第27話「潔白の聖女」
「私、実は殿下のことも大切に思っているんですよ」
「えっ……と……」
「なに、あんた。話したこと、ないと思うんだけど」
突拍子もないファルサの告白にレクィエスが不機嫌極まりない声を出す。
私にとってレクィエスは、ファルサの夫だ。
私が憑依していたとはいえ、実際のところファルサがどう想っているかは定かでない。
「あらら。ですが私、ずーっと殿下のことを知っていましたよ」
ファルサの発言はどこか浮いている。
どこか他人事で、そのわりに無関係ではないと言いたげに聞こえた。
レクィエスは眉をひそめ、ファルサへの警戒を示す。
わかりやすい威嚇にファルサはクスリと笑い、フードで乱れた青髪を指で梳いた。
「この話は今ではないですね。……ウェリナさん」
「は、はいっ!」
「殿下のこと、大事にしてくださいね。後悔のないように、あなたとして」
この人は何もかも知っている、そう直感でわかった。
未来を知らないはずなのに、今までの経緯すべてを知っているような包容力。
ファルサというフィルター越しの行動ではなく、ウェリナとして生きろと言われているようで目頭が熱くなった。
「はい。それは必ず。もう逃げません」
「これから大変だと思いますが、負けないでくださいね」
「あなたに何を返せますか? こんなの、私がもらってばかりで」
「今はなにも。何か必要になったらお声がけします」
あまりに完璧すぎる慈悲の聖女だ。
傷つけられたのに許し、文句一つ口にしない他者を優先する思考。
私が真似ですら出来るはずのない内面の完璧さ。
他の誰かの面をかぶっても、私以外の何者にもなれない。
どんなに嫌いだとしても、私は私でしかないのだから。
「殿下はもう少し、他の人を見るようにしたらいいですよ」
ファルサは立ち上がると、民を一瞥してにっこり微笑みかける。
見惚れる美しさは、近くにいた兵士たちが放心状態になるほど。
処刑を宣告する兵士からメガホンをファルサが手に取ると、本来とは違うことを響かせた。
「えーっと、処刑はなしにしまーす!」
唐突の発言が引き起こすハチャメチャな状況。
被害者の聖女が晴れやかに「処刑なし」宣言をしてしまうものだから当惑に繋がってしまう。
「せ、聖女様! 困ります! これは決定事項で……」
「王様には私が話します。当人同士が和解したのですから、これ以上どうこう言うものでもないですよ」
「しかし……」
ファルサの笑顔が無言の威圧となっている。
国の救世主であり、命運を担っている相手に有無を言えるものでもない。
魔物から守ってくれるのは王族ではなく、英雄と聖女であると人々は行動で理解していた。
「彼女にはちゃんと償いをしてもらいます! どう償うかは私が決めます!」
ある人は聖女の慈悲深さに涙し、ある人はおこぼれで助かった悪女に疑念を抱く。
処刑というアトラクションで気を晴らそうとしていたのに、スッキリしない者もいた。
食ってかかる者もあらわれ、悪女への罵倒がポツポツと広がりだす。
「彼女を嫌うのは皆さんの自由です。ですが怒っていいのは私だけ」
きっぱりと言いきったファルサに、あたりはシン……と声を失う。
静けさを強制された空間で、ファルサが振り返って私とレクィエスにやわらかい眼差しをして口角を緩めた。
「幸せを願うこと以上に、私を幸せにするものはありませんよ」
(聖女だ。私利私欲のない、潔白の聖女だ)
この人には敵わない。
私は癒しの力を使っていただけであり、慈愛の心をもって人と接していたわけでなかった。
聖女にはなれない。
私の最優先はレクィエスであり、行動の起因も変わらないから。
「ウェリナ、行こう。ここは騒がしい」
「あっ……!」
疲れた顔をするレクィエスが立ちあがり、私を抱きあげてファルサをひと目見る。
「誰にもウェリナを傷つけさせない。だから、ウェリナを守ってくれてありがとう」
「ふふ、はい。頑張ってくださいね、殿下」
ファルサから恋心は一ミリも感じず、レクィエスも愛情を抱いていなさそうだ。
英雄の暴動と聖女の許しが国民の不安を高めていく。
私に答えられることはないけれど、ファルサに伝えたいことはあったので背中を反らして「ありがとう」と叫んだ。
「この恩は必ず! 必ず返しますから!!」
全力で叫んでもファルサはおだやかに微笑むだけ。
助けられていたのは私だったと、レクィエスの肩に顔を埋めて残された命に涙する。
「ありがとう、レクィエス。本当にありがとう」
「うん。よかった、ウェリナがいないと生きた心地がしないからね」
レクィエスの盲目さは変わらない。
それがひどく安心するなんて、今の私には贅沢な悩みだった。
英雄と聖女の行動で処刑は回避され。悪女は生き残る。
時の流れは変わった。
聖女・ファルサではなく、悪女・ウェリナとしての人生がはじまる。
苦しい道のり、その道中にはレクィエスが寄り添って。
あの子を抱きしめる日を願い、私は生きる覚悟を持ったのだった。
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