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第37話「ただの嫉妬です」

西の都・オクシデントは国の西側最大拠点だ。


城から見て手前に人口の水路、奥の水路は海へと続く二つの水路で構成されている。


水路にかかった石橋を渡り、オクシデントに足を踏み入れると、英雄の登場に民はわっと歓声をあげた。


……同時に厳しい嫌悪も向いている。


魔物の襲撃に怯えて暮らす民にとって、英雄に守られのうのうとしている悪女には腹の虫がおさまらないのだろう。


時折小石が飛んできて、私は身を強張らせ口を固く結んだ。


「衛兵、何をしている?」


レクィエスが石をキャッチし、地面に捨てる。


その直後に背後からドスの効いた低音がこの場を制した。


振り返ると、厳格な雰囲気を漂わせ、現状に遺憾の意をみせるアストルムがいた。


「あ、アストルム殿下!」


「お前たちの役目はなんだ? 魔物の襲撃に備え防御を高めるだけか?」


「いえ! 魔物だけでなくあらゆる危険から民を守るのが務めであります!」


「ならばその民を守ろうと戦う者に無礼ではないか? このように石を投げることを黙認するか?」


「し、しかしこれはレクィエス殿下ではなく、その後ろの……!」


その先の言葉ははばかられた。


アストルムとレクィエス、二つの黄金に威圧されれば誰もが委縮してしまう。


これは兵や民の私情で断罪できることではないと、王族からのプレッシャーに兵たちはうなだれた。


それから民を解散させ、宿までの道のりを兵士が護衛してくれた。


私はレクィエスの後ろに隠れながら、影から飛んでくる恨みの視線を当然だと受け止めていた。



***


宿に入ると緊張から解放され、私は部屋の隅で荷物の整理をしだす。


レクィエスは窓の外をじっと眺め、口を開こうとしなかった。


気難しい顔をするレクィエスが気にかかると見つめていた時、部屋の扉が二度ノックされる。


扉が開くと、やや不機嫌に眉をひそめるアストルムが入ってきた。


「まったく、オレを置いていくからああなったんだぞ」


指を前に突き出してレクィエスにふんぞり返る。


レクィエスは訝しげにアストルムを一瞥し、すぐにそっぽを向く。


面倒な兄弟仲に困り果てていると、お手上げだとアストルムはあきらめて私の前に寄ってきた。


目が合って、金色に心臓がドキッと跳ねる。


「悪女っつーからすんげぇ美人かと思ったけど、ちょい美人くらいじゃね?」


「は……?」


「兄上!」


口を開く気のなかったレクィエスが激怒し駆けてくる。


私の腕を掴んで立たせると前に出て、アストルムに近づくなと威嚇をはじめた。


無表情が基本のレクィエスが感情に揺さぶられる姿を見て、アストルムはニヤニヤと得意げな顔になっていた。


「なぁ、なんで聖女さんを殺そうとしたの? レクィエスには本気なわけ?」


「えっと……」


「兄上! ウェリナを侮辱するのはやめてください!」


「侮辱じゃねーよ。事実かどうか聞いてるだけだ」


元々悪い噂はあったとして、聖女を殺そうとするのは唐突すぎる。


アストルムは理由を知りたがっているだけであり、私の行動原理を把握しようとしていた。


なぜ、レクィエスがそこまで入れ込むのか。


守られるだけの価値がある女か、それともただの愚か者か。


見定めるために材料を集めているに過ぎなかった。


「……ただの嫉妬ですよ」


どんな理由があったにせよ、根幹にあったのはこの言葉で片がつく。


ファルサの清廉潔白さを羨ましく思い、自分の汚さから目を背けたかった。


「私はファルサさんになりたかった。自分が嫌いだったから、私の理想全部押しつけて」


悪女ではレクィエスを幸せにできない。


この愛は偽りだと耳を塞いだ。


一度も本気のレクィエスに向き合わず。


でも本当は向き合う勇気が欲しかった。


その願望がファルサから肉体の主導権を奪い、これが正しい幸せだと信じた。


――今では何が正しいか、答えが出せない。



今は誰にも祝福してもらえない関係。


私だけが石を投げられていればいいのに、隣に立てばレクィエスにも石が飛ぶ。


平気だとレクィエスは笑うけど、そのたびに私の心は罪に引っ掻かれていた。


(それでも一つだけ、変わらないものがあったから)


「何をしようが、変わらなかったものがあるんです。いつだって私は本気だった……」


レクィエスを愛する気持ちは変わらなかった。


私を全肯定してくれるように、レクィエスのさみしさ苦しさすべてを抱きしめたいと想うくらいに。


(本気で……本気で愛していたの)


正しさと間違いの区別がつかないものだけど。


私が頑張ればいつかきっと許してくれる声も出てくる。


ファルサを亡き者にしようとした罪、レクィエスを振り回し傷つけた罪。


この償いのために、私は民に石を投げられる。


痛いと感じても、それだけ罪は重くて痛いものだと言い聞かせた。


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