第3話「死に戻り前の、私の夫」
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馬車に乗って公爵邸へと戻ろうとしながら、私はぼんやりとレクィエスのことを考える。
魔物が現れていない時期だと、彼にとって城は居心地の悪い場所だ。
呪われた王子と呼ばれる人生。彼はその境遇から、孤独な幼少期を過ごした。
魔物を倒せる唯一の人となった途端、英雄と祭り上げられ、多くの人に振り回された人。
(会いたい)
「城へ。城へ向かって」
自分がウェリナの顔をしているのも忘れ、御者に城へ向かうよう指示をする。
ガタガタと揺れる馬車の中、膝の上で汗を握りしめた。
「すぐに戻ります。護衛はいらないわ」
到着したのはロイヤルブルーを基調とした石造りの城。
ところどころに金色の装飾が施され、王家の威厳を称えるかのようだ。
規則正しく手入れされた庭を歩き、空を覆ってしまいそうな城を見上げる。
ここからではレクィエスの部屋は見えない、と寒さに腕を擦った。
「ウェリナ?」
――心臓が止まるかと思った。
振り返ると厚手のコートを羽織るレクィエスがいた。
彼はおだやかに微笑むと、軽い足取りで私のもとへ駆けてくる。
会いたかったはずなのに、頭の中は魔物に殺され意識が遠のいていく最後の光景に侵略されてしまう。
死にゆく私を見て、彼は涙を一筋流してウェリナへの愛を口にした。
あれほど愛していたのに、愛されていなかった事実を知った今、彼の顔を見るのは苦しくてたまらなかった。
「来てたんだ。……体調は大丈夫?」
「大丈夫……です」
「そっか。ならよかった」
最初に聞くことが体調とは、ウェリナは直前まで伏せっていたのだろうか。
いや、それならばイリアが外に出ていたかを訊ねるはずもない。
「中に入る? 紅茶くらいならすぐに出せるけど」
「……いいです。もう、帰りますから」
「? そう、わかった。入り口まで送るよ」
スッと彼は私の手を取り、やさしい眼差しで見つめてくる。
ゆっくりとした歩みは女性のスピードにあわせた丁寧なもの。
触れる手は剣を握って皮の厚くなったもの。
ざらついた感触が何度も手を傷つけたことを教えてくれた。
私はこの大きな手で、身体のラインをなぞられるのが好きだった。
聖女として清らかに生きていたことも忘れるくらい、彼に溺れていた。
その手がウェリナの手を引いている。
たしかにやさしい目をしているが、そこにこもる熱に嫌でも気づいてしまう。
――こんな風に私は見てもらったことがない。
「気をつけて。また会いに行くから」
「……また?」
「うん、また」
また、というほど頻繁に会っていたのだろうか?
疑問はどんどんあふれてきて、胸が引き裂かれる想いに私はようやく彼の顔を見た。
視線が交わると、彼は頬を赤らめ、パッと目を反らす。
「えっと……あまり見られると……」
恥じらう姿は少し幼く見える。
空いた手で口元を覆い、視線をさまよわせて名残惜しそうだ。
まぎれもなく彼はウェリナに恋をしている。
それがわかって、傷を抉るように真相を確かめようとした。
「昨夜は……あなたといたの?」
「えっ?」
遅い時間に帰るとなれば、健全な行動ではない。
貴族令嬢ともあろうものが深夜に動くのは異常だ。
ウェリナにはお茶を飲むような令嬢仲間もおらず、遅い時間に出る理由はない。
可能性があるならば、隠れて会わなければならない人。
ウェリナにはべっていた男性貴族たちか、もしくは――。
「そうだけど……。変な聞き方だね。……いつもはそのことには触れないくせに」
まるで私が悪いような言い方だ。
彼との関係性がわからない状態で、昨夜の出来事が日常のように言われると妙にモヤッとする。
「き、昨日のこと、あまり覚えてないの。私、何をしてたのかなって――」




