第16話「義弟との疑惑」
外は雨、雲はどんよりと黒くて滅入ってしまう。
(下腹部痛い……)
お腹をさすり、ソファーの上で丸くなった。
女性はおよそ月に一回、赤く染まる時が来る。
イリアに聞く限りだが、”繊細な問題”はなかったとのこと。
とはいえ、こんな生活をしていればいつ子どもが出来てもおかしくない。
鈍痛に耐えながら、部屋で発見された避妊薬の入った引き出しを睨みつけた。
部屋の扉がノックされ、返事をするとイリアが入ってくる。
気怠い身体を起こして扉の方を見れば、イリアの後ろにもう一人男性がついてきていた。
(赤い髪……)
「久しぶり、姉さん」
その声を耳にして、ゾワッと嫌悪感が襲いかかる。
これはウェリナの怯えだ。
イリアは顔面蒼白のままうつむき、男はニコニコして両手を大きく広げた。
「そんなに警戒しないでよ。ほら、見張りだっているし」
扉の向こう側には見張りが二名、ずいぶんと緊迫した雰囲気だ。
“姉さん”と呼ぶので彼はおそらく義弟のラミタスだろう。
後妻・ローザの息子であり、次期公爵家当主になる人。
二年ほど前から公爵家を離れ、遠方の領地運営を行っていたそうだが……。
「帰って……きたんですね」
「うん。オレももう十八歳だからね。公爵の位を引き継ぐための準備をしないとね」
「……そう」
頭が割れそうだ。
ことあるごとにウェリナの身体は痛みを訴える。
ラミタスとは特別不仲というわけでもなさそうなのに、ウェリナが拒絶を示していた。
「そんなに怯えないでよ。何もしないって」
おだやかに姉と弟として会話することは出来ない。
ここにいないはずのウェリナが警告を鳴らしてくる。
これは潜在意識か、身体の記憶というものか。
どう解いてもウェリナはラミタスに近づくことを嫌がっていた。
「すみません。お嬢様は体調がすぐれないのです。今日のところはお引き取りを」
イリアが前に出て、私の肩にショールをかけて盾になる。
「そっか。お大事に。また夕食で」
不快な感情一つ出さず、ラミタスは笑顔で部屋から出ていった。
ドッと汗が吹きだし、力なくソファーにもたれかかる。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「えぇ……」
ここまでウェリナが強烈に出てくるのははじめてだ。
公爵家でウェリナの肩身は狭い。
父親からの愛情はなく、後妻には嫌悪むき出しの態度をとられている。
義弟がいるとはわかっていたが、関係性は把握できていなかった。
ほんの一瞬の出来事だが、よっぽどウェリナは弟に恐怖心を抱いている。
身のすくむ思いが頭痛をひどくした。
(二年ほど前……。またその頃なの? 何があったっていうのよ)
「イリア。私、ラミタスとどうだったかしら? 全然、普通に喋れなくて……」
「当たり前ですよ! 喋れるはずがありません! おかしいのはあちらで、お嬢様は何もおかしくないです!」
――嫌な予感はしていた。
この動揺からして、ウェリナとラミタスに何かがあったのは明白。
イリアが激怒している様子から、被害を受けたのはウェリナの方だろう。
身体の火照りが異常を見せたのは約二年前。
ラミタスと何かが起きたのもその時期のこと。
そして領地運営のために遠方に送られたのも同時期と考えれば、結論にいきつく。
(ラミタスと関係を持ったということ? でも変だわ。だって関係を持っているのはレクィエスも同じなのに、全然違うわ)
今まで気配をみせなかったウェリナが、ラミタスを見たとたんに拒絶をあらわにした。
レクィエスにその素振りはない。
身体がラミタスを恐れた記憶をもっており、表面上に現れたと考えるべきか……。
(逃げていられない。私のためにも、ウェリナを知らないと変われない)
苦しくても、頑張らなくてはならない時がある。
レクィエスと幸せになりたいと願う気持ちがある以上、ウェリナから目を反らせない。
幸せを求めるにも覚悟が必要だと、私は拳を握りしめて顔をあげた。
「イリア。私はその……ラミタスとどうしてそうなったの?」
「そ……れは……」
「お願い。私、ちゃんとけじめをつけたいの」
今でもウェリナが嫌いだ。
死の恐怖を私にぶつけてきた憎らしい人。
それでもこの身体で過ごしていくうちに知らない顔が見えてきた。




