第18話「身体を許すのは俺だけにして」
頭だけでなく、下腹部まで痛みだす。
立っていられなくなり、お腹を抱えてその場にしゃがみこむと、レクィエスが膝をついて背中を擦ってきた。
ためらいがちに視線をチラチラさせ、咳払いをして私の顔をのぞき込んでくる。
「ごめん。えっと……違う、よね?」
それは身体の火照りが我慢できないのか、と聞いているようだ。
私は首を横に振り、いてもたってもいられずレクィエスの腕を掴んで揺さぶった。
「教えて! 私はなに!? 魔物を倒せば何があるの!?」
「それは……」
「お願い! ……お願いだから」
涙が一粒、テラスに染みを作った。
こんなに苦しいのは嫌だ。
身が引き裂かれ、打ちひしがれて……。
誰が泣いているかわからなくなってしまう。
私はどうすればいいのか。
ウェリナの生きた道と未来の私が混在して、頭が割れそうだった。
「……ウェリナはたぶん、魔物に操られてる」
これは核心部をつかれた動揺の痛みだ。
顔をあげた先に憂いた微笑みのレクィエスがいて、胸が締めつけられる。
どこまでも紳士なレクィエスは私が身体を冷やさないようにとコートを脱いで、肩にかけてくれた。
そして何のためらいもない抱擁をした。
「だから熱をコントロールできないって知ってるよ。……これは俺のワガママ。他の奴に触れられるなんて、許せないんだ」
くせの強いピンク色の髪を手にすくい、切実な思いをのせて唇を落とす。
「身体を許すのは俺だけにして。……絶対に助けるから。その時、俺を選んで」
「どうしてそんな女を愛してるなんて言えるの? 尻軽な女と思わないの?」
声が震える。
こんなのは変だ。
誰が正しいことを言っているのか見えてこない。
「別に。ずっとウェリナが好きなんだ。他の女なんてどうでもいい」
「そんなのただの盲目よ! あなたもこの身体に惑わされてるだけ!」
「それならそうでいい。ウェリナが俺を選んでくれるなら何だって構わない」
何を言ってもレクィエスが折れることはないだろう。
この愛は狂っている。
一体何がそこまで彼の愛を縛りつけるのか。
そこまでの魅力がこの悪女にあるというのか?
敵わないと心が折れるほど、彼はウェリナしか見ていないのがはっきりとわかった。
(いやよ。好きになってはダメなの。彼には未来がある。心から愛してくれる人がいて、幸せを願っている人が……)
――それは誰だった?
頭の中にモヤがかかり、涙で視界がにじむ。
”クスクス”
(また笑い声。誰なの、私のなに?)
どうして私の顔をしているの?
私はファルサで、この女に殺されかけて……。
夫は悪女を愛していた。
絶望して死に、なぜか時をさかのぼって私はウェリナになっていた。
同じ時系列にファルサは生きているのに、ウェリナだけどこかに消えてしまい、二人のファルサがいた。
(幸せになりたかった。ううん、幸せだったのに……)
あなたは幸せじゃなかった――。
「帰ってきて、必ず」
レクィエスの手に触れて、かすれた声で伝えたい想いを口にする。
ひゅっと息をのむ音に、私は泣き叫びたいのをこらえて笑顔を作った。
「考える。ちゃんと考えるから。だからどうか無事で……」
「……うん。必ず戻ってくる。愛してる、ウェリナ」
これは誰の言葉だろう?
ウェリナならば知っているのだろうか?
月だけが私と彼の重ならない想いを見下ろしていた。




