第30話「自己犠牲の塊」
レクィエスには兄であり、第一王子のアストルムがいる。
第一王子を英雄に仕立て、王位の正当な後継者として示した方が王族としては都合が良いはずだ。
「レクィエスは……魔物なの?」
その問いにレクィエスは困り果てた顔をして微笑んだ。
「半分正解」
それでは意味がわからない、と詰め寄ったがレクィエスは首を横に振って答えてはくれなかった。
「魔物以外、何かできると思えなかった。それくらい、魔物は未知の存在だから。ウェリナを助けるために、原因となった魔物を見つけたかった。……それだけだ」
「それだけって……それで無茶してたって言うの!?」
自己犠牲にもほどがある。
そこまで私に愛される価値はないというのに、レクィエスの戦い方は死に急いでいるようにも見えた。
「今はもう、その必要もなくなった。だからいいんだ……」
レクィエスの目的はすでに果たされている。
私の中に起きた異常を取り除き、想いを重ねることができればよかったのだから。
つまり原因となったあの子がいないという意味だ。
あの子がなぜ、魔物の力を使っていたか。
それが謎として残ってしまったけれど。
(……いやだな。全部押しつけているみたい)
レクィエスは魔物と戦う必要がない。
民が困窮しようが、国が滅亡の危機にさらされようが、冷遇されて育った彼にはどうでもいいことだ。
私の過ちを償わず、あの子に苦しみだけ残してのうのうと生きるというのか?
あの子の背景に何があるかも知ろうとせずに、私たちだけ円満解決は都合がよすぎる話だと思った。
(愛情の欠落。私の知らない孤独。……抱きしめたい。ならあの子を誰が抱きしめてあげられるの?)
ここには存在しないかもしれない。
それでも私はあの子の母であり、レクィエスは父だ。
魔物の力を持ってしまって苦しんでいるなら助けに行くのが親だ。
抱きしめて「愛しているよ」と伝えなくてはきっと何度でも、私たちは同じ過ちを繰り返すだろう。
「ねぇ、レクィエス」
「ん?」
「英雄の力はもともと使えなくて、その本で使えるようになったんだよね?」
「うん。古書を読み終えて、俺には力を引き出す条件がそろっていたと知ったから」
条件……。
レクィエス以外の王族はどうなのだろう?
聞いてみたいが、レクィエスが簡単に教えてくれるとも思えないのでじわじわと詰めていく戦法でいこう。
私だけ守られるのは、愛情に対して反骨精神を覚えてしまうから。
「レクィエスは……どうして読めたの? 他の王族の方々は……」
古書を見ても私には文字が読めない。
昔と今では文字の共通点がないのでなおさらだ。
「父や兄には読めない。……母に教わったんだ」
「お母さまって……」
素性の知れない妾であり、レクィエスが幼い頃に行方不明になってしまった人。
離宮で暮らしている時に、母から教えてもらった古代文字の知識で、なんとか日記を読むことが出来たとレクィエスは語った。
幼少期の記憶のため、照らし合わせながらの解読となり、苦戦したそうだ。
「そこに書いてあったヒントをもとに、魔物と渡り合える力を得た」
「……それで英雄に?」
「そう呼ばれるようになったけど、意味はなかった。ウェリナは自分で解決してしまったからね」
(そんなことない。私はずっと間違えてきた……!)
何においても私のために動いてくれた愛の深さに目頭が熱くなる。
もう気持ちを誤魔化さないと、私は我慢をやめて彼に抱きついた。
「ありがとう。もう怖がったりしない。レクィエスから離れたりしないよ」
「うん。俺、絶対に気持ち変わらないから。だからウェリナも好きでいて」
恥じらいよりも本音で甘える方が強い。
想いをストレートにぶつけてくる姿はくすぐったかった。
愛さずにはいられないとは、こういうことを言うのだろうと納得する。
「私、レクィエスが初恋なのよ? でも恋を知っても愛は信じてなかった……」
「似たようなものかな。ウェリナにはじめて会ったときの、嬉しかった気持ちがずっと残っていた。だけど再会して、幻想に恋をしていたんだなぁって思ったよ」
「幻想?」
ドクン、と一瞬の恐怖に胸が圧迫される。
だがレクィエスは面白おかしそうに額をあわせてきて、私の頬を何度も親指でなぞった。
「想像よりずっとウェリナは生々しかった。意地っ張りで、全然笑ってくれないし、人を振りまわしてズルいなぁって思ったよ」




