第19話「誰との子?」
外は雨。
下腹部の痛みは落ちついたが、公爵家にいるのは苦痛でしかなかった。
こんなにも居心地が悪い場所なのに、なぜか私は諦めの気持ちを持っている。
ウェリナはなんと不自由な人だったのかと考えながら、髪を一つに縛って屋敷から抜けだした。
頭をすっぽり隠せるローブを羽織って城下町を駆けていく。
「聞いた? 魔物が出たって」
「あぁ、本当だァ。オレの故郷が、実家がよぉぉ……!」
「どうなるの? ここは大丈夫なの?」
城下町から離れた地域で魔物が出たと報が入った。
都市伝説と思っていた魔物の登場に民たちは怯え、困惑していた。
レクィエスは魔物が出たと知り、そのために王宮を離れたようだ。
待つと約束したが、このままだと私は何をどうすればいいのかわからない。
初心を思い出したいと、私はファルサに会いにいくことにした。
(もう時間がない。私はファルサだもの。ウェリナに戻ってもらわないと)
未来は絶望で終わるかもしれない。
だが今の私なら何かを変えることが出来るはずだ。
ファルサと話して、解決策を一緒に考えるのも手だろう。
今の私なら以前よりレクィエスの心を知っている。
ウェリナを失い、悲しみに暮れるレクィエスを支えていけるはずだ。
ちゃんと「愛してる」と告げて、彼の気持ちを待つと意思表示をしなくては……。
未来は三つに分かれるだろう。
ひとつは時系列のとおりにウェリナが処刑され、ファルサとレクィエスが夫婦になる未来。
二つ目は私が処刑を回避して、ウェリナとしてレクィエスと結ばれる未来だ。
限りなく叶わないと思われる三つめは、私がファルサに戻ってレクィエスと結ばれるまたはお別れする道。
この場に出てこないウェリナが顔を出すことで、解決への道が生まれる流れだ。
いずれにせよ、私は救われない。
想いだけが生きて、絶望とともに死ぬ。
私はかえりたい。
ウェリナとして生きるのは嫌だ。
ファルサとして、レクィエスに振り向いてもらえるよう努力をしてみたかった。
水たまりを何度も蹴飛ばし、ようやく教会にたどりつく。
人気はない。
雨だから外に出ていないのだろうと、私は教会の扉を押して中に入った。
「女神……」
教会の最奥に女神の像がたっている。
この国は初代国王と女神によって建国された。
特別な能力を有した王族は国を育て、女神は見守る存在として祀られていた。
――ピシャアアアアアンッ!!
「きゃっ!?」
強烈な雷が落下し、ステンドグラスが震える。
とっさに頭を抱え、涙目に女神像を見上げると、あるはずの像がなくなっていた。
それどころか教会ではなく、終わりのない草原が続く空間に変わっている。
どういうことだ、と汗を握ると背後から砂糖菓子のような声がした。
「こんにちは、ウェリナ」
思いがけない声に振り向けば、はじめて見る小さな女の子が立っていた。
青い髪に同色の瞳、おてんばそうな愛らしい顔立ちだ。
はじめて見る子なのに、なぜか私は知っていると目を見開いた。
今にも裏返りそうな声で女の子に声をかける。
「こんにちは……。あなたは、私のなに?」
その問いに女の子は首をかしげ、上目づかいにニヤリと笑った。
「なんだろうね?」
からかう姿勢に私は女の子の肩を掴むと、もどかしさに身体を揺らす。
「私、ファルサなの! どうして私がウェリナになってるの!? あの時死んだはずなのにどうして……!」
あぁ、いやだ。
感情がおさえられない。涙がまるで血のように私を削っていく。
愛されていなかった真実を知り、死んだと思ったら私を殺そうとした悪女になっていた。
どうせなら何も知らずに終わってくれればよかったのに。
怨念のようにウェリナに憑依するなんて、自分が気味悪くてやりきれない。
目の前の女の子しか、私が先へ進むための手がかりはいない。
私をあざ笑うだけの、思考にこびりついた私に似た女の子。
「あたしはね、レクィエスの子なの」
「は……?」
満面の笑みで告げる女の子に、私は目を丸くし硬直する。
(レクィエスの子? どういう……)
「でも生まれることが出来ずに死んじゃった。ウェリナのせいだよ」
「なんで……」
レクィエスの子だとして、見た目は私によく似ているのはなぜ?
「全部ウェリナのせい。許せない。だからちょっとは苦しんでよ」
「苦しんで……って、まさかこの身体はあなたが“そう”したの?」
「そうだよ。あなたのせいであたしは死んだんだもん。抗って当然でしょ」
どこで?
どのタイミングで?
レクィエスと誰の子?
もしファルサとレクィエスの間に子どもが宿っていたとすれば、私は気づかないまま最後の戦いで死んだということになる。
無理やり命を絶たれてこの子はウェリナを恨み、男性に抱かれなくては生きていけない身体にした。
その矛盾は目に見えてわかりやすい。
(どうしてウェリナを憎むの? 私を恨むならわかるわ!)




