第12話「虫唾が走る。悪女の身体」
「……食べますか?」
食い意地をはっているように見られただろうか。
一人でモグモグ食べる姿に耐えがたい恥じらいを覚える。
レクィエスに映る自分がやけに気になっていると、レクィエスは甘ったるく笑ってとなりに腰かけた。
「一枚、もらうね」
端正な横顔、何度も重ねた唇に甘いクッキーが吸い込まれていく。
身体はウェリナでも、心はファルサだ。
レクィエスのさりげなく仕草でも胸がときめいて重症だ。
同時にその唇に、皮の厚い手に、何度もこの身は愛されたと想像してきまりが悪くなった。
ウェリナの姿で、ファルサの恋心で見つめるのは複雑な心境だ。
どんなに愛していると叫んでも、それはウェリナの愛の告白にしかならない。
殺されかけた身としては反感を抱いてしまった。
いたたまれずに視線を落とすと、レクィエスが古書を手に持っているのに気づく。
以前、城にお邪魔したときに読んでいた本だ。
どうしてもそれが気になってしまい、私は身を乗りだして本を手にとった。
「えっ⁉ 何してるの、ウェリナ⁉」
建国時の王の日記とは言っていたが、具体的に何が書かれているか知らない。
本を開いて中を確認しようと、カッと目を開く……が、期待とは裏腹に文字が読めなかった。
これは古代文字だ。
建国時と今では使用されている文字が異なる。
このような古い文献は王宮図書館に保管されており、誰でも読むことの出来るものではない。
呪われた王子と呼ばれているとはいえ、レクィエスはれっきとした王族だ。
特殊な古書を読む権限をもっていてもおかしくなかった。
「ダメだよ。ウェリナには読めないだろ?」
「読めない……けど。レクィエスは読めるの?」
「うーん。全部は読めない。だから解読に時間がかかっているんだ」
それほど内容を把握しなくてはならないものなのか。
こんな分厚い古書。
ましてや手書きで書かれた本を読み解くのはそうとう根気が必要だろう。
「王の日記って、そんな昔のこと調べないといけないの?」
「うん。この先きっと、魔物が出るだろうから。魔物のことがわからないと、俺の欲しいものは手に入らない」
ドクン、と心臓が大きく鼓動を打つ。
「どうして……?」
魔物が現れるなんてこの時、誰一人想像していなかった。
平穏な時代に魔物は突如現れ、国を破壊していった。
本にしか記録のない魔物なんて、都市伝説とさえ思われているのだから。
「どうして魔物が現れるってわかるの?」
「……答えなきゃダメ?」
「ダメッ‼」
私の欲しい答えはそこにあるような気がする。
どうして魔物が現れて、戦いの果てにレクィエスが戦闘放棄したのか。
この頃から魔物について調べており、執着をみせるレクィエスが諦めるはずがない。
私がウェリナになってしまった鍵はそこにあるはずだ――。
「うっ……!」
「ウェリナ?」
聞きたいのに、身体の熱が急速に高まる。
火照る身体を抱きしめて、濡れた息を吐く口元を抑えるしかない状況。
前もこうして自分では解決できない熱に襲われ、レクィエスと関係をもってしまった。
頭がおかしくなる。
レクィエスが欲しい。淫らなウェリナ・リガートゥルの顔が前面に出て、身を乗りだしてレクィエスに手を回す。
「ん……」
ぴちゃ、と濡れた音が耳を撫でる。
こんなに淫らになったことはないのに、ウェリナになってから自制が効かない。
レクィエス以外、関係をもったことがないのに。
想いの通じていない状況で、レクィエスの気持ちを利用して火照りを鎮めようとするのは……浅ましくてキモチワルイ。
唇が離れると、レクィエスは熱にのぼせながら私の頬をするりと撫でて首筋にキスをする。
「……城、戻る? ここ、外だし」
「うっ……うぅ。なんで……なんでぇ……!」
あきらかに私とウェリナでは身体が違う。
場所を問わずに情欲して、恋心を利用して惑わしている。
いつも男性に囲まれて、悪女として名高かったのは、身体が火照る一面があったから?
誰にでもこんなことをしていたの?
虫唾が走る。
こんなのは私じゃないのに、淫らに狂っていく。
返事だけはしたくないと歯を食いしばっていると、レクィエスの指先が私の唇を押した。
レクィエスに抱えられ馬車に戻り、城に向かう。
私を愛しているという吐息が、身体のラインをなぞる指先が、愛おしいのに憎らしかった。
***
『キャハ。キャハハハ』
またなの?
どうして笑っているの?
知らない子どもがずっと私を笑っている。
まるで私が苦しむ様を見て、バカにするようなからかいの笑い方。
”誰なの? あなたは誰?”
顔の見えないそれを見ようとして、私は手を伸ばして掴んだ。
振り返ったそれは青い髪に瞳を持つ小さな女の子。
”私……?”
ファルサによく似た幼い女の子が、いたずらっ子のように笑っていた。




