万命寺
はっ!
はっ! バン!
規則正しい発生音と玉砂利に叩きつけられる足の音。
万命寺の広い境内では先代たちの想いを引き継いだ僧たちが万命拳の修行にあけくれていた。
身に着ける黄色い修行着。
激しく動くたびに風を切り割く音が立つ!
そんな修行僧たちの様子をタカトはコウエンの後ろに従いながら横目に伺う。
――これがじっちゃんが言っていた万命拳か……
昨日の夜……ツョッカー病院から帰って小一時間ほど経った頃、タカトは権蔵に諭されていた。
「タカト……お前……万命寺で万命拳の修業でもしてくるか……」
万命拳の境地は心技一体……技を極めるとともに心も鍛える。
だからこそ、権蔵はタカトのことをおもんばかって万命拳の修業を進めたのである。
だが、タカトはそれを全力で拒否する!
「違うんだ!」
「何が違うんじゃ! 言ってみい! タカト!」
「俺はけっしてビン子のことを!」
うん? なんで……ここでビン子が出てくるんだ?
というのも、このほんの少し前……権蔵の道具屋の裏、外に作られた粗末なドラム缶風呂が湯気を立てていた。
ツョッカー病院から帰宅したビン子は、権蔵が沸かしてくれていた風呂に飛び込んだのである。
「はぁ~♡ 気持ちいい♡」
風呂の中で腕を伸ばし首をコキコキ。
記憶では何かしたという覚えは特にないのだが……何か妙に疲れた。
そのせいなのか、それとも単に時間が遅かったせいなのだろうか、湯の中でウトウト……
そんな時、風呂の周りを囲った布に一つの影が映ったのだ。
しかも、スッと持ち上げられる布の端……
その隙間からは一つのカメラが覗いていた。
もしかして、覗き? いや、盗撮か?
パシャ!
というカメラの音が鳴る前に……
バキっ!
と権蔵のげんこつが布の影の頭に落ちた。
「いてぇぇぇぇぇぇえ!」
叫び声をあげたタカトはカメラをひっこめるとすぐさま頭を抱える。
「このドアホが‼ また、ビン子の風呂を覗こうとしおってからに!」
そして、権蔵に耳を引っ張られながら部屋の中に連れ戻されたのである。
で、連れてこられたのが、道具屋の中の大きなテーブル。
その椅子に腰かけた権蔵の前ではタカトが正座をさせられていた。
「違うんだ!」
「何が違うんじゃ! 言ってみい! タカト!」
「俺はけっしてビン子のことを!」
「このドアホが! 何がけっしてじゃ! いつもいつもビン子の風呂をのぞうこうとしおってからに!」
そう、タカトの奴……風呂にビン子がつかるたびに中の様子を伺おうと忍び寄っていたのだ。
え? 第一の駐屯地ではタカトはビン子のシャワーを覗こうとしなかったじゃないかだって。それどころか、ヨークの覗きを止めようとしていたぐらいだろうって?
まぁ、確かにその時はそうだ。
だが、家では違う!
これでもタカトは男の子!
「だいたい俺はビン子の貧乳なんか興味ないって! 俺が興味あるのは巨乳の姉ちゃんだけだって! 今回は!俺の作った融合加工の道具をビン子で試そうと思っただけだって!」
今回は? うん?
まあいい……
「そんなのお前自身で試せばいいじゃろが!」
「だって仕方ないだろ! この家にはビン子しか女がいないんだから!」
「だからと言って、風呂で試そうとする必要はないじゃろうが!」
「いや、風呂じゃないとテストできないんだよ! この『モモクリ発見!禍機断ちねん!』は!」
「それはなんじゃ?」
キョトンとする権蔵。
一方、タカトはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに嬉々としている。
「聞いて驚け! コレは魔物 食パンマン子さんのパンツ!いや、パンで作ったカメラ!偽乳発見装置『モモクリ発見!禍機断ちねん!』だ!」
しかし、ツョッカー病院から帰って小一時間でこれを作り上げるとは……
――まぁ、基本のカメラ部分は既にできていたんだけど、映像を写し取る部分に使う魔物素材がなかなか手に入らなくてだなwwwwそれが、ひょんなことで、それが手に入っちゃたんだよねぇ~
そういえば、タカトの奴……ツョッカー病院の地下でサンド・イィィッ!チコウ爵の首と胴体をつないでいた食パンをくすねてきたんだったwww
その食パン、いやパンツをカメラに融合加工したのである。そのおかげで、そのカメラはイメージセンサーをもつデジカメのようになっていた。
しかし、そのカメラで撮った映像は写真として印刷できない。それどころかデータとして保存することも不可能だったのである!
って、なんだこれwwww
そう! これは!ただその場でカメラに映った画像を楽しむだけのものなのだ!
――生乳は記録に残すものではない! 記憶に残すものだ!
なんか、いいことを言ったような気がするタカトは信念として覗いたものを記録にのこさない!(まあ、現時点においてのことだけだが……)
――だいたい、覗きがバレた時に物証が残ってたら、言い逃れができなくなるだろ。
記録を残したいと思うのは男のサガ! その気持ちはよく分かる……
分かるのだが、危険な行いをするにはそれ相応のリスク管理が必要なのである!
――そもそも、物証を残すから守備兵に捕まるのだ!
守備兵とは、日本でいうところの警察や自衛隊のような役割。
そんなものに捕まろうものなら、確実に牢屋入り決定!
もう、こういう時だけ、やけに頭が回るタカト君。
だが!しかし! コレだけのリスクと覚悟を背負って覗きをしようとするのだ……
もし……その対象が……
「美女だと思って覗いてみたら実はオカマだったなんてことになったらメチャメチャ嫌だろ!」
分かる! その気持ち! 作者にはよく分かる!
「だからこのカメラで映して、その禍をあらかじめ断つんだ!」
「分からん……というか、普通、風呂を覗こうとは思わんじゃろ……」
シラケた様子の権蔵であったが、タカトはまるで相手にしない。すでに自分の世界にどっぷりとつかっている。
「いかに、蝦夷アワビ、栗にいたるまで完璧に美女そのものに整形していたしても、この『モモクリ発見!禍機断ちねん!』が、本当の女かどうかを判別してくれるんだ! しかも! 追加オプションで貧乳隠しの偽モモまでもキャンセルできるという機能付き!」
「誰が貧乳よ!」
そんな時、風呂から上がってきたビン子が、当然に!
ビシっ!
と、ハリセンでタカトの後頭部に痛烈な一撃をくらわした!
そんな光景を見ながら権蔵はため息をつく……
「はぁ……ワシではお前の性根は治せん……はやり、万命寺のガンエンにでも鍛えてもらったほうがいいようじゃな……」
話は戻って、万命寺。広場の奥に立つ粗末な木造の建物。
ここは修行僧たちが食事をとる場所のようで、大きな部屋の中にはいくつもの机が規則正しく並べられていた。
風を通すために作られた大きな窓から日の光が差し込む。
そんな窓の前、タカトとビン子はこの万命寺の住職であるガンエンと面会していた。
「おお! ビン子ちゃんや! 久しいの! 権蔵は元気か?」
「はい。じいちゃんは相変わらず融合加工の道具作りをしております」
二人の会話で分かる通り、ビン子たちとガンエンは顔見知り。
「で、タカトや、お前も相変わらず道具作りにはげんでおるのかwwww」
だが、それはタカト達が小さいころにガンエンが会いに来ていた程度の事。
「当然! 俺は俺の道具でみんなを笑顔にしないといけないからな!」
しかし、ガンエンは権蔵とは古くからの顔馴染みであったのだ。
「それは確か母親の言葉じゃったかの。うむ!その心意気よし! で……二人は何をしに来よたんじゃwww」
ビン子は、先日のコウエンの行いに感謝を述べると、権蔵からの干し野菜の束をガンエンに手渡した。
「つまらないものですが、お納めください」
「マジでつまらんもんじゃなwwww」
ガンエンは笑いながら干し野菜をつまみ上げる。
というか、マジでつまらんものとは……マジで嫌味な奴だ。
と、思うかもしれないが、その笑い方はジメジメとした嫌らしい笑い方などではなく、からっとした大笑いの方である。それは一見にして冗談であることがよく分かるような笑い方なのだ。
そう、権蔵の事を昔からよく知っているガンエンだからこそ言える言葉なのである。
おそらくガンエンは、その干し野菜が権蔵たちにって貴重な食料であることは直ぐに分かった。
だからこそ、コウエンはその受け取りを断ったに違いないのである。
それはそれでいい。
だが、権蔵をよく知るガンエンだから分かるのだ。
――それであいつの気が収まるとも思えん……
権蔵は根っからの生真面目で強情もの。相手に借りを作ることを嫌がった。まして、その相手がガンエンとなればなおの事。死んでもその借りを返そうとすることだろう。
だからこそ、再び干し野菜をビン子たちに届けさせたのだ。
――それがもし、ここでワシがこの野菜を受け取らなかったりしたら……
権蔵の性格だ……金槌を片手に怒鳴り込んでくるかもしれない……「ワシの野菜が受けとれんとは、ガンエン! いい度胸じゃのぉ!」とでも……
そう考えたら、面倒くさい……マジで超!面倒くさい!
――こんな物でも受け取っておくのがお互いのためというものじゃ
そこまで、権蔵の事を理解しているガンエンだからこそ、冗談を言ったとしてもタカトやビン子は気を悪くするそぶりなど全くなかったのだ。
それどころか、タカトなどは既にガンエンの相手をすることに飽きたようで、古い建物の構造を興味深そうにキョロキョロと観察しはじめていた。
――だって、昔の建物は釘とか使わずに建てているんだから、マジ!すげぇよな!
そんなタカトの腹が鳴る。
ぐぅ~
――そういえば、今日は朝飯……何も食べてなかったんだ……
そう、タカトは昨日の夜、ビン子の風呂を覗こうとした罰で朝食抜きにされていたのである。
ガンエンは、そんなタカトを笑いながら見る。
「タカトやwww相変わらず、腹を空かせているようじゃなwwww」
そして、受け取った干し野菜をコウエンに渡しながら、「その様子だと二人は、まだ昼飯食べておらんのじゃろ」と、タカトとビン子を昼食に誘ったのである。
既にコウエンとオオボラがタカトたちのために食事の準備を始めていた。
てきぱきとオオボラの指示に従いコウエンが机の上に箸や食器を並べていく。
その様子を見るタカトは思う。
――というか……なんで、オオボラまで?
そう、オオボラはその身なりから見ても万命寺の修行僧ではない。しかも、スラムの住人ほど落ちぶれた感じはしなかったのだ。大方、貧乏な一般国民が万命寺に入り浸っているといったところだろう。
しかし、なぜ?
もしかして万命拳を習うため?
たしかに、その可能性はある。
だが、コウエンと息の合った作業を見ると……
――ははぁ~ん、やっぱりそういうことかwwwwハンカチwwwwハンカチなのねぇwwww♪
なんかオオボラがマジで可哀そう……タカトにハンカチの事を知られたばっかりに……
がんばれオオボラ君! 負けるなオオボラ君!
机の上に並べられた食事はタカト達をもてなすような仰々しいものではなかった。
先ほどの炊き出しで作った雑穀のスープを木のお椀に注いだだけのもの。
それもかなり薄めた感じ……というか……ほとんど白湯……
当然、それを見たタカトは……
「もしかして、昼飯って……コレだけ?」
と、不満をこぼした。
それを聞くガンエンはゲラゲラと大笑い。
「タカトや。やっぱりお前には物足りんか~」
「当然だろ! これでも俺はビン子と違って成長期だ!」
瞬間、ビン子はタカトをキッとにらみつけ大声を上げた。
「なんでそこで私を引き合いに出すのよ!」
タカトは嫌味な笑顔をビン子に向ける。
「だってwwwお前の胸なんて、万年、成長してないじゃないかwww」
カチ―ン!
ビン子がブチ切れた!
だが、この時、タカトは禁忌である「貧乳」という言葉をかろうじて回避していたのだ。
もし仮に、そのひと言を口に出していたならば……おそらく今頃、タカトの後頭部はビン子のハリセンでしばかれ、大きなタンコブを作っていたことだろう。
だが、ハリセンでどつかずとも、ビン子の気が収まっているわけではない。
ならば! 売り言葉に買い言葉!
「だったら! タカトのウィンナーだって小さいままじゃない! しかも、無駄にごつめの皮までかぶってるし!」
――ブッ! アイツ皮被りかよwww
それを聞くオオボラは噴出した。
タカトの奴! 成長してねぇ!
というか……これはマジで恥ずかしい!
コウエンなんて顔を赤くして聞いてないふりをしているではないか。
――この場合のウィンナーって……やっぱり、あれの事だよね……僕は……タコさんウィンナー嫌いじゃないな……
その二人の様子を見たタカトは赤面し激高した。
「ビン子! てめぇ! なんでこんなところでバラすんだ! 貴様は決して触れてはならぬ逆鱗に触れたんだぞ! その代償! その身をもって払ってもらうからな! 覚悟しやがれ!」
「なんですって! タカト! やれるものならやってみなさいよ!」
ハリセンを取り出し自分の手にバンバンと打ち付けるビン子は既に臨戦態勢!
そこに立っているのは、まさに鬼神! それはもう、万命寺の門に控えし鬼神なんかよりも恐ろしい!
その気迫、いや、その身にまといしオーラにはガンエンやオオボラ達もひるんでしまった。
ひぃぃぃぃぃ! こえぇぇぇぇぇぇ!
というか……こんな状況……タカトに勝ち目があるとは到底思えない。
そんなことは、タカト自身も分かっている……
だからこそ、何事もなかったかのように、お椀に注がれた雑穀スープに口をつけてすすり始めたのだ。
ずずず……
――ああ! 俺もビン子を打ち負かす力が欲しい!
って、お前の目的は母親の仇である獅子の顔をした魔人じゃなかったのかよwww
――というか……これ……なんだか塩の味がするな……
そう、いつしかタカトは泣いていた。心とともに顔面も!
――って、おれの涙と鼻水の味かよ!