第29話「初代国王の日記」
***
(……やってしまった)
翌日の昼過ぎ、身体の軋みとともに目を覚ます。
あれほど辛いと嘆いていたのに、呪いがなくても普通に求めてしまった。
己の貞操観念の低さに頭を抱える。
(バカなの!? これだと元からそうみたいじゃない!)
そう簡単に潔癖な考えは治らないが、レクィエスならいくらでも、と基準が壊れている。
誰でもいいわけじゃないと伝えたいが、胸元にいくつもの赤い痕跡に独占されていると自覚して布団にうずくまった。
「おはよ、ウェリナ」
客室の扉が開き、パンとスープをのせたおぼんをレクィエスが運んでくる。
起きて早々、レクィエスがやけにまぶしいので羞恥心に背を向けた。
こんなのはファルサに憑依していた時でさえ、感じなかった欲望だと泣きたい気持ちになった。
「パン、焼きたてなんだ。食べるでしょ?」
それでもお腹は素直にグゥーッと音を鳴らす。
悔しさに唇を尖らせ、やけくそに「食べる」と言ってベッドから飛び降りた。
手早く着替えると、レクィエスと向き合う形で食事をはじめる。
(おいしい。ふわふわだぁ)
久しぶりの暖かい料理に涙が出そうだ。
このような焼きたてのパンはいつまで食べられるだろうか。
今後、農村が魔物に襲われ、食糧難が急速に拡大する。
贅沢は悪という風潮が強まり、貴族たちはいっせいに身をひそめて無言を貫いていた。
(あら?)
視線が突き刺さり、パンを口に含んだところでレクィエスに目を向ける。
テーブルに頬杖をつき、ニコニコしてこちらを眺めてくる。
見られていると思うと急に恥ずかしくなって、パンを皿に置いて伺いの視線を投げた。
「レクィエスは食べないの?」
「うん? 食べるよ」
そう言いながらも手を伸ばそうとしない。
これではキリがないと、私はパンを一つ手に取り、テーブルに身を乗りだしてレクィエスの口に押しあてた。
食べるように強気で睨むと、レクィエスは目を丸くしてようやく折れて食事をしだした。
放っておいたらこの人は何も食べずに過ごしてしまう。
気をつけて見なければと使命感を燃やすきっかけとなった。
***
食事の後、教会の祈り場で私は女神像の前に膝をつく。
(ありがとうございました。これからはレクィエスのそばにいます)
「そばにいたいから……」
結局、それが本音だと顔をあげ、女神像を観察する。
彫刻のため顔立ちははっきりとわからない。
初代国王の双子。
つまりレクィエスの遠い先祖であるが、どれほど似ているのだろう?
王族はみな美形のため、女神も相当な美人だったはず……。
「ウェリナ。何を祈っているの?」
オルガン横の扉からレクィエスが出てきて、横に長い椅子に腰かける。
私と女神像を見比べて、いらずら好きの少年みたいな顔をして私の髪をすくって撫でた。
「お礼かな。私が生きているのって本当に奇跡のようなものだから」
「ふーん。まぁ……多少はわかるかな」
意外な回答だった。
レクィエスは神に祈ると価値観を持っていない。
くわえて王族の神聖性については嫌悪さえしている。
女神の存在は両方を兼ね備えているため、遠ざけるものと想像していた。
「ウェリナに話したいことがある」
そう言ってレクィエスが膝に置いたのは“あの古書”だった。
初代国王の日記であり、古代文字で書かれているため解読に時間がかかっていたはず。
まさか中身を読み解いたのかと期待に顔をあげると、レクィエスは嬉しそうにうなずいた。
「ずっとウェリナの身体のこと、なんとか出来ないのか探していた」
身体、と言われてコントロールの効かない火照りを思いだす。
身を引き裂かれる想いで、目に見えない恐怖を抱いていた。
今もあのキモチ悪さは受け入れられない。
だがあの子を想うと、知る必要があるとレクィエスの隣に座って寄りかかる。
怖くても、この温度だけは味方だ。
「最初は何か病を疑った。だけど調べていって魔物にいきついた」
「どうして魔物のせいって思ったの?」
「初代国王は女神の双子で、その血筋が今にも続いている。……王族はね、魔物の血を引いているんだ」
それは絶対に王族以外に知られてはならないこと。
王族の神聖性を疑うことになるからだ。
そもそも王族が王族である理由は、おとぎ話のようなはじまりだ。
かつてこの島国に住んでいた民を滅亡の危機にさらしたのが魔物。
初代国王は魔物との戦いを終わらせた英雄で、女神が双子の妹だった。
まさに今の、レクィエスとファルサを彷彿させる二人だ。
レクィエスの英雄としての力。
人ならざる者の力とは一目瞭然だが、その力の起源は謎のまま。
王族の特権だとすれば、なぜ他の王族は魔物を倒せずにいるのか?
更新順を間違えていたので訂正しました。2026.2.8




