第17話「レクィエスの欲しいもの」
私が思っていたよりも、ウェリナの思考は悪女ではない。
むしろ自分の首を締めつけるような、苦しい生き方をしている。
同情はしたくないが、ウェリナを知らずに私は私に戻ることはないだろう。
「デビュタントされてからお嬢様は変わりました。何がそうさせたのか、イリアにはわかりません。ですが……ラミタス様がされたことは許されません!」
「……一方的だった?」
その問いにイリアは涙を拭いながらうなずいた。
「すぐに衛兵が気づいたので事なきを得ましたが、お嬢様はしばらく伏せってしまい……。公爵様は罰としてラミタス様を遠方の領地に送りました」
それで二年が経過したというわけだ。
合意ではなく、未遂に終わった。
それでも恐ろしい思いをしたのに違いない。
元々ラミタスが狙っていたのか、もしくはウェリナの身体が望まずに誘惑したのだとしたら……?
被害者なのにラミタスを責めきれない事実。
どれほど打ちのめされただろう。
傷ついても、そうさせたのは自分だと自己嫌悪するしか出来なかったはずだ。
「……お嬢様?」
「えっ……? あ……」
ハラハラと涙がこぼれおち、頬に手を振れれば指先が透明に濡れた。
(私、傷ついているの? 傷つくのはウェリナであって私じゃないのに……)
聖女らしく人の痛みに涙するわけでもない。
誰かに気持ちを寄せすぎると、聖女として不平等になってしまう。
慈しみの心をもって微笑む。
それが聖女としてあるべき姿だと信じていた。
特定して気持ちを寄せるようになったのはレクィエスだけ。
ここで私が泣くのはおかしい。
悲惨な出来事だったと同情はするが、私もウェリナの行動で被害を受けた身だ。
殺されかけたのだから、ウェリナを恨むことは正当防衛。
関係ないと切り離したいのに、ここにはいないウェリナの心も身体も悲壮感に満ちていた。
***
夜になり、夕食の時間が近づいてきて憂鬱な気持ちになる。
ラミタスを見るだけでも怖いのに、冷えきった家族でテーブルを囲むのは拷問でしかない。
逃げだしたいと、テラスに出るともの寂しくなって月を眺めた。
「ウェリナ」
下から私を呼ぶあたたかな声。
まさかと下をのぞき込むと、厚手のコートに身を隠したレクィエスがいた。
「レクィエス⁉ どうして……」
「そんなに驚かなくても……。ちょっと待って」
そう言ってレクィエスは身軽に地面を蹴り、石の壁で反動をつけてテラスに着地する。
常人を凌駕する身体能力に絶句していると、レクィエスは照れくさそうに笑った。
「いちおう、王家の血は引いてるんだ。名ばかりの王子だけどね」
王族は他の民と異なり、身体能力が高く長寿だ。
黄金の瞳とその身軽さが王族の証であり、レクィエスは見事にその血を継いでいた。
母親の正体が知れない。
王が徹底的に隠していたという理由もあるが、レクィエスが幼い頃に行方不明になってしまったのでなおのことであった。
呪われた王子として忌み嫌われ、過酷な幼少期を過ごしたレクィエス。
生きてこられたのも王家の血をひいていたからという、皮肉な理由だった。
(第一王子がいるから、家族関係も悪いんだろうな)
家族の愛情をもらえずに育った。
人恋しそうな表情にあたたかさを与えたいと思うのは、人としての情だろう。
私がレクィエスを好きになったきっかけは、泣いている姿を見たからだったと思いだす。
なぜ、泣いていたかは今も知らない。
「どうしてここに? その……見られたりは……」
「大丈夫。慣れてるからね。しばらく会えてなかったから様子見にきた」
気まずく別れた日から十日は経過している。
あんなひどい別れ方をしたのに、レクィエスはまるで気にしていないようだ。
一喜一憂していたのは自分だけだったようで。
バカみたいだと悔しさにレクィエスの腕を叩く。
それをやさしい眼差しで受け止めてくれるものだから、余計にムッと頬を膨らませてしまった。
「夕食時にごめん。明日から数日、王都を離れるんだ。伝えておこうと思って」
「……どこに行くの?」
遠くにいってしまうと知れば不安になる。
十日は会っていないのだから、数日くらいはささいなこと。
たった数日が寂しくて、口を固く閉ざす。
散々、振り回したこともあり今さら「不安」と言うのは難しかった。
「魔物が出たかもしれなくて」
「魔物って……」
レクィエスが英雄になった時期だろうか。
目安でしかないが、レクィエスが英雄として名をあげるまでにさほど時間はないはず。
つまりウェリナがファルサを殺そうとするまで、時間はあまり残されていないことを示していた。
「魔物を倒せば何かわかるかもしれない。ウェリナが苦しむ必要もなくなる」
「どういうこと? 前に言ってた……レクィエスの欲しいものって何?」




