人型装甲騎兵白虎! 起動!
それは白色のグレア!
まばゆいばかりの強い光がタカトの目を幻惑していた。
(もしかして、ビン子の足元に何か爆発物でもあったのか?)
タカトは降り注ぐ強い光から目を守るかのように手を動かそうとした。
だが、手は動かない。
意識はあるのに体が動かないのだ。
(もしかして、俺……死んだとかwww まさかなwww)
タカトの視界が徐々に光に慣れていく。
浮かび上がってくる世界の片りん。
うっそうと茂る森の影がタカトの目の前に姿を現しはじめた。
だが、そこは先ほどまでいた森ではないようだ。
木々の間からこぼれ落ちていた日の光がまるでない。それどころか、見える世界は暗いのだ。
(俺……長い間、気を失っていたとか……)
いや違う! 明らかに違う!
そこは暗い世界の中にまぶしい光が照り付けられた世界だったのだ。
(もしかして……夜なのか……)
煌々と輝く光の世界の外側には見慣れた月が浮かぶ夜空が広がっていた。
今、タカトが見ている光景は先ほどまでいた森とは違う。下草が生え、まさに「The 森の中」といった感じなどはない。それどころか、森の中に開けた場所といっていいぐらいなのだ。
ここは明らかに人の手によって整地された場所。
投光器によって浮かび上がるのは公園のグランドのようであった。
そんな光の中を先ほどから多くの人間たちがあわただしく行き来すしている。
「総員! 機上!」
突如、タカトの背後で女の大きな声が響いた。
慌てて振り向くタカトの体。
その視線の先には3体の大きな塊がうずくまる。
(ゴーレム?)
タカトは咄嗟に思う。
そう、タカトの知っているゴーレムとは中型から大型の人形をした魔物の一種。その表皮はとにかく硬いことで知られていた。
だが、何か違う……
確かに目の前のそれは人の形が膝をついていた。
しかし、魔物たちのように生き物が本来もつ躍動感がまるで感じられないのだ。
どちらかというと……無機質……
その表面から放たれる鈍い金属光が、それが生物でないことを如実に物語っている。
「人型装甲騎兵白虎! 起動!」
女の号令とともに三つの起動音が鳴り響く。
キュウィーン!
順次立ち上がっていく三体の影は人の3倍ほどの大きさ……。
動作を確認するかのように手のひらをクルクルと動かす。
それを見たタカトの反応は……当然……
(すげぇぇぇぇぇぇえぇぇ!)
と、目を輝かしていた。
(あれはいったい何なんだよ! というか! 近くに行って、もっとよく見たい!)
などと、技術者魂に火が付いたようである。
だが、なぜかタカトの視界は後ろを向く。
タカトの意思とは反対に『人型装甲騎兵白虎』と呼ばれたものから遠ざかっていきはじめたのだ。
(なんでだよ! クソ!)
だが、いくらタカトが戻ろうとあがいても、体はちっとも言うことを聞かない。
そんなタカトを女の声が制止する。
「どこに行く! 高斗3曹!」
「あん?」
と顎をしゃくり背後に振り返る高斗3曹。
そこには長い黒髪を携えた美しい女が、きつい瞳でにらみつけていた。
「高斗3曹! 作戦中だ! 持ち場を離れるな!」
「あのな……敏子……俺は、いま、誰かさんのせいで!民間に出向中なわけ。だ・か・ら!民間人なの! その民間人様がココまで手伝ってやったんだ! 感謝こそされ、これ以上命令される筋合いはねえ!」
どうやら、この黒髪の女、名を敏子というらしい。
「高斗君! あなたはいつもそうやって!自分の好きなことばかり! 責任感はないの!」
「ああ、そんなものは無いなwww」
「このままだと、また犠牲者が出るのよ! その前に|地球外生命体《extraterrestrial biological entity》(EBE)を駆除しないと! あなただって分かっているでしょ!」
「だから、俺は俺のやり方で何とかする」
言い終わると再びタカトは歩き始めた。
「ちょっと待ちなさいよ! 高斗君! いつも!いつも!私のことをなんだと思っているの! これでもあなたの上官なのよ!」
と、少々涙目になった敏子が高斗に詰め寄ろうとした。
ちょうどその時、一つの声が敏子の行動を制止しした。
「まぁまぁ、敏子ちゃんいいじゃないかwww 高斗3曹には何か考えがあるじゃないのかなwwww」
その声の主は男。焦げた肌に白い口髭を蓄えていた。
だが、頭の方は気持ちいほどつるっぱげ。
しかし、ハゲているからと言って年寄りというわけではなさそうだ。
その体つきはとても大柄で身長が高かった。ここにいる男たちと比べても頭一つ二つ分ほど飛びぬけている。
「茂武陸将補! しかし!」
振り返る敏子は、その茂武という男に抗議しようとした。
茂武はニコニコと笑いながら高斗に声をかける。
「なぁwww高斗くん! きみもこの女子大生連続殺人事件、なにか気づいているんじゃないのかなwww」
女子大生連続殺人事件、ここ最近、新宿中央公園近郊で起きている殺人事件である。
道に転がるのは裸体の女子大生。
身にまとっていた服が溶けおち死んでいた。
だが、その死体がおかしいのだ……
その体から脳と心臓だけがすっぽりと抜け落ちているのである。
そんな現場がすでに3つ。
共通するのは髪を七色に染めていることだけだった……
「別に……」
高斗は一瞬、茂武へと振り返ったが、すぐさま薄暗い公園の出口へと目を向けた。
「いやいいんだけどねwww でも、これ……明らかに犯人は人間じゃないよねwww」
そんな茂武の言葉に高斗の足はピタリと止まる。
「茂武さん……だから、アンタ……隊を動かしたんだろ……」
「人間相手だったら警察の仕事なんだろうけどねwwwでも、相手がEBEってなら話は別だからねwww」
タカトは鼻で笑う。
「まだ、EBEの仕業と決まったわけじゃないだろ」
だが、茂武の眼はギラリと光る。それは今までのオチャラケた言動が嘘のように冷たく。
「それからじゃ遅いような気がするんだよ……いや……もう……すでに、遅すぎたのかもしれないが……」
高斗はチラリと茂武の様子を伺う。
「まぁ、『人型装甲騎兵白虎』まで出してるんだ……実は勘違いでしたってなわけにはいかないよな……」
それがツボに入ったのか、またもや茂武は大笑い。
ホントよく笑う男だwww
「そうなんだよwwwwよく分かってるねwwww高斗くんはwww」
「だけど、茂武さん……おそらく、今のやり方ではEBEは見つからないと思うよ」
「高斗くんwwwどういうこと?」
「おそらく、こんな人気の多いところで誰にも気づかれずに犯行ができるということは、人間に擬態する能力があるということにちがいないはずなんだ」
「やっぱりwww高斗くん、君もEBEの線を疑っているわけだねwwwでもまぁ、それは想定済みなわけだよwww」
「いや、だから、赤外線カメラだけではヤツラは見つけられないってことだよ……」
「EBEだよwww人間と見た目はそっくりでも体温は明らかに違うでしょwww」
「そうだといいんだがな……」
その高斗の言葉を聞いた茂武は大きく深呼吸する。
「ならば……高斗くん、君にはなにか考えがあるって言う訳かな」
またもや真剣な顔になっている茂武。
「ああ……だが、まだ、実証テストすらできていない代物なんで……さすがに、茂武さんの立場的に失敗でしたではすまないでしょwww」
「そうか……なら、これを持っていきなさい」
と、妙に納得した様子の茂武は一本の短剣を投げ渡した。
「これは……」
鞘から抜かれた青チタンの刃は冷たく……そして、青白く輝いていた。
「超振動チタンブレード……」
茂武はニヤリと笑う。
「高斗くんwww君、これ欲しがっていただろwww」
「くれるのか!」
高斗の顔がパッと明るくなった。
「もちろんwww」
だが、そんな時に限って敏子が邪魔をする。
「茂武さん! もちろんじゃありません! 隊の装備品を勝手にあげたりしないでください!」
公園を出たタカトは公園通りを北へと進む。
周りにそびえる高いビルが、まるで壁のように連なり夜空に輝く星の光をさえぎっていた。
だが、かといってド田舎のように真っ暗闇という訳ではない。
いたるところからあふれだす人工光によって、夜だというのにほのかに明るいのだ。
道を行きかう人々。
夜であったとしても人がうごめいている……
こんな状況……殺人現場がいかに路地裏であったとしても、女の叫び声は届くはず。
いや、周りの人間に無関心になった東京だからこそ聞こえなかったのだろうか……
違う……ここは日本だ……
腐っても日本だ……
人が悲鳴を上げていれば、おそらく誰かが駆けつける。
できる限りの救いの手を差し伸ばすため……
そして、いま風で言えば、SNSにあげるため……
路地を歩く高斗は思うのだ。
――ならば、殺人現場が別の場所なのか?
当初は、その可能性も考えられていた。
だが、無造作に倒れた体に浮かんでいる死斑が、その場で犯行が行われたと示していたのだ。
いや……そうは言っても死斑が出始めるまでには30分はかかる。
それまでに移動させればいいだけなのではないだろうか?
――それは、あり得ない……
女たちの死体からは脳と心臓のみがなくなっていたのだ。しかも、切り裂いた痕跡もなくである。
それが、死斑が浮かび上がるまでの短時間の間にできるだろうか?
おそらく無理だろう……
――そもそも、切らずに脳と心臓のみを取り出すことなんてできるのか?
たしかに、内視鏡など現代医術を使えばできないこともないのだろう。
だが、ココは町中、オペ室とは違う。
電源は確保できたとしても、人の目は避けられない。
こんなところで、脳の摘出手術などしようものなら、スマホ片手にやじ馬たちが集まってくること間違いないのだ。
『衛生管理ができてない!』『非常識!』『殺人医師!』
などと、正義を振りかざしたネット民たちが当該医師の顔を晒し、ネット上で大騒ぎすることは確実だった。
だが、インターネット上にはそれらしい情報は何も上がってこなかった。
防犯カメラの映像、捜査機関の内部情報、事件の真相につながるものが全て。
ネット上に書き散らかされるのは噂の類だけ。
青白き幽霊を見た……
七色の髪の女の怨念……
パラレル世界の呪い……
はたまた、宇宙から来たエイリアンの仕業という突拍子のないものばかり。
――だが、あながち間違いとは言い切れない……
そう、犯人を人間だと確定するから思考がループするのだ。
――人間以外の何か……の仕業……
仮に、その存在を宇宙から来たエイリアンとでも仮定すれば推理は可能となるのだ。
だが、さすがにその仮説に行きつくのは突拍子もないのではwwwwと、推理小説ファンの方なら思うことだろう。
確かに、こんな思考をすれば小説の結末が夢オチだった時ぐらいチープなものになりかねない。
しかし、高斗には思い当たる節があったのだ。
それは、ほんの数か月前……
空間にわずかな揺らぎが観測されたあの日もまた月が明るく輝いていた……
その日、高斗はビルの屋上で一人何をするわけでもなく月を見上げていた。
東京の摩天楼の一角。
切り取られた夜空には、欠けることを知らない月が清浄なる光を放っていた。
そんな月を見ながら高斗は目に涙を浮かべていたのだ。
「あの月には……本当にウサギがいるのかな……」
え……えーと……感傷的になっているところを非常に申し訳ないのだが……君は馬鹿なのかwwww 月にウサギがいるわけがないということは小学生でも知っている周知の事実。
だが、今の高斗はそう思わずにいられなかったのだ。
というのも、目の前の柵を超えればそこは夜の空……
落下を妨げるものは何もない……
「死んでしまいたい……いや……もう、今の俺に生きる価値なんてないんだ……」
そこまで打ちのめされた高斗。
いったい何が彼をそこまで追い込んだのだろう……
この少し前……
高斗は沼にハマっていた……
『月は出ているか?』
画面上に出てくる大きな文字!
「ターゲット!ロックオン! コレで決める! オリャァァアァァァァ!」
満を持してトリガーを引く高斗3曹。
本来であれば、ここでサテライトキャノンがガコーン!と光るのだが……
『ごめんねwwww』
と、月のウサギが笑いながら頭を下げるのだwww
え? 何の話?
そんなの決まってるだろ! パチンコだよ! パチンコ!
鉄板告知が来たと思って回してみたけどつきゃしない!
せっかくの休暇!朝から頑張ってみたのだけど、全くつきゃしないのだ!
そう、この日、高斗は、新台で4,000ハマりの沼に陥っていたのである。
そして……昨日もらった給与が消えたのだ。
まるでサテライトキャノンで撃ち抜かれたかのように完全消滅……
って、まぁギミックのサテライトキャノンは一回も光らなかったんだけどねw
――ああ……明日から何を食えばいいというのだ……というか、家賃はどうする? 水道代は?
うつよに戻ってきた高斗に容赦ない現実が突き付けられる。
だが、どこの世界線もそうだが……人間とは苦しみから逃れるようにできている。
自分を殺さぬように思考がリミッターをかけるのだ。
――そうだ! 月に行こう! 月にはウサギが住んでいるというじゃないか! ならば自分だって住めるはず! 大体!パチ屋が地球上に存在するからダメなんだ! ならば! 地球から離れてしまえば、こんな苦しみからも解放されるに違いない!
いや……単純にパチンコをやめればいいだけの事www
まぁ、それができないのがパチ狂いの悲しい性なのよwww
そんな高斗が月へと手を伸ばした時、その時だった!