オオボラという名の少年
だが、その鍋は宙でぴたりと止まった。中に入ったスープを少しだけ飛び散らせるだけで。
いや、正確に言うとそれは止まったのではない! 一人の男によって受け止められていたのだ。
「馬鹿野郎! お前! ふざけるなよ!」
声をあげたのはオオボラという名の少年。
年はタカトよりも少しだけ上といったところか。
だが、残念ながら、その見た目はかなり上。いや、かなりのイケメンという感じなのだ。
しかも、万命寺の僧のようにハゲではない。タカトのようにボサボサであるが黒ぐろとした短髪が生えている。そういわれれば、身につけている服も修行僧のものとは異なって普通の服だ。ボロボロといえども、その見た目からスラムの住人ではない。おそらく、タカトと同じく貧乏な一般国民といったところだろうか……しかし、そんな少年が、なぜこんなスラムにいるのだろう?何か理由でもあるのだろうか?だが、いるものはいるのである。
そんな少年が鍋をしっかりと両手でキャッチして中のスープをこぼさないようにしていたのである。
ちなみに、この鍋、鉄鍋……熱湯が入っているのだから当然、その表面はかなり熱い。
だが、オオボラは素手でその鍋の表面をしっかりと持ち、スープをこぼさないようにゆっくりとコウエンの前へと戻したのである。
当然、放した手のひらは真っ赤っか。
だが、痛いとも言うこともなく、何かゴミでもついたかのように手のひらを振りながらコウエンに向かって怒鳴り声をあげたのだ。
「お前も、さっさと配れよ! だから、こんなバカに邪魔されるんだろ! このとろま! いつも言っているだろが! 自分のなすべきことを必ずなせって!」
うつむくコウエンは頬を赤くする。
「ごめん……」
そして、また、突き出されるお椀にスープを注ぎ始めた。
タカトも鍋をこぼしそうになったことを申し訳ないと思ったのだろうか。
コウエンたちに混ざって炊き出しの手伝いを始めた。
道の傍ら、大きな机からはちょっと離れた場所。作業する人たちに邪魔にならないところで、タカトはうんこ座りをしながら芋の皮をむきはじめていた。
タカトの奴、よほどスラムの人たちが食べる鍋をこぼしそうになったことを後悔したのだろう。
こんなにまじめに作業をするのは、融合加工をしている時ぐらいしか思い当たらない。
それにしても、タカト奴、先ほどから見ていると上手に芋の皮を一枚だけをむいているではないか。
などという作者の声でも聞こえたのだろうかwwwタカトは心の中で叫ぶのだ!
――聞いて驚け! 俺が今使っている短剣こそ! 俺が融合加工した『お脱がせ上手や剣』だ! 服一枚! 美女の柔肌を傷つけることなくそのスカートやパンツのみを切り裂くことができるというすぐれもの!
そう!これこそ! かつてタカトが第一の門外から持ち帰ったカマキガルの鎌と権蔵の道具屋に売れずに残っていた短剣とを融合加工したものであった。
これは一見、服一枚、うす皮一枚のみを切るという、アホのような剣にも思える。
だが、タカトのようなずぶの素人であっても肉を切ることなくその皮一枚だけを切ることができるという名刀! いや……謎刀なのであった。
――これを作るためにどれだけ試行錯誤を重ねたことか……
そう……成功とは一日にしてならず……
服一枚、皮一枚のみを切りさくという高度な芸当。何度試しても肉を切り裂いてしまう。
何回、店の前にある大石に剣をたたきつけて折ったことだろう……
まさに、心が折れそうになったその時……
――あ……確か……変なオッサンからアイナちゃんの写真集を貰ったのこの頃だったかwww
そう、タカトが試作した『お脱がせ上手や剣』の失敗作。パンツだけでなくその肉に割れ目を作ってしまうという失敗作。それを石川県在住の五右衛門に渡し、代わりに手に入れたのがアイナチャンの写真集『熱いうちに召し上がれ♥』であった。
それはエプロン姿のアイナがエビフライの調理をしている姿が収録されている代物。
一番の見せ場は、極太エビフライを口に含みながら「もう大きいんだ・か・ら♥」と上目遣いで上気したポーズしているページだ。
口角からわずかに垂れる白いタルタルソース。
もう、これを撮った写真家のこだわりが見え隠れする至高の一品である。
――俺のエビフリャイも食べさせてぇぇぇえぇ♥
(って、あんたのはエビフライじゃなくて小さなウィンナーですけど! 残念! byビン子)
もう、その写真集のアイナちゃんを思い出した瞬間! タカトは芋の皮をめくるのではなく、自分のズボンの中にある小さなウィナーの皮がむけてしまった。
だが、ココでウィンナーの皮をもとの状態に戻すわけにはいかない。
というのも周りにはスラムの人間たちや万命寺の僧たちが多くいた。
しかも、タカトの背後ではコウエンとビン子が楽しそうにおしゃべりをしているではないか。
――こんな状態でズボンに手を入れ、ウィンナーをしぼませようものなら……変態認定されかねん。絶対!ビン子の奴なんて「不潔!」って怒鳴りながらハリセンでシバキにくるに決まっている。しかも、コウエンって奴は女の子らしいではないか……まだ、オッパイももませてもらっていないのに変態認定されてはその目もついえる……って、俺、まだ誰のオッパイももんだことないんですけどねwwwwしかし!ああ!こんな時に限って『筋肉超人あっ♡修マラ♡ん♡』がないことが悔やまれる!
『筋肉超人あっ♡修マラ♡ん♡』とは、どんな所でも、背中に担いだ修君から伸びたアームがムフフな本をがっちりとホールド&スカートめくり、いやページめくりをしてくれる超便利品! そして何を隠そう! 自分の両手が必ずフリーとなる優れモノなのである! そう!これでコンビニで立ち読みしても困らない! 自分の手をズボンの中に! そして!完読&フィニッシュ!あっ♡ができるタカトの作った融合加工の道具であった。
だが、『筋肉超人あっ♡修マラ♡ん♡』は、昨日、ツョッカー病院に行った際に壊れてしまった。なので……現在、タカトの部屋で修理中なのだ。
しかし、こうい時に使えないとは悔やまれる。後悔先に立たず……でも、ズボンの中はポッキ立ちwww
――ならばどうする!
――どうする俺!
――いや待てよ! ちょっと待て!
タカトのほんのちょびっと横には先ほど飛んで行った鍋をつかんだ少年が並んで座っていたのだ。
それをチラリと見たタカト少年。
なぜか……うんこ座りしている足が徐々に徐々にとオオボラの方へとスライドしはじめた。
――奴のウィンナーを膨らませることができれば、ビン子たちの変態認定は奴に向くはずwwww
って、全く!全然!その思考の意味がわかりませんwwww(by作者)
ついにオオボラの真横まで近づいたタカト。
その耳元に息を吹きかけ……小声で話しかけた。
「兄さん……兄さん……いいものがあるんだけど……」
そして、タカトはポケットの中からあるものを取り出した。
それはポケットティッシュ!
だが、普通のポケットティッシュではない。
風俗宿の広告が印刷されたポケットティッシュである。
どこぞの日本などと違って広告規制などあるわけもない。
そのため、あらわにむき出しにされた大きなスイカの上に小さなイチゴたんがチョコンとのっているのだ。
商店街の裏道でこのティッシュを貰ったタカトは宝物として常にポケットの中に入れていた。
そんな宝物をこれ見ようがしにオオボラに見せたのである。
――どうだ! これで奴も! ポッキ友達!
だが、オオボラは何の反応も見せない。
相変わらず、黙々と芋の皮をむき続けるだけ。
それを見たタカトは思う。
――奴も男! これを見て反応しない訳はない! おそらく奴はムッソリーニ! いやムッツリーニ!
ということで、タカトはオオボラの股間を確認するかのように頭をかがめて覗き込んだ。
だが、そこに広がるのは、なだらかな丘陵地帯
険しい山(1/100スケール弁天山標高6.1m日本一低い自然の山)がそそり立っているタカトと違い平穏が広がっていた。
――コイツもしかして不感症か?
いぶしがるタカトは、オオボラの顔を下からのぞき込むように見上げた。
――あれ? コイツの顔……どこかで見たことあるような気がするな……
だが、思い出せない。
これがもし女性(美女)の顔なら脳内のスパコン腐岳に半永久的に記憶されるのであるが、男の顔となればコンマ3秒で記憶から消去されてしまうのだ。
だから、どうにもオオボラの顔が思い出せないのである。
(だって!仕方ないだろ! 俺には融合加工(+エロ本の内容)など覚えるべきことがいっぱいあるんだから記憶容量は大切にしないといけないんだよ! byタカト)
オオボラは、その様子をちらりと見るが、何も言わずに芋の皮をむき続けていた。
その集中力……すでに、芋の皮をむくことに飽きているタカトとは大違いである。
だが、下から覗きこむタカトがよほどうっとうしかったのだろうか。
「さっきのことは気にしてないから手を動かせ」
と、芋の皮をむき続けながら抑揚のない声で命令した。
それは、まるでアホはほっとけと言わんばかり……タカトの顔など見やしない。
ただただ……その眼は一点、芋の中心をじっと見つめ続けているばかりだった。
というか……このオオボラ君……もしかして……
タカトが鍋をひっくり返したことを後悔していると思っているのだろうか?
オオボラに熱い鍋を掴ませたことをすまないとでも思っているのだろうか?
この少年、口は悪いが根は優しいのかもしれない。
だが、彼は君とは違うのだよ! 君とは!
そう!彼はザク! いや雑魚なのだ!
そんな雑魚がひらめいたような表情を浮かべた。
「アッ! お前! あの時、コンビニで俺が買おうとしていたハンカチを持っていった奴か!」
あの時のコンビニ……それは、タカトが第一駐屯地の門外からカマキガルの鎌を持って帰る途中に立ち寄ったコンビニ。門外に出たことを権蔵にチクられないようにするためにビン子を買収しようとたちよった。そこでビン子が気に入った古ぼけたハンカチを購入しようとしたのだが……なぜか銅貨一枚足りなかったのである。そんな時、背後から忍びよってきた少年がそのハンカチをかっさらっていったのだ。そう!何を隠そう!その時の少年こそが、まさしくこの男!オオボラであった。
「お前! あのハンカチをどこにやった!」
タカトは立ち上がると偉そうにオオボラを見下した。
「お前じゃない。俺にはオオボラという名がある。お前にお前呼ばわりされる筋合いはない」
相変わらず芋しか見ないオオボラ。
タカトはその様子に少々カチンときたのか、
「俺こそ!お前にお前呼ばわりされる筋合いなんてねぇ! おれにもタカト様という名前があるんじゃ! 覚えとけ!」
「タカト様ねぇ~『様』ということは、きっとどこぞのお偉いさんなんでしょうな~そのタカト様とやらは」
オオボラは芋を向きながら適当におちょくる。
だが、タカトはそのおちょくりを誉め言葉にでも受け取ったのだろう。手を腰にやり胸を張って笑いだしたのだ。
「わはははははは! よく分かったな! オオボラとやら! 俺はこの国一番の融合加工職人! 融合加工を極める男だ!」
その言葉に初めてオオボラが反応した。
と言っても口角だけがピクリと動いただけなのだが……
そして、押し殺すように言葉をこぼす。
「ちっ……融合加工で貧しい人たちが救えるのかよ……」
だが、タカトは地獄耳。ビン子ほどとは言わないが自分の悪口だけは聞き逃さない!
「融合加工で人が救えるのかだって?」
タカトは相変わらず偉そうにオオボラを見下しながら鼻をこする。
「救える! 俺の融合加工で必ず幸せにして見せる!」
この時、初めてオオボラはタカトの表情を見上げた。
――こいつ……何言ってやがるんだ……融合加工で人が救えると……本当に思っているのか……
たしかに融合加工の技術は武器や防具と言った争いに使うものだけでなく生活を豊かにする。
だが、その技術の恩恵を受けるのは常に神民たちなどの上位の身分だけなのだ。
このスラムに住む最下層の人たちにとっては全く関係ない話。
それが、全ての人とは大きく出たものだ……
――ちゃんちゃらおかしい……どうやら、こいつも……神民になりたいという口か……
神民になれば貧しい生活ともおさらばできる。
やりたいことだってできるようになるのだ。
――融合加工で人を救う? そりゃ、神民にでもなれば、人助けごっこもできるだろうよ……それどころか、マジで人助けだって……やろうと思えばできるんだ……
オオボラはナイフの使をギュッと握りしめる。
――俺だって……神民になれさえすれば……
そして、自分に言い聞かせるかのように口をかみしめうつむいた。
だが、タカトはそんなオオボラなどそっちのけで自分に酔いしれていた。
「俺はな! 全ての人!このスラムにいる人たちだって俺の融合加工で笑顔にしてみせる! 絶対に! それが、母さんとの約束だからな!」
タカトは空の彼方を指さし大きな声で吠えた!
――このスラムにいる人たちも⁉
はっと顔を上げるオオボラ。
タカトの眼をじっと見つめた。
その指先が一体なにを指しているのかまったく分からなかったが、彼の態度、いやみなぎる自信だけは妙に眩しく映った。
オオボラは今の自分では何もできない……と、思い続けていた。神民にならないとスラムの人たちを救えないと思っていた。それなのに、目の前のバカときたらそんなことそっちのけで救うと言い切ったのだ。
――馬鹿だ……こいつ……絶対に馬鹿だ……だが……なんだ……この気持ち……
オオボラは自分の心の奥底に何かくすぶるものを感じた。
「ま……まぁ……頑張ってお前の信じる道を歩むこったな……銅貨5枚(50円)のハンカチも買えない貧乏人『様』が……」
今のオオボラにとって、それを言うのが精いっぱい。
理由は分からないが何か負けたような気がしたのである。
だが、今度はタカトがカチ―ン!
銅貨5枚(50円)のハンカチが買えない貧乏人『様』と言われたのだ。
あれほどタカト『様』と言ったのに、自分の事を貧乏人『様』と言いよったのである!