第38話「アイツは犬死にしましたよ」
私の精一杯の語りにアストルムは目を細め、不服そうにため息を吐く。
「よくわかんねぇけど……少しわかった。こいつの重てぇ感情はあんたに向いている」
「はい」
「こいつは変わらねぇ。自分の中で正義が出来ちまってんだ。たぶん、今のあんたと噛みあわない正義だ」
「噛み合わない……?」
一体どういう意味だろう?
妙にその言葉が心臓を握りつぶそうとざわつきだす。
「選択肢は二つ。あんたが折れるか、別れるか、そのどちらか――」
「兄上っ!!」
レクィエスはアストルムの前に出ると、怒りに掴みかかる。
アストルムはニタリと歯を見せて笑い、レクィエスが感情むき出しに責めてくるのを楽しんでいた。
「仕方ねぇことだとは思うけど、今のままじゃあ、あんた幸せになれねぇよ」
「幸せって……」
私はようやく自分のまま、レクィエスを愛する道を選んだ。
この気持ちに偽りはないし、何の後悔もない。
ただ一つ、引っかかるのは私が”悪女”であり、英雄のとなりに相応しくないということだけ。
隣に立つことを許される……ファルサにならなくても私のままレクィエスの傍にいたい。
その理想に向かって走っているだけなのに……幸せと結びつかないと言いたいの?
幸せになりたいから人は努力する。
好きな人と並べるようになりたいと願うことはけっして悪いことではない。
むしろ向上心と呼ぶべきだ。
(なのにどうして……)
こんなにも動揺して、全身から汗が吹き出そうになるのだろう。
アストルムの言葉にレクィエスが悲しそうな顔をしているように見えるのは……私のせい?
「ま、がんばれや。英雄様にしか守れねぇものもあるんだから頼んだぞ」
レクィエスの肩を押し、アストルムはひらひらと手を振って部屋から出ていく。
ヒョウヒョウとした態度を貫き、すれ違いざまに私の頭を撫でていった。
パタン、と扉が閉まり、私は呆然とその場に立ち尽くす。
するとレクィエスが勢いまかせに抱きついてきたので、短い悲鳴をあげてしまった。
「レクィエス?」
「俺がウェリナを守るから。もう誰にも傷つけさせたりしないから」
「……うん」
甘い言葉に目を閉じ、震える指先をレクィエスの背中に滑らせる。
(愛されている。愛している。……なのに、何だろう)
これではまるでレクィエスがいなくては生きていけないみたいだ。
守られていなくては生きられない籠の鳥。
愛されて幸せなはずなのに。
私には十分すぎることであり、これ以上はワガママだ。
これでいい。
レクィエスはとても脆くて、強いようで弱い人だから。
私がいなくては彼が生きていけないのは未来で十分知った。
愛し合える未来を望んでいるから、これでいい。
英雄にふさわしい女性になれるように。彼の心に寄り添えるように。
悪いことをした私が、私を愛してくれる人にこれ以上を望んではいけないから。
***
翌日、レクィエスとともに西の都・オクシデントの周辺を見て回る。
消えた時系列の記憶を頼りに。魔物が現れる場所を推測して対策を練ろうとしていた。
「おや、レクィエス殿下ではございませんか!」
水路の脇を歩いていると、後方から声がかかり振り返る。
灰色の短いあごひげに、同色の髪をオールバックに流す初老の男性がいた。
白シャツにスカーフ状の布を巻きつけ、茶色のウエストコートを羽織った男性は、手の甲をさすりながら腰を低くしてレクィエスの前に寄ってきた。
「ルトム・ドルミーレと申します。ようこそ、我が領地に足を運んでくださいました」
(ドルミーレ伯爵……)
思い出すのはパーティー会場で私のまわりを囲んできた男性貴族たち。
その中にドルミーレ伯爵の息子がおり、妻子がいるにも関わらずあわよくばと隙を狙われていた。
私が原因でそうさせてしまったとはいえ、ますます男性を怖いと思うきっかけにもなった。
「あぁ、お隣の女性があの……。息子がご迷惑をおかけしたようで」
薄気味悪い目つきに肩がビクッとし、外套の下で両腕をさする。
侮蔑だけではない。
まるですべてを知っているがゆえの腹いせのような苛立ちだ。
ドルミーレ伯爵からすれば、息子が”聖女殺しの悪女”に夢中になっていた事実は頭の痛いこと。
処刑されて終わるかと思えば、英雄に救われる奇妙な展開となり、癪に障るのも致し方ないことだった。
「ご子息はどちらに?」
嫌味に対し、レクィエスは抑揚のない声で問いかける。
伯爵からすれば忌々しいことも、レクィエスにとっては好きな人にまとわりつく害虫という認識でしかなかった。
「息子は死にました。魔物が出て討伐隊の指揮を任されましてね。犬死にですよ」




