おぬがせ上手や剣!改め、無名の剣!
翌日、タカトとビン子は二人だけで森の中にいた。
ここは権蔵の道具屋とスラム街の中間ほどにあたる森。
昼時であるにもかかわらず、うっそうと茂った緑で少々薄暗かった。
時おり鳴く鳥の声……
ガサガサと下草をかき分ける音だけが周りに響いていた。
膝まで迫る下草の間、ところどころに見える土の色が、そこにけもの道の存在を現しているのだろう。
その獣を追って、タカトとビン子は森の奥へと突き進む。
どうやら二人はガンエンに依頼された狩りに来ているようなのだ。
2人だけ?
権蔵は?
そう、この時の権蔵はこの森の入り口で切り株に腰かけ煙草をふかしていた……
「ふぅ~ 今日も天気がいいのぉ~」
森に入る少し前……
「このあたりでいいかいいじゃろ……」
森とあぜ道の境界で、権蔵は背負っていた荷物を降ろした。
「はぁ……これだけの荷を運んだだけで疲れるわい……もう、年かのぉ……」
と、これみようがしに腰に手をあてゆっくりと伸ばしはじめた。
その横で森の奥を覗くタカト。権蔵のことはまるで無視www
「なあ……じいちゃん……マジで俺、一人だけで行くのかよ……」
先の見えない森の緑。
タカトには不安しかなかった。
「まあ、大丈夫じゃ。このあたりはスラムが近いせいか、人の気配を嫌ってネズミやヘビぐらいしかでてこん」
「でも、イノシシやクマだっているかもしれないだろ」
タカトは権蔵にどうしてもついてきてほしいようである。
「まぁ、出てくるかもしれんが……その時は逃げろwwww」
「簡単に言うなよ! 追いかけてくるかもしれないだろ!」
「逃げ足の速さなら、タカト、お前にかなうものはおらんじゃろがwwww」
「こんな時に冗談なんか言うなよ! イノシシなんかに勝てるかよ!」
「心配するなwww森の奥の奥まで入らなければ、イノシシなんて出てこんわい」
「本当なんだろうな! じいちゃん! その言葉!信じていいんだろうな!」
「わし! 嘘つかない!」
と、権蔵は降ろした荷をほどき始め、中に入っていたものを取りだし始めた。
「タカト、お前、中途半端な物を作っておったから、わしが仕上げておいてやったぞ」
取り出した短剣をポイっとタカトに投げ渡す。
慌てて受け取るタカトは、その短剣に見覚えがあった。
急いで鞘から抜き出し白刃を確認する。
「あああああああ! これ!俺が融合加工した『おぬがせ上手や剣(完成品)』!」
そう、それはタカトが試行錯誤(5回ほど)の末にたどり着いた名剣! いや謎剣! カマキガルの鎌と短剣を融合加工した一品であった。
その白刃は、どんなに力強く振りぬいたとしてもスカート一枚、パンツ一枚だけを切り裂く代物。まさに!肉を切らずに布を断つ! 柳生新陰流も驚く活生剣! いや!活性剣!だったのである!
それが……
それが……
何ということでしょう!
「ただの短剣になっているではないですかぁぁぁぁぁぁぁ!」
「何が『おぬがせ上手や剣』じゃ。道具に名前なんぞつけんでもええ!」
権蔵は自分の道具作りに自信を持っていた。だが、決して自分のことを名工などとおごり高ぶってなどいやしない。
自分が作る道具で使う人が喜んでくれればいい、その一念で道具を作り続けていた。
タカトもまた、この権蔵の信念を知ってか知らずか自ずと引き継いでいた。
そんなタカトだからこそ分かるのだ。
その白刃は透き通る程に白く輝いていた。いや、それどころか周囲の空気をシンと凍らせるのではないかと思われるほど冷たく鋭かったのである。
これほどまでの短剣……
それなのに……これが無銘の剣……
権蔵にとって、それはタダの一本の剣でしかなかったのだ。
――これが……じいちゃんの融合加工……
当然、日頃、道具屋の手伝いをしているタカトにとって権蔵の腕前など承知の事実。
それでも、これほどまでに美しい刀身はいまだかつて見たことがなかった。
しかも……これがもともとはタカトの作った『おぬがせ上手や剣』だったとは……とても想像できない。
まさに!月とスッポン!
いや!太陽と鼻クソぐらいに違うのだ。
おそらく、誰が見ても、この剣がタカトのためにマジで気合を入れて融合加工された逸品であることはすぐわかった。
それは狩りに出るというタカトへのエール。
口下手な権蔵なりの贈り物だったのだろう。
権蔵は近くの切り株にゆっくりと腰を下ろすとタバコに火をつけた。
「よっこらしょ。タカト、開血解放してみい」
開血解放……それは融合加工の真骨頂! 血液に含まれる生気を取り込むことによって真なる力を目覚めさせるのである。
だが、開血解放でつかわれる血液量は融合加工をほどこした職人の技量で決まる。
一般的には、この小剣クラスであれば小さなコップ一杯ほどの量が必要である。
しかし、権蔵の融合加工は一滴! たった一滴の血しずくで開血解放できるのだ。
これだけでも、権蔵がいかに優れた融合加工職人であるかが分かってもらえることだろう。
タカトは、その刀身の美しさに少々興奮しながら束につけられた棘へと指先を押し付ける。
一滴の血が束へと染み込んだその瞬間、白き刀身が青白く輝きだした!
しかし、次の瞬間には、もう、元の短剣に戻っていた!
一見すると、何の変化も見られないかもしれない……
だが、タカトには分かるのだ。
「すげぇ……さらに鋭くなってる……」
もう、それしか言葉の出ないタカト。
おそらく、その刃に触れただけで、その存在自体が切れ落ちてしまうことだろう……
だが、かといって簡単に刃こぼれなどしやしない……それほどまでの強度……
まさに、獲物を切るための剣……実戦の剣といったところである。
そんな鏡のような刀身に木々の隙間から差し込む日の光が反射し、一心不乱に覗き込んでいるタカトの顔に一筋のコントラストを作っていた。
――これなら!俺でも獲物を狩れるかもしれない! いや!狩れる! 絶対に狩れる!
「タカト! そいつはな!普通の融合加工じゃないぞ! わしの得意な固有融合じゃ! お前しか使えない分、威力は3割り増しじゃて!」
煙草の煙を吐きながら権蔵は得意げな笑みを浮かべる。
「その剣なら熊ぐらい出てきても、その首、簡単に落とせるじゃろ。まぁ、お前が熊の首に当てることができればの話じゃがなwwww」
「じいちゃん、ありがとう。ありがとう」
既に『おぬがせ上手や剣』のことは忘れた様子のタカト君は興奮を隠せない。
だが、そんな時に水を差すのがビン子ちゃんwww
「じいちゃん……狩りをするのなら、弓とかの飛び道具の方がいいんじゃない?」
確かにそうだ。
森の中で獲物に近づくのは至難の業。
遠くから仕留めた方が確実なのである。
だが、権蔵は笑うのだ。
「ビン子。タカトに弓が使えると思うかwwww」
確かに、弓をはじめとする射撃技術は熟練が必要とされる。
ただでさえ運動音痴のタカトが、すぐさま使いこなせるとは到底思えない。
「それに対して、剣なら切りつけるだけじゃwwww」
タカトでも刃が当たりさえすれば……ワンチャンあり得る!
しかも、森の奥まで行かなければ、潜んでいるのはネズミやカエル、蛇などの小動物ばかり。
かえって弓矢で狙うほうが難しい。
ならば、そっと近づいてブスリと一刺し!
これならタカトでもできそうだwwww
「確かに……タカトには小剣の方があっているかも……」
妙に納得してしまうビン子ちゃん。
だが、権蔵たちの予想に反して、なぜかタカトの鼻息は荒い。
どうやら、権蔵にもらった小剣がタカトに勘違いの自信を植え付けたようでwww
「俺はできる! 俺はやれる!」
と、目をぎらぎらさせている。
――やる気になったのはいいのじゃが……
その様子に一抹の不安を感じた権蔵は釘をさす。
「おい! タカト! 分かっておると思うが! 捕まえるのはカエルやヘビでいいんじゃぞ!」
しかし、タカトは聞く様子をまるで見せない。
それどころか!
「俺は大物を狩ってやる! 狙うはクマやイノシシ!」
――はぁ? なにを言っとんじゃ……このドアホは……
あきれた様子の権蔵はもう言葉が出ない。
だが、次の瞬間、
「俺はやってやるぞぉぉおおおおおおおおおおお!」
と、タカトは何を思ったのか森の中に突っ込んでいったのだ。
その後を慌てて追いかけるビン子。
「ちょっと待ってよ! タカト!」
森の緑に混ざっていく二人の影を見送る権蔵は煙草を吹かす。
「ま……まぁ……ビン子がおるから……大丈夫じゃろ……」
で、現在に至るわけだwwww
「待ってよぉ! タカト!」
タカトの後を追いかけるビン子の顔に枝葉がビシビシと当たっていく。
それを何とか押しのけタカトに追いつこうとしているのだが、その距離は一向に縮まらない。
というのも、先を行くタカトは目を血ばらせながらグイグイと前に進んでいるのだ。
「イノシシはいね゛がぁぁぁぁ! クマはいね゛がぁぁぁぁ!」
もう……その様子はナマハゲか何かにとりつかれているのかと思うほど。
「タカト、ちょっと変だよ!」
ビン子が声をかけるもまるで無視。
やはり……権蔵から受け取った小剣に何かが取りついていたのだろうか?
確かに権蔵は融合加工の名工ではある。だが、妖刀をうつようないびつな性格などしていない。
どちらかというと、癖のある妖刀など万人受けしないため全く好まないのだ。
だからこそ、無名の剣を作り続けている。
しかし! 今回はタカトのために作った剣。
権蔵ほどの名工が魂を込めて打てば妖刀と化してもおかしくはない……
ならば! それを確かめる方法は一つだけ!
ビン子は意を決したような表情を浮かべるとカバンの中に手を突っ込んだ!
――コレだけは使うまいと思っていたのに……
しかし、今はそんなことを言っている場合ではない。
そして、次の瞬間! カバンから取り出したものをタカトの脇に投げ込んだのである!
それは一冊の写真集! 既に絶版となった『アイナと縄跳び!』であった!
絶版と聞けば、何やらエロい感じがするが、そうではない。
それどころか、一時は小学校の図書館にも平然と置かれていたぐらいなのだ!
ページをめくると青空の下、運動場で体操着を身に着けたアイナが縄跳びをしていた。
もう、それは健康的そのもの! 卑猥な要素などどこにも見当たらない。
だが、あくまでも!コレは写真集! 芸術なのだ!
であれば、制作者たる写真家の想いがギュッと詰まっているのである。
どうやら今回の写真集のコンセプト……運動音痴のドジっ子だったようで……ページをめくっていくたびに縄が体にどんどんと絡まっていくのだ……そして、最後のページでは、なぜか亀甲縛りが完成していた! だが、エロではない! 断じてエロではない! ただ単に! そう!偶然に亀甲縛りのようになっただけなのだwww そんな写真家の言い分を信じたのか、この写真集はR18などの年齢制限ではなく全年齢対象だったのである……だが……しかし……世の中そんなに甘くない……PTAの中にエロを目の敵にするNHKの手先が紛れ込んでいた。「これは縄跳びと言いながら亀甲縛りの入門書じゃないの!」ヒステリックな癇癪が教育委員会をどんどんと追い詰めて、ついには有害図書として指定されてしまった……ホント……こんな奴の存在こそが……害悪でしかない。
だが、それはタカトに取っては幸運だった。
ゴミとして捨てられた有害図書の中にこの写真集が紛れこんでいたのである。
当然、タカトは小躍りしながら家に持ち帰った。
そして! 夜な夜なその本を見ながら縄跳びの練習をしはじめたのだ。
ビン子は、そのことをよく知っている。
だって、いつもタカトの後ろで寝ているのだから!
だからこそ!ベッドの上では縛りやすいように大の字になっていびきをかいているのである!
――さあ! タカト! 私の体を使って思う存分!練習しなさい!
だが……
しかし……
朝まで寝て待てど全く来ない……麻縄の縛りが全然やってこないのだ……
タカトの奴……
亀甲縛りの練習を……寝ているビン子ではなくて……
「うーん! 今回の亀甲縛りは、この胸の所の食い込み具合がうまくいったな!」
と、抱き枕を相手に行っていたのである!
しかも、ご丁寧にアイナの顔写真まで張り付けて!
――って、それは枕! 胸なら枕よりも私の方があるに決まっているでしょ!
と、ビン子は怒鳴りたくなる気持ちを押さえ狸寝入り。
起きているとバレればタカトの部屋から追い出されるのは目に見えていた。
だが、そんなことが数回も続くとさすがにブチ切れた。
タカトが部屋にいない間に、アイナの写真集『アイナと縄跳び!』を自分のカバンの中に隠したのである。
――ざまぁみろ!
そこまでしてタカトの眼から隠した写真集……
それを今! ビン子が自ら解放したのだ!
――コレでダメなら! ハリセンでしばくしかないわね!
そう! ビン子ちゃんのハリセンにはなぜか破邪の効果が付与されていたのだ!
って、それなら最初からハリセンでしばいとけよ!
「おっ! こんなところに!」
しかし、タカトの反応は早かった。
写真集が投げ込まれたと同時に顔が横を向く。
この反応は! いつものタカトそのもの!
タカトの巨乳レーダーの反応速度はコンマ2秒をきる!
しかも、それがアイナの巨乳となれば、さらに10倍速くなるのだ!
そんなタカトは、すでに中腰となって草むらへと手を伸ばしていた。
それを見たビン子は安心した。
――よかった。やっぱりじいちゃんが妖刀なんて作るわけないと思ったwww
って、タカトの事はどうでもいいかい!
いや、これでも少しはタカトのことだって心配してたのだ。
だって……これでまた眠れぬ夜を過ごすことになるかもしれないのだから……
――あ! 抱き枕を燃やしとけばいいんだわ!
ビン子ちゃん……怖ぇぇぇぇぇえ
いやいや……今のビン子は、これぐらいのことをしなければ気持ちの収まりがつかなかったのだ……
というのも、アイナの写真集にすぐさま反応したタカト……その体が何かにとりつかれていたわけではないと分かった。
……だが……それは同時に巨乳に反応したことを表していた……背後に貧乳と言えども生乳をもつビン子がいるというのにもかかわらずだ……
今度はビン子が、なにやら得体のしれない敗北感にとりつかれたような気がした……
――巨乳は許すまじ! 巨乳は敵! 敵よ!敵! それがたとえ抱き枕や写真集であったとしても巨乳と名のつくものは全て焼却処分すればいいのヨ! イヒヒヒヒ!