第21話「悪女の罪」
一方、少しでも情報を得ようと遠方から来た者は緊迫した様子を見せている。
のぼせた空気と張り詰めた空気が入り混じる奇妙な空間。
そのため、悪女と呼ばれる女はいつも以上に敵意を集めやすかった。
階段をのぼり、手すりに指を滑らせて時がくるのを待つ。
赤い手袋で汗を誤魔化して、熱くなる頬をそのままに唾を飲み込んだ。
全身が心臓になったかのようだ。今、考えもしなかった行動をとろうとしている。
未来のためと自分を納得させ、まだ愛を知らない私に想いを託して、散る道を選んだ。
(ウェリナがいるからあの未来になった。ウェリナがいなくならない限り、あの子が宿ることはないもの。だから……しかたないの)
――限界だった。
何を見落としているかも気づかず、私は一心に赤色を拒絶する。
深い海のように、青だけが彼を包み込めると、盲目に信じていた。
「こんばんは。リガートゥル公爵令嬢でしたか? すみません、また改めてご挨拶しますの――……」
誰かを疑うことのないキレイな目をして聖女は公爵令嬢に微笑んだ。
それを冷めた目で見下ろし、赤い手で聖女の肩を押す。
突然の視界の反転に驚いた聖女は目を見開き、階段から足を踏み外した。
(ごめんなさい……)
涙を流すまいと歯を食いしばり、事の顛末を見下ろした。
青い瞳に魅入られ、私は自分勝手な祈りをささげる。
”どうか幸せになって”
私の想いを未来に繋いで。
壊れそうな夫と、いつか生まれてくる子どもを愛して――。
聖女が階段から落ちたと悲鳴があがる。
近くにいた者は私を指して、突き飛ばしていたと叫ぶ。
衛兵たちが駆けつけ、私は抵抗することもなく連行された。
魔物の登場で聖女の重要性が高まっていた。
神が愛し、国に授けた娘を殺そうとする大罪。
加えて悪評が重なり、あっという間にウェリナ・リガートゥルの処刑が決まった。
殺意を否定する気にもなれなかった。自分本位に、こうするしかなかったと目を閉じ、処刑される日を待った。
***
白い花が咲く木の下で、傷だらけの王子様に出会う。
『お前、誰だ……?』
『ウェリナだよ。あなたの名前は? こんなにひどい怪我……。待ってね、お母さまにお願いして手当てするから』
『やめろ。俺にかかわってもろくなことはない。身分が高いならなおさら……』
ぺちん、と私は口をとがらせて彼の両頬を挟んだ。
『やだ! いたいのはいや!』
いやだいやだと駄々をこね、ハンカチで傷を拭いながらポロポロと涙を流す。
『いたいのいたいのとんでいけ』
それは母が私にくれたまじないの言葉。
怪我をしたとき、熱が出たとき、母はやさしく私を撫でて口にした。
愛情に満ちたその言葉は魔法のようで、私は幸せな想いに笑顔になった。
『お母さまがね、いつもこうしてくれるの。そしたら私、元気になるの。だからあなたの痛みも飛んでけってお願いするの』
『……幸せなんだな』
『あなたも幸せになるわ。だっていたいのは私が飛ばすんだもの』
『……そっか。そうだと、いいな』
本当に心から誰かを想い、純粋に幸せを願ったのはこの時かもしれない。
彼を助けたい一心で私は必死になっていた。
『ウェリナ? どうしたの……』
爽やかな風にのって、ウグイスのさえずりのように美しい声が私を呼ぶ。
『お母さま! 大変なの! ひどいけがをしてるの!』
『……殿下?』
母は彼を見て目を丸くし、足を止めてしまう。
私は立ち上がり、母のもとへ駆けて手を引き、助けを求めた。
『ねぇお母さま! 早くしないと……!』
『……そう、ね。大丈夫よ』
母は苦し紛れに微笑んで、彼の前に膝をつくと、簡易的ではあったが傷の手当てをする。
公爵家まで行こうと提案したが、彼は首を横に振り立ち上がった。
『ありがとう。もう大丈夫だから。……うれしかった。さよなら、ウェリナ』
『! 待って! まだ傷が!』
引き止めようとしても彼は足を止めず、さっさと丘をくだってしまう。
怪我をしているとは思えない俊敏さで、私はあわてて追いかけようとしたが、草木に足をとられて転倒してしまう。
母が助けてくれたが私は彼のことが心配で、泣き叫んだ。
そのまま母の腕のなかで泣き疲れ、眠ってしまい彼とはそれきりになった。
助けになれなかったことは後悔となった。
彼を助けたい。
その想いは膨らんでいき、いつしか恋に変わった。
初恋のまま、彼が誰かを知り、心を寄せる。
レクィエス・ブリューゲル。
王族だけが使用する苗字であり、黄金の瞳が彼の所在を示していた。
同時に呪われた王子と呼ばれていることを知り、私は身を引き裂かれる想いで彼に心を寄せていた。




