第11話「好きな人の知らない顔」
「……レクィエス」
そう呟くと、腕の中のイリアが動揺に震えた。
私はイリアの肩に手をおき、すがるように答えを求めて丸っこい目を真っ直ぐに見据える。
「私とレクィエスはどういう関係? イリアはどこまで知ってるの?」
「あ……と、お嬢様? 殿下のことは話したくないって……」
「撤回! 今は知りたいの!」
なりふり構っていられない。
先に待つのが否定したいような真実だとしても、避けられる問題ではない。
もし私がファルサを突き飛ばさなかったら……ウェリナは処刑を回避する?
このまま進めば、どういう理由になるかはわからないが私と対面する日が来る。
そう考えたら心臓が握りつぶされる痛みが走った。
「お嬢様は殿下のことがお好きなのですか?」
ウェリナの本心はわからない。
答えられない質問に、苦し紛れに口から出たのは私の想いだった。
「好き……よ」
「……そう、ですか。そうかなとは思っていました」
イリアに気持ちを語ったことはなさそうだ。
この雰囲気から察するに、イリアはほとんど関与していない。
今は情報を引き出せるだけ引き出さなくてはならないので、なお苦しい気持ちが増していった。
「いつからだった? よく覚えてないの」
「二年ほど前でしょうか……。お嬢様は十六歳を迎えてから変わりました」
その頃にデビュタントもしていたはず。
私がウェリナを意識したのは、階段から突き落とされたことがきっかけ。
派手な赤いドレスに、波打つ髪が艶めかしい人。
吸い寄せられるような肌のなめらかさに、男たちは我を忘れてウェリナの周りを囲んでいた。
――魔性の女、と呼んだ方がいいかもしれない。
男にはいい顔をする姿は、いくら公爵令嬢でも女性たちの反感を買ってしまう。
レクィエスを好いていたとして、他の男にも色目を使っていたとしたら最低だ。
そればかりは同情の余地がないと、ズキズキと痛む頭を押さえて悩ましい思いに息を吐いた。
「わかった。ありがとう」
後はわかりきった関係だ。
ウェリナとレクィエスは身体の関係を持っているが、心はレクィエスの一方通行。
抱かれておきながらウェリナが誰を想っていたかは不透明だ。
結局、そこがわからなければ気持ちの矛先が見つからなかった。
「夕飯だったわね。今日はいいわ。……少し熱があるみたい」
「あ……そうですか……。でしたら簡単なおかゆでも用意しますか?」
「うん。お願いしようかな」
本当はまったく食欲がないけれど。
イリアが不安そうにしているので、これ以上心配をかけたくなかった。
おかゆを食した後、そうそうにベッドに入り眠ろうとする。
(やだな……。本当に熱っぽい。この身体、変よ……)
頭まで布団をかぶり、膝を抱えて固く目を閉じる。
下腹部が疼き、レクィエスにつけられた痕がチリチリと熱かった。
***
翌日、外の風を浴びたいとあの木の下に向かう。
昨日の雨で芝生は濡れており、レジャーシートを敷いて木に背を預けた。
イリアが用意してくれたクッキーの包みを開き、膝において一口かじる。
(おいしい……。なんだか懐かしい)
この木の下でよくクッキーを食べていた気がする。
(これは……ウェリナの記憶かしら)
私はこの場所でクッキーを食べたことがない。
あくまでレクィエスと出会い、恋に落ちた場所。
それ以外に思い出があるかを考えても、ピンとくるものはなかった。
風が吹き、肌寒さに腕を擦る。外に出てくるには薄着だったかもしれない。
馬車に置いてきた羽織でも取りに行こうかと思い悩む。
「ウェリナ?」
水気を含んだ芝生を踏む湿った音。
目を開いて顔をあげた先に、厚手のコートを羽織るレクィエスがいた。
花を咲かせるようにやわらかく微笑み、頬を赤らめて駆けてくる。
突然の出会いに私は慌てふためき、顔を反らす。
「来てたんだ。ウェリナとここで会えるのはうれしいな」
「……どうしてここに?」
「よく来てるんだ。俺にとってここは特別な場所だから」
レクィエスは私のとなりまで歩いてくると、幹を撫でて頭上の白い花を眺めだす。
その視線を追い、年中咲きっぱなしの不思議な木に想いを寄せた。
「ウェリナと出会ったのもここだった。その時もクッキーを食べていたね」
手元のクッキーを見てレクィエスが懐かしそうに眺めている。
クッキーに思い入れがあったのはウェリナの方だったかと納得しつつ、私は頬の熱さと共に包みを差しだした。




