ」
そう言ってドルミーレ伯爵は懸念だけを残して去っていった。
その後ろ姿に私は顔向けできない。
妻子を巻き込んでしまった罪悪感が、吐き気の波となって何度も襲った。
あぁ、本当に……自分に嫌気がさす。
あの子に気づいてあげられなかっただけでなく、同じようにさみしい想いをさせた相手がいた。
あの子の願いと呪いが入り混じった状態。
再び子どもとして生まれたいという純粋な願いと、悲しみによってコントロールできなくなった呪い。
あの子は魔物になったと教えてくれた。
どうして魔物と化してしまったか、その因果関係はわかっていない。
少なくとも、私の愚かさがたくさんの人を傷つけてきたことだけは理解した。
何千本もの針の飲まされるように、私の血が足元を濡らしていく幻を見た。
「顔色がよくない。今日は休もう」
「でも……」
「お願いだ。大丈夫、魔物が出ても俺が倒すから」
そんなのは嫌だ、と思って口から言葉が出ない。
喉の奥が詰まった感覚のまま、私は唇を震わせてレクィエスの腕を掴む。
”守られているだけじゃイヤだ”
ただ一言、そう言えばいいだけなのに、レクィエスに伝わる気がしない。
愛する気持ちは同じはずなのに、私たちは対等ではなかった。
――誰も私たちを認めてくれない。
祝福されない関係は、本人の意志関係なく後ろめたい気持ちを侵食させた。
「私には……戦う力なんてないものね……」
「ウェリナ……?」
その盲目さは善意さえも敵にしてしまう。
私を守ろうとすればするほど、レクィエスに石が飛び、傷を増やしていくようにしか見えなかった。
私を想うほどに、彼は自分を戒めて傷だらけの心を酷使する。
力になりたいのに。
そばにいて支えたいのに。
この身はあまりに無力だと、英雄のとなりに並ぶ私を想像しては黒で塗りつぶした。
***
住民たちが寝静まり、外にいるのは魔物の出没に備えて見張りをする兵士のみ。
オクシデントは他の小さな村に比べて魔物対策が取れている。
たとえ倒すことは出来なくても侵入を阻み、いざとなれば捕縛するように仕掛けを施していた。
それでも予想を上回るのが魔物だ。
水路と都を繋ぐ橋が決壊し、外からの侵入を防ぐための防壁が破壊される。
整備されていた水道管が破裂し、空に水が噴きだして雨となり、街に降り注いだ。
突破された防壁が近隣の家屋に飛び、強固なはずの家を吹き飛ばす。
中にいた住人は下敷きとなり、土埃が水気を含んで地面を沈殿させる。
魔物の咆哮に人々は目を覚まし、悲鳴をあげて逃げ惑っていた。
「体調悪いときにごめん。すぐ戻ってくるから」
そう言ってレクィエスは私の額にキスをして、剣を下げて部屋から出た。
残された私は居たたまれなさに短刀を忍ばせ、こっそりレクィエスを追う。
役立たずの現状が歯がゆい。罪に追い詰められて心急くままに走るしかない。
レクィエスに守られてばかりは嫌だと、なんとかして活路を見出したかった。
誰にもレクィエスを馬鹿にさせない。
足手まといになりたくないと、声にならない叫びを空に吠えた。
「ハッ……!」
――路地裏から銀色の一閃が私に向かってくる。
とっさに背中をのけぞり避けたが、銀色の追撃はとまらない。
前方から魔物の暴れる音が聞こえるのに、私は前に進むことが出来ずに足裏で砂利を擦った。
(何? 暗くて見にくい……)
街灯は電気回路がおかしくなったのか、点滅を繰り返している。
かろうじて灯りをともすものもあれば、完全に壊れてしまったものもあり、明かりは不安定だった。
シュッ、と風を切る音が真下から襲ってくる。
埒が明かないと、私は右手を下に押し出して銀色の刃を持つ小さな手を掴みにかかり、点滅する街灯の下にその存在を引きずり出した。




