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第10話「私の知らない悪女の顔」

クスクス……。


また、子どもの笑い声が聞こえる。


こんな風に笑う子どもは知らない。


ううん、本当に知らない?


どこかで会ったことがある気がするの。


たしか、あの木の下に――。



「まだわからないことがたくさん」


公爵家の自室でシトシトと雨が降る窓の外を眺める。


あれから一週間、レクィエスとは会っていない。


どれくらいの頻度で会っていたのか、今まで何度身体だけの関係を持ったのか。


疑問に思っても恥じらいと悔しさから口に出せなかった。


(レクィエスって、あんなに激しいんだ……って、何を考えているの! バカ!)


頬を叩いて冷静になろうと深呼吸。


椅子に腰かけてテーブルでメモ紙を並べていく。


こうなった経緯を把握しようと、記憶を紙に書き起こして整理する。


私とウェリナの接点を思い返したが、階段で突き落とされた以外に思い浮かばない。


だが私がウェリナに憑依したことには必ず理由があるはずだ。


(この身体になってから変。ずっと火照ってるもの)



聖女らしかぬ行動を取っていることも不快だ。


夫・レクィエスに寄り添い、魔物と戦った果てに……敗北して私は死んだ。


その時にレクィエスの想いを知ったわけだが、どうしてあの瞬間に愛を告白したのだろう?


私と結婚してからもずっとウェリナを愛していた彼がわからなかった。



(魔物に負けたあと、どうなったのかしら? レクィエスは無事だったの?)


自分が死んだ後のことは知りたくても知ることが出来ない。


未来での出来事。


――魔物と戦い続けて、果てにたどり着いたのは城下町近くにある大聖堂だった。


二体の魔物、あれは人の形をしていた。


これを倒せば魔物は現れない、そこまでわかっていたが……。


(あの時、レクィエスは剣を落としたのよね。それで私、無我夢中になってレクィエスをかばったんだ)


魔物に斬られて私は生き絶え絶えにレクィエスを一途に見つめた。


その時の彼は泣いていて、“あの一言”を口にする。


愛されていなかったと知り、私は絶望に突き落とされて死んだ。


聖女とは不完全で、人の傷は癒せても自分を守ることは出来なかった。


新たに思い出したことを紙に書き、時系列順に並べていく。


ウェリナは悪女として名高かった。


主な理由は男性をはべらせていたことと、女性の反感をかっていたから。


魔物が出没し、レクィエスが英雄として名を上げた。


私は聖女として王宮に招かれて、その際に接点のなかったウェリナに階段から突き落とされる。


それにより、聖女殺害未遂として捕縛され、あっという間に断頭台に送られた。


魔物で疲弊していた民は、悪女の断罪に喝采をあげ、かりそめの娯楽を楽しんだ。


(ひどい話ね。許せるものではないけど、同情してしまう)


その後、私はあの木の下でレクィエスに出会い、恋をする。


英雄と聖女として、平和の祈りとして私たちは結婚した。


(魔物討伐は大変だったけど、幸せだった)


レクィエスはいつもやさしくて、見事に私はレクィエスへの愛を深め続けた。


果てに大聖堂で魔物と対峙して、私は死ぬとも思わずに――。


(ダメだわ。全然わからない。どうして私が過去に戻ってウェリナになるの?)



今、この時を生きるファルサは誰?


本当のウェリナはどこにいった?


ウェリナの面をかぶる私は、清廉潔白な聖女なの?


身体の熱さにペンを落とし、腕を擦って身を丸くする。


額から汗がにじみ、どうしようもない吐き気がした。


「お嬢様。夕食はどうなさいますか?」


「イリア……」


扉がノックされ、イリアがおずおずと入ってくる。


ウェリナにはイリア以外の侍女はついていない。


その理由を問えば、イリアは気まずそうに”誰もいなかった”とためらいがちに口にした。


悪女として名高いのは公爵家でも同じようで、むしろイリアが変わり者の立ち位置になっている。


今まではイリアが味方かどうかをうかがってきたが、これで邪気があれば“恐ろしい仮面”だと首を横に振って否定した。


「イリアはどうして私の侍女になってくれたの?」


たずねてみればイリアは肩をすくめ、顔を真っ赤にして振り返る。


「そんなの……お嬢様が恩人だからですよ!」


「……恩人?」


「街で襲われているところをお嬢様が通りかかって、助けてくれました。……あの時のお嬢様はカッコよかったなぁ」


うっとりと語られると自分のことではないのに気恥ずかしくなる。


それにしても性に奔放なウェリナが助けたとは意外だ。


いや、奔放なのはあくまで本人であり、他者にはやさしい面もあったのかもしれない。


だが他の人からやさしくされたエピソードを耳にしたとしても、この嫌われようでは信ぴょう性が薄かった。


「奥様が亡くなってすぐの頃でしたね。ローザ様後妻となり、お嬢様は冷遇されて……」


悔しいのだろう、イリアは下唇を噛みしめて涙を流す。


私は慌ててイリアに駆け寄り、そっと抱きしめて涙を拭った。


(環境がよくなかったのね。イリアが救いだったのかも)


聞けば聞くほどウェリナに同情する点が見つかる。


彼女は孤独だったのだろう。


性格を捻じ曲げるほどに、辛い幼少期を過ごした。


わからないのは彼女の行動原理だ。


わざわざ淫らな女になる道へ進むだろうか?


そんなことをしても弱みを作るだけで、下手したら公爵家から追い出されてしまう。


公爵家を離れたかったとして、その手段は他にもあるだろうに……。

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