ワシは令和のアニメなど知らん!
そのタカトの様子を見たガンエンは涙ぐむ。
「ああ……タカトや……」
きっと、タカトの無様な様子を見てあきれたのだろう。
だが、ガンエンから続いて発せられた言葉は意外なものだった。
「お前はなんと心根の優しい子だろうか……」
うん? この場合、普通は『情けない』とか『不甲斐ない』とかが続くはずなのでは?
それなのになぜ?
ガンエンはこみ上げてくる鼻水を指でこすりながら話をつづけた。
「ここ万命寺に集まってくる人の数は日に日に増えてきている……」
もしかして……
もしかしてですよ……ガンエンさん……タカトが涙目になっているのは、このひもじい食事しか食べることができないスラムの人たちのことを慮ってのこととでも思っているのでしょうか?
まさかぁwwww
だからなのか、当然、タカトもビン子もガンエンの話の意味が分からない。
――いったい何の話だ?
――えっ? なに? なに? いったい何のお話?
だが、先ほどからオオボラとコウエンは神妙な顔でうつむいている。
おそらく、さっきの言葉だけでガンエンの真意を感じ取ったようなのだ。
一瞬、生じた静寂。
その静寂を破るかのようにコウエンが言葉をつづけた。
「もう炭を売って得ただけの食料だけでは足りなくなってきてるんだ……」
自分の力が至らないことを恥じ入るように下を向きながら。
そして、オオボラも押し殺すようにつぶやくのである。
「飢えた人たちは何をしでかすか分からない……もし暴動でもおこれば……必ず守備兵たちが乗り込んでくるに違いない……そうなれば、スラムの人たちは無為に殺される……仮に運よく生き残ったとしても収容所送りに……」
収容所……おそらく、それは人魔収容所の事だろう。
本来は人魔症を発症した者たちを隔離する場所である。
だが、噂では、その収容所内ではよからぬ研究がおこなわれているようで、実際に収容所から帰ってきたものはいないのだ。
人間としての価値がないスラムの人々。
逮捕したところで、生かし続ければ無駄に飯代がかかるだけ……
ならば、収容所で何らかの研究材料にでも使えれば、まさに一石二鳥。
というか、この話の流れ……
――スラムの人たちの貧困のことか!
――きっともう、その人たちに施す食料がないということなのね!
どうやら、やっとのことで話の内容が腑に落ちたタカトとビン子。
だが、その時、タカトの脳裏に口が干からびた乳飲み子の影が映る。
――まだ小さかったのに……
タカトは幼き時、獅子の顔をした魔人によって家族を殺され一人生き残った。
乳飲み子とはいわないが、5歳ほどの年齢。
一人でこの世を生きていけるわけはない。
だが、幸いにもタカトは権蔵に拾われた。だから、今までこうして生きてこられたのだ。
それが、もし……権蔵に出会っていなかったらどうだろう……
――俺もまた……死んでいたかも……な……
乳飲み子の姿と仮の自分の姿が重なる。
いつしかタカトはぐっと唇をかみしめると膝の上で拳を握っていた。
「俺にも何かできることはないかな……」
「はい! その言葉! 待っておりましたぁ~!」
と、ガンエンの明るい声が響いた!
えっ?
当然、タカトは固まる。
――あの話の流れ、どう考えてもスラムの貧困の流れだろ……
だが、頭がこんがらがり言葉が出ない。
そんな状況に、ガンエンがたたみかける!
「タカトや、お前、森で動物でも狩ってきてくれんかのwwww」
おそらく、タカトが言葉に詰まっている間に外堀を埋めて断れないようにするつもりなのだ。
だが、タカトの脳内にあるのはスパコン腐岳! 腐っても富岳の自称親戚だ!
そのため、訳の分からない状況にあるにもかかわらず、現時点における最適解を導き出したのである。
「なんでだよ! なんで俺がそんなことしないといけないんだよ!」
そう! タカトは狩りなどしたくはない!
だって危ないじゃないか!
まあ、タカトの本音としては……危ないというより、そんなことに時間を取られたくなかったのであった。
狩りに行く時間があるくらいなら……
一人、部屋にこもってシコシコシコ……
お気に入りの本を女の股のように開いてあふれ出す……シコシコシコ……うっ!
あっ♡ 今日も手が汚れちゃった♡
もう♡ これを一日中してたい! してたい! してたい!
って、お前は猿かよ!
いやいやいやwwww変な想像をしてくれるな! タカトは決してエッチなことをしてるわけじゃないんだから!
そう! タカトは融合加工をしたいのだ。
融合加工の図面を開いてシコシコシコ……
あふれ出すアイデアを形にするためシコシコシコ……うっ!
あっ♡ 今日も手が汚れちゃった♡ 油で♡
もう♡ 一日中してたい! してたい! してたい! してたい! 融合加工を!
――狩りなどに時間を潰すぐらいなら融合加工をやっとるわい!
まして、男、いや、ジジイの頼み事など論外中の論外!
仮にこれが美女の頼み事というのなら聞かないわけでもないのだが……残念ながらここにいる女はビン子とコウエンのみ!
ビン子は論外として、コウエンはハゲ!いや、坊主だ!
でも、よくよく見るとその顔立ちは宝塚の男役のように整っている。
おそらく、ちゃんと髪でも伸ばせば、かなりの美人になるような気がする……
が!
ハゲはハゲ!
――ということで、この場で俺が言うことを聞く必要なんてナッシング!
だが、ガンエンはタカトが断ってくるのを想定していたようで。
「タカトやwwwwさっきの干し野菜が最後の食料じゃないのか? だったら、帰ってから何を食うつもりなんじゃ?」
「うっ! それは……きっとじいちゃんが森から何か取ってきてくれてるに……」
「タカトや、お前はもう立派な青年じゃ。これからも権蔵だけに頼るつもりか?」
ガンエンが静かな目でタカトをじっと見つめる。
それはまるでタカトに大人としての自覚を持てと促しているかのよう……
「いや……」
タカトは言葉に詰まる。
確かにガンエンの言うとおりである。
権蔵も70近い年だ……いつまでも森の中で狩りができるとは思えない……
だが……自分が森の中に入って狩りができるとも思えない……
――だって、俺! 弱いんだもん!
「やっぱ……人には適材適所というものが……」
事ここに至って、いまだにグジグジと言い続けるタカト。
ガンエンは「はぁ~」と大きなため息をつく。
その表情は、まるで『情けない』とか『不甲斐ない』とかをにじませたかのようである。
だが、ここでタカトにそれを説いたとしても反発するだけ。
寺の住職であるガンエンにはそれがよく分かった。
おそらく、このままではタカトの踏ん切りはつかないと思ったのであろう……先ほどまでの狩りの話から少し話を変えたのだ。
「タカトや。森には動物や植物以外にも魔物もおるはずじゃ」
「なら‼なおさら危ないじゃないか!」
「よくよく考えてみ。ここは聖人世界じゃ。森におるのは小門を通ってきた小型の魔物ぐらいじゃ」
小門とは聖人世界にできた穴のようなもの。
その穴の先は行き止まりの場合もあるが、多くの場合、魔人世界とつながっている。
だが、小門というだけあって、穴のサイズは通常、人一人が中腰でやっと通れるほど。
だからこそ、小型の魔物ぐらいしか通れないのである。
「だからどうしたって言うんだよ!」
食って掛かるタカトに、ガンエンは笑って返す。
「タカトや。お前、融合加工で使う魔物素材が足りてないんじゃろ?」
「うっ! なんでそれを……」
確かにタカトは一日中、融合加工をしていたい。していたいのだが……使う魔物素材が圧倒的に足りてなかったのである。
今ある素材は権蔵が以前から持っていたモノや狩りでとってきたものばかり。
自分で集めてきたものといえば、カマキガルの鎌や食パンマン子さんのパンツぐらいなのである。
素材は店で買うには高すぎる。
かといって、そのあたりに落ちているものでもなかった。
多くの種類、自分の欲する素材を手に入れるには、魔物を倒し解体しないと手に入らない代物なのだ。
「タカトや。狩りをしてれば小型の魔物にも出くわすかもしれんぞ。少なくとも魔植物ぐらいは見つかるじゃろうて」
魔植物……それは魔人世界に生えるという植物である。本来、聖人世界には存在しないが、その種が小門を通してやってきて聖人世界で勝手に自生しているのだ。
「た……確かに……魔植物の採取ぐらいなら、俺でも!」
と、だんだんとやる気になってきた様子のタカト君。
簡単な奴やなwww
だが、それを見たガンエンはニヤリ!
――もう一押しじゃなwwww
「そうじゃろwwwタカトやwww狩のついでに魔植物を探せば一石二鳥! しかも! 小型の魔物を倒せば!食料&素材をゲットだぜ!」
「でも、俺……小型の魔物どころか……ウサギすらも倒せないんですけど……」
「心配するな! タカトや! わしがちゃんと万命拳を教えてやる!」
「ば……万命拳を?」
「そうとも! 万命拳は最強の拳じゃ! 奥義『奉身炎舞』を極めれば、魔人騎士クラスとも渡り合えるぞ!」
半ば諦めかけていた家族の復讐。獅子の顔を持つ魔人に対抗する手段がタカトの目の前に広がったのだ。
「魔人騎士クラスともか! マジか! 嘘じゃないだろうな!」
「坊主! 嘘つかない!」
と、ガンエンは可愛くウィンクwwwって、その様子……マジでキモイ!
だが、そんなタカトのやる気にビン子が水を差す。
「でも、ガンエンさん、お寺は殺生禁止じゃないのですか?」
ガンエンはニコニコとした笑みをビン子に向ける。
「スラムの人々を救うための殺生じゃ、仏様もきっと許してくださる事じゃろうwwwアーメン ソーメン 何だったっけ?」
って、経文覚えてないとは……お前はそれでも住職か!
しかし、この時のタカトは拳法の修行を甘く見ていた。一朝一夕に身につくモノなどないというのに。
本堂の前の石畳。
そこは学校の教室2つ分ほどの広さ。
その真ん中では昼食を食べ終わったタカトとオオボラが横一列に並んでいた。
どうやら、オオボラがココに入り浸るのは万命拳の修業のためというので間違いないようである。
そんなオオボラをちらりと見るタカトは、なぜかライバル心むき出し。
というのも、オオボラの顔は真剣そのもの。
先ほどから、入念に柔軟体操を行っているのだ。
一方、タカトは腕を組んで余裕をかます。
――オオボラなんかに俺様が負けるかよwwww
と、なぜか妙に自信満々のタカト君!
――なぜなら! 俺はできる子! やればできる子なんだ! 当然、万命拳の修業だってチョチョイのチョイ!
それを見る、オオボラは……
――って、お前……柔軟しなくていいのかよ……マジで死んでも知らねぇぞ……
と思いもしたが、言っても無駄というか、ハンカチの恨みをまだ根に持っているようで……助言することをやめた。
そんな対照的な二人の前には袈裟をまとったままのガンエンがニコニコと手を合わす。
そして、その後ろでは本堂へと続く階段にビン子とコウエンが腰かけながら、にこやかに談笑をしていた。
「タカトのウィンナーって小指ほどなんだよwww( *¯ ꒳¯*)」
「ええ(*´艸`)、可愛い!」
「まずは、受け身からじゃ! 前回り受け身!」
ガンエンの声にオオボラの体がクルリと回る。
バン!
オオボラの手のひらが石畳を勢いよく叩く音が大きく響いた。
だが、それを見たタカトはビビった。
こんな(ll゜Д゜)感じでマジでションベンを漏らしそうなぐらいにビビった!
ひぃ!
って、前回り受け身ぐらいでビビるなよwwww
――だって仕方ないだろ!
普通、前回り受け身の練習と言えば……頭を地につけぐるりと回転しながら、エイヤ!と手で地面を打って起き上がる……
タカトが知っている前回り受け身はこんなものだ。
しかし……オオボラが行った前回り受け身は……
目の前の地面へと勢いよく飛び込む!
体を回転させるとともに素早く地面を手で打ち跳ね起きる!
そんなオオボラの姿は、すでに次の行動に移らんと身構えていた。
って、それはもう前回り受け身じゃなくて飛び込み前回り受け身ですから!
「アホか! 素人の俺にこんなマネできるか!」
まぁ、ガンエンもそんなことは分かっている。
だから、基本の前回り受け身をタカトにやらせるのだ。
だが……
頭を地面につけるたびに……「いてぇ!」
体が回転するたびに……「ギョべぇ!」
あまつさえ、腕の反動が足りないせいか起き上がれないのだ……
あおむけに転がり頭を抱えてもだえ苦しむ姿は……もう、見るに堪えない……
だが、万命拳を教えるガンエンは鬼!
容赦ないしごきが飛び続けた。
「タカトや! 頭をつけるな!」
「顎を引け! 顎を!」
「左手でしっかりと地面を叩かんか!」
そこには、もう妥協という言葉などは存在しない!
「できるまで、今日は帰さんからな!」
「いやだぁぁぁぁ!」
タカトは今更ながら後悔しはじめた。
そして、ついには泣き言を言い始めたのだ。
「あのさ……こういうコスパの悪い練習なんかするんじゃなくてさ。こう……パッと強くなる、例えば令和のアニメとかだと簡単に凄い力が手に入ってさ……ついでに身体能力も馬鹿みたいにすごくなるだろ! そういうのはないかな! というか! そういうのがいい! 俺はそれがいい!」
それを聞くガンエンはあきれ顔。
「アホか……ワシは令和のアニメなど知らん! 昭和じゃ! 昭和!」
「昭和?」
「黄金期のジャンプを知らんのか! 友情・努力・勝利の完璧な方程式! その典型例がドラゴン玉じゃ! その主人公の孫悟空などは子供が生まれたことにも気づかぬほど修行に明け暮れておったのじゃ!」
「それって……親失格じゃ?」
「一に修行! 二に修行! 三枝がなくて いらっしゃーい!」
「桂三枝は関係ないわい!」
「だから‼ タカトや! お前は弱いんじゃ! 世界で通用する力が身につかんのじゃ! なにが!クールジャパンじゃ!」
「いやいや……ジャンプは関係ないから……」
「そうじゃな……ジャンプは関係ない……年甲斐もなく、ちょっと興奮してしまったわ……ふう……なら、ボケモンの佐藤氏を見てみろ。1997年マサラ町を10歳で旅立ち、26年という長き年月をかけやっと世界チャンピオンになったんじゃ! もう、その時の佐藤氏は36歳! 立派なオジサンじゃ! それでも佐藤氏は頑張り続けたんじゃ! コレこそ強くなるための努力!」
「……って、1997年だと……平成じゃん……昭和はどこに行ったんだよ!」
「タカトや! 貴様にはこの佐藤氏のような努力が足らーーーーーーーーーーん!」
しかし、そんな楽しそうな時間は長くは続かなかった。寺の門から取り乱した男の声が駆け込んできたのである。
「ガンエン様、うちの息子が倒れて動かないんです! 助けてください!」
先ほどまで階段でビン子と談笑していたはずのコウエンは、それを聞いた途端スッと立ち上がると奥の部屋に向かって駆け出していく。
ガンエンはタカトに怖い表情を向ける。
「タカトや、今日の修行はここまでじゃ!」
そこには先ほどまでのお茶らけた笑顔などすでにない。
そして、コウエンが医療器具の詰め込まれた箱を抱えて戻ってくるのを見ると、ガンエンは男に案内しろと命じて走り出す。
ポツンと残されたタカト。
ビン子もまたコウエンの変わりように驚いた。
走りゆくガンエンたちを心配そうに見送るも、何を言っていいか分からない。
そんな二人にオオボラが説明をする。
「ガンエン様は医者でもあるからな……スラムの人たちにとっては最後の命綱なんだ……」
ふと、タカトは権蔵から聞いた話を思い出す。
――そういえば、じいちゃん……昔、第七駐屯地でガンエンのジジイが軍医をしてたって言ってたな。
そう、ガンエンと権蔵は第七駐屯地で一緒に戦い抜いた仲間。
互いの背中を任せられる無二の親友なのである。