第34話「なんか嫌」
「あーっ! 聞いた聞いた! 悪女、公爵令嬢の処刑回避事件!」
なんだそれは、と意表をつかれる。
謎の名は通称なのか、アストルムが勝手にそう呼んでいるだけなのか。
考えるのも嫌になるため、聞かなかったことにしようと目を瞑った。
「兄上。ウェリナを侮辱するような発言は慎んでください」
「おー、こわいこわい。英雄様がおっしゃるならやめておこうか」
レクィエスはピリピリした様子だが、アストルムはのらりくらりとしている。
あの冷めた国王と嫌味な王后の長子とは思えない軽快さだ。
「で、お前らなんでこんなところにいんの?」
「……兄上こそ。お一人ですか? どう見たってそこは森かと思いますが」
氷点下のように冷めた眼差しでレクィエスはアストルムを見下ろす。
「たまには一人にならねぇと息が詰まるってーかさ! 森はいいぞ! 海もいい!」
対してアストルムはケラケラと笑い、後頭部をかいて茂みから抜けだす。
王太子としての務めは果たすが、基本が放浪癖のある自由気ままな人。
兵士たちの目がずっとあるのは耐えられなかったのだろう、息抜きに一人姿をくらましたというわけだ。
レクィエスも誰かに見られているのは好きでないらしく、この魔物討伐の旅に兵の同行は不要と突っぱねた。
なおさら悪女を連れていることに不審な目は向いてしまう。
悪女が惑わしているから殿下は横暴な態度をとるのではないかと……。
「さて、じゃあ戻りますかねー」
アストルムは私たちの乗る馬の頭を撫で、手綱を掴んで引っ張りだす。
「! 兄上!?」
「どうせお前らもこの先の西の都・オクシデントに行くんだろ?」
西の都・オクシデントは国の西側に位置する都市名だ。
巨大な水路に挟まれた地方都市のひとつ。
この国は島国のため、東西南北に地方都市が設置されている。
ぐるりと島を囲む運河が経済をまわしており、地方都市の果たす役割は城下町と同等であった。
地方都市警備もしっかりしており、魔物対策として捕縛するようにしている。
その指揮をとったのがアストルムだ。
倒すことは出来なくても、捕縛をしておけば被害拡大は防げる。
唯一魔物を倒せるのがレクィエスのため、他に出来る対策は魔物の侵入対策と行動制限くらいだった。
「どうせお前のことだ。宿のあてもないんだろ~?」
レクィエスの返事がなかったので、アストルムは「ほれ、みろ」と鼻を高くした。
「女を連れてまわるなら器用にやらねぇとな。ほら、ついてこい」
地方都市は運河を活用する拠点のため、水の都とも呼ばれる。
オクシデントまでの道のりにアストルムが割り入ったことで、レクィエスは心底嫌そうにさっさと馬を走らせた。
「あ! てめぇ、人が親切にしてるってのに!」
後ろでアストルムがギャーギャー騒ぎながら追ってくる。
「レクィエス……。一緒に行ってもいいんじゃ……」
「なんか嫌」
(なんか嫌って……そんな子どもみたいな)
アストルムはフレンドリーだが、レクィエスの中では親密度が育っていない。
仲が悪いわけではなさそうだが、家族とみなす目でもない。
一方は王位継承者、もう一方は呪われた王子。
本人たちの意志関係なく、アストルム派が徹底してレクィエスを亡き者にしようとしたはずだ。
それをアストルムが止められるはずもなく、レクィエスは味方のいない王宮で孤独に過ごした。
(たぶん、もう吹っ切れている。……だけど、さみしいわね)
兄弟というだけでどの家門も争いがある。
レクィエスは王位を望んでいなかったのに、ただ王族の血を引いているだけで命を狙われた。
孤独な幼少期。
傷だらけの状態で危険な状態にあったとき、何も知らない女の子がやさしく接してくれた。
痛みに寄り添ったささいなことが、彼にとっては強烈な心象となり、今に続かせている。
「ウェリナ?」
レクィエスの背に頬を寄せると、レクィエスが速度をゆるめる。
振り返った黄金の瞳を見つめて、この色のさみしさをなくしてあげたいと願った。
「私、レクィエスを守れるくらい強くなるからね」
黄金が揺れる。
今はそれくらいで充分だ。私はクスクスと笑いながら、手綱を握る手に両手を重ねた。
たくさん間違えてきたから、これからは見失わないように。
さみしい心には私が寄り添う。
私もさみしい想いはたくさんしてきたが、母にもらった愛情だけは次につなげることが出来るから。
(大丈夫だよって、感じてもらいたい)
私に依存しなくても、レクィエスはやさしい愛をもっていると気づいてほしかった。




