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みじめな二番手からの脱却




「なんでもないわ。あと、あえて残酷な言い方をするわね。私もアナスタシアも、もう五年も前に結婚しているの。なにもかもに恵まれて幸せだから、心の余裕があるのよ」


 フェイは無邪気に笑ったあと、気の毒な人を見るような目でルビーを送り出した。『可哀想』なルビーは最後に特大の爆弾を放り込まれて、もはや涙も出なかった。



 アナスタシアが、夫のエドワードに溺愛されていることは有名で、経済的にも豊か、社会的地位も高く、お互いに容姿も優れているのだ。ルビーは際だって美しいという有利な条件を持っていて、やろうと思えば、エドワードのような男性が手に入ったかもしれない。それなのに七年間を、今となっては、クズみたいな男に捧げたのだ。時間は無限ではないと、心に刻みつける会合だった。




 ルビーは学生時代の自分が、アナスタシアにひどいことをした自覚は、今なら持っている。そしてそれは最近まで、まるで選ばれた美しさを持つ自分の、当然の権利だと思っていた。


 だがフェイとの対話で、自分が社会的に落ちぶれてしまっていることに気がついた。しかしそうは言っても、どこかそのことにぴんとこない自分もいた。だって自分はまわりから、ずっとちやほやされてきたのだ。


 しかしフェイに『幸せだから心の余裕がある』と言われた時に、フェイがルビーを見下していることにはっきりと気がついた。ルビーのことを『可哀想な人』だと思っているのだ。だから親身になって話を聞いてくれ、助言までしてくれた。フェイは憎しみや妬みから、見下しているわけではない。自然体で可哀想と思っているのだ。


 このことが、どんな助言より、ルビーを現実に立ち返らせた。


 そして、ふと怖いことに気がついた。フェイがルビーのことを、そういった目で見るようになったのはいつからだろう、と。


 冷静になれば、ルビーは十六歳だった学院の一年生の頃から、ずっとリオの『二番手』だった。さきほど自分で言った、『婚約者のいる男に、愛を囁かれて調子に乗った二番手』とは、まさにルビー自身だ。その頃からフェイに見下されていたのだろうか。


 そしてさらに怖いことに気がつく。フェイがあの頃からルビーの『二番手という立場』に気がついていたのなら、他にもそういった人々はいたはずだ。ルビーの『可哀想な立場』に気がついていた人たちは、どんな目で見ていたのだろう。


 ルビーはずっと自分は称賛を浴びる立場の人間だと思っていた。そしてせせら笑うのは自分だとも思っていた。そんな自分が、実はずっと昔からみじめな人と思われていた可能性に、とつぜん気がつき、急に足元が真っ暗になった気がした。


 アナスタシアへの、付け焼き刃の反省なんて、吹っ飛んでいった。



 ◇◇◇◇◇◇



 ルビーは落ち込んで、ふらふらと街中を歩き、オープンテラスのあるカフェで休んだ。

 そこへ学生時代に、ルビーとリオの取り巻きだった、マックスが声をかけてきたのだ。マックスは卒業後、軍隊に入り、つい最近までずっと辺境で駐留していた。


「いやあ、やっと文明がある所に戻れたよ。ずっと基地に缶詰でさ」


 明るいマックスに、ルビーも話しているうちに気分がほぐれてきた。


 ようやく先ほどの、自分は実はみじめな人間だと見られていたのではないか、と気がついた感覚は、被害妄想か何かだったのだろうと、自分を励ますことができた。


 話もはずみ、そのうちマックスが自分の話ばかりをするので、ルビーはついこう言った。


「もう、マックスったら、自分の話ばかり。私に質問しないの? 例えば『結婚したの?』とか」


 マックスはとても不思議そうに首をかしげ、聞いてきた。


「え? 結婚って……、誰と? あ、そういえばリオ元気なのか?」


 学生時代のルビーとリオの、『真実の愛』を側で見ているのだから、当然卒業後直ぐにリオと結婚すると予想するだろう。例えリオと上手く行かなくても、ルビーほどの美しさを持っているのなら、すぐに別の誰かと結婚すると考えても不自然ではない。


 だがマックスは、ルビーは誰とも結婚せず、だがリオと一緒にいるだろうと、当然のように考え、そして聞いてきた。


 つまり取り巻きのマックスも、ルビーはリオに結婚してもらえず、今でも独身だろうと言うことに何の疑いも持っていなかったのだ。


 ルビーは二番手の立場のまま学院を卒業した。つまりリオは、アナスタシアと婚約を解消する気は絶対になかったし、それはつまりルビーと結婚する気もないということだった。


 誰しもがわかっていたその現実を、ルビーだけが見えていなかった。



 ルビーは音を立てて立ち上がった。


「こんなことをしている暇はないわ」



 ◇◇◇◇◇◇



 マックスと別れたルビーは、私生活では今までの付き合いの中でレベルの高い男性を、社交界ではフェイの助言に従った男性を探した。一番はお金、二番は年齢、三番は容姿でランク付けをし、本命馬から対抗馬、単勝の穴馬までチェックをかかさなかった。


 その資料は膨大な量に上り、男性と会うための費用を稼ぐため、コンパニオンやモデルのアルバイトを多く入れていった。




 そんなある日、田舎貴族の地味な青年の、コンパニオンを担当した。青年はミハイルと言い、事務所のマネージャーと、ルビーに依頼内容を話したのだ。


「仕事の関係で、夜会に出席することになりましたが、俺の領地はとても閉鎖的で情報が入ってこないのです。だから流行のファッションや、会話やジョークも知りません。その助言と、パートナーをお願いしたいのです。そして肝心なのは、裕福ではないという点です。依頼内容を、提示した予算の中におさめることは可能でしょうか」


 マネージャーは情報通の、ルビーを頼った。ルビーはこういった依頼は、返って張り切ってしまうほうで、ミハイルのために安い貸衣装をお得な値段で融通してやり、昼はサロン、夜は夜会でパートナーを務めた。

 合間の空き時間で、貴重なジョークを教えたり、王都で話題になったりしていることを教えたりした。口下手なミハイルのかわりに、その場を洒落た会話で盛り上げたり、上手く話をつないだりした。ミハイルの活動は、ルビーのおかげで上手く行ったと思えたのだ。


 だが途中からどうも、ミハイルの体調が悪いことに気がつき、安宿まで送ったところ、とうとう高熱を出して寝込んでしまった。どうにも放っておけないところがあり、看病しているうちに、そのまま男女の仲になってしまった。


 ミハイルは貴族と言っても田舎の領地にこもる、二十八歳の貧乏な独身男性で、田舎では嫁の来てもなく、ちょびっと馬面だったので、一生独身を覚悟していた。だからルビーに縋り付くように求婚した。あれだけちやほやされていたルビーが、その時、本当の意味で求められ、大事にされると言うことを、人生で初めて体験したのだ。


 ルビーはミハイルと結婚すると、あまり丈夫ではないミハイルにかわり、領地で精力的に働いた。時には、見回りのため、男装して馬で領地を駆け回った。日々のお肌のお手入れはかかさなかったが、すぐにしみだらけ、しわだらけになった。だがしわくちゃになっていくルビーを、ミハイルはいつも『俺の女神』と呼び、領民も、領地のために働くルビーを大事にした。


 ルビーは結局、お金もなく、若くもなく、美形でもない男と流されるように結婚した。なんとなくほうっておけなかったのだ。ミハイルは体が弱いところがあり、あまり長生きはしなかったが、ルビーは張り切って世話をし、それが幸せだと感じ、時々フェイにお歳暮を贈った。




 フェイはもらったお歳暮を、事務所の婦人に配った。

 ジャムにしても酸っぱさが抜けない杏や、リキュールにしても渋みが抜けない山ブドウなど、野性味が強い特産品が口コミで話題になった。


 ここでもし簡単に手に入ったら、すぐに消費されて一時の話題で終わっただろう。だがミハイルの言ったとおり、とても閉鎖的な場所だったため、街道もろくに整備されておらず、なかなか手に入らない希少品として取引された。そのため特産品の値段は天井知らずにつり上がり、ルビーとミハイルの生活は少し潤った。


 また取引のために訪れた人によって、絶滅したと思われていた希少な野生馬が見つかり、国は税金を投入して保護することにした。領地に国の税金が使われるようになったのだ。


 調査のために訪れた役人が、地元の人々を厳しく叱った。


「どうしてあんな貴重な馬のことを、報告しなかったんだ」


 そう叱られた人々は、なにを言われているのかが、まったくわからないという顔をした。役人は田舎者はらちがあかないと、しぶしぶ言った。


「いいか、今度からめずらしい馬を見かけたら、国に届けるんだ。必ずだぞ」


 そう言われた地元の人々は、いっせいに役人が乗っている何の変哲も無い、普通の馬を指さした。


「そういうめずらしい馬のことですか? この辺ではあまり見かけませんね」


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― 新着の感想 ―
最後がウィットに富んでてうまい! 場所が違えば求められるものは違うし、田舎で普通のものは都会では手に入らないものなんだよな〜。東京で数年間暮らしたら田舎の良さがホントにわかったもんな…食べ物がうまくて…
ルビーがなんだかんだ苦労してるけど幸せに暮らしたみたいで良かった チヤホヤされて何も考えなくて良い生活をしてたから幸せって訳じゃないんだなぁ
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