特別編 『闇ギルド』の受付嬢になったら人生イージーモード
今日もいつも通りの一日になる
そう思いながらノエルがギルドに向かうと、通りに人だかりが見えた。
何人か見知ったお客さんの顔もある。
「なんだろう?」
そう首をかしげた瞬間、裏通りから不意に腕を引っ張られた。
んっっ!
音も無く慣れた所作で引きずり込まれ口を塞がれる。
「ノエルさん 私です」
聞き覚えのある声に安心感を覚え、見上げると銀髪のイケオジが見える。
『今日もイケオジはビジュサイコー』
そんな事を考えているとマスターは続ける。
「ちょっと面倒な事になったので裏口から入って下さい」
顎で緊急用の入口を指し示され「うん」と頷くとそのまま引きずられて行く。
ドナドナ
——
闇ギルドの正面受付を開けると同時に、室内は人であふれた。
凄腕の暗殺者達は、妙にそわそわしながらカウンターの奥をうかがっている。
ギルドの受付嬢——ノエル
その熱気を知ってか知らずか準備を進める。
「チョコ、もう少し作ったほうが良かったかも?」
「昨年に引き続いて、ギルド員にはしつけが必要ですかね」
奥から規制線のテープを用意しながらマスターが現れる。
ノエルが来るまでバレンタインは何でも無い1日だったはずだ。
流れ作業のように、カウンターでチョコを渡していくノエルを見ながらため息をつく。
「マスターにはコレ、ほろにがですよ」
混雑が一段落するとノエルが裏に置いてあった包みを1つ渡す。
「毎年ありがとうございます。材料費はロゼッタに請求しといて下さい」
忠告しながら珍しく鼻歌をフンフン鳴らしながら奥へと消える。
「良い年した大人が……」
裏からすれ違いにシルの冷たい声が聞こえる。
「シルにはこれ!ミルクチョコ」
「ありがと」
耳まで赤くなったシルを見て、セレナとロゼッタがツッコミを入れる。
「うわっ顔真っ赤じゃん」
「男というのは愚かね」
「二人とも仕事に戻って下さい!」
「図星じゃん」
「ねぇノエル、“特別な人用”あるんでしょ?」
「なにそれ……」
「なんか大きな箱のやつあるじゃな~い」
「えっ見た?」
瞬間——ギルドの建物が揺れた。
「おい、聞いたか?」
「誰だよ!」
「マスターは違ったよな?」
「シルでも無いのか?」
「俺の可能性もある!」
「いやねぇよ」
バカみたいに盛り上がる。
依頼なんかそっちのけで、ざわつく空気。
「はぁ……」
ノエルは苦笑いしながら、箱をもう一度見る。
——特別な箱。
包装が一回り大きく目立つように金色。
理由は単純。
「……特別だから」
——
夜になってもギルドの混雑は絶えない。
依頼報告の列ができている。
だが、明らかに報告目的ではない者たちも多く居る。
「ノエルちゃん!この前の確認お願い!」
「依頼で必要な機材は経費で落ちるかな?」
「こっちのナイフとこっちのナイフ どっちが切りやすいと思う?」
「えっと……どっちでも好きな方で」
対応を終えてノエルがチョコを渡すと、周りに居る男達がザワつく。
「まだ特別は出てねぇ」
「常連のあいつでも無いのか」
ロゼッタとセレナは仕事も終わり、椅子からボーっと様子を見ていた。
「このギルドはバカしかいないの?」
「今日は仕事になるような依頼は無かったわね」
「まぁ、ノエルのせいではないけど」
「……でもちゃんと特別なの作ってたよ」
「包装がやたら頑丈」
「……割れないようにね」
二人はニヤリと顔を見合わせた。
——
依頼は少なかったため仕事は速く終わった。
ノエルは片付けを始める。
チョコの箱はもうほとんど残っていない。
カウンターの奥、特別なのはまだ残っている。
「ふぅ……今日は大変だった」
ノエルは帳簿を閉じた。
「それじゃあ、失礼します」
——
「今日はみんな楽しそうだったな」
ノエルはそっと箱を抱えた。
屋敷の門をくぐると、振り返って空を見上げる。
屋敷の屋根から見下ろす視線を感じる。
護衛が指をグッとして異常なしを告げる。
「いつもありがとうございます」
ノエルは特別な箱を屋根へと放り投げた。
護衛は慌てて飛びついて包みを受け取る。
ずいぶんと大きく、しっかりした包装だ。
「……投げても壊れないように?」
「気づきました?」
「去年、中身わかんなかったので」
「うぅ……」
ノエルの顔が真っ赤になる。
護衛は静かに頭を下げた。
「では、確かに頂きます」
ノエルが屋敷のドアを開け、振り向いて微笑む。
「おやすみなさい」
「……おやすみなさいませ」
静かにドアが閉まる。
——
護衛は包みを開けた。
中には割れていないチョコ。
一口食べる。
「……この職場サイコーかよ」
その瞬間、空気が一変した——殺気
屋敷の窓、屋根の向こう、木の陰。
暗闇の中に光る無数の目。
「……囲まれてるな」
じわりじわりと包囲網が狭まっていくのを感じる。
護衛は無言で立ち上がる。
それは全てを悟った修行僧のような姿だった。
次の瞬間、影がふっと消える。
通りには怒号と悲鳴が溶けていく。
「ふふ……あの人に渡せてよかった」
——そして、ひとりの受付嬢の満足げな寝息
あくまで本編ありきの短編です
とりあえず感想貰えて嬉しかったのでそれだけ
文体は本編とは執筆に時間が経ち変わってます→基本的に句読点あり




