表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/25

いつもの二人のはずだった……

「ハァ~面倒だな~」

 今は昼下がり、タカトは腕を組み森の小道を歩いていた。

「タカト!さっきからうるさい!少しは黙れないの!」

 その後ろを怒った様子のビン子がついて歩く。

 どうやら、長々と続くタカトの愚痴を小一時間も聞かされているとうっとおしくなったらしい。

「なぁ、ビン子。お前だけで万命寺に行って来いよ」

 この二人、権蔵から昨日のお礼を言いに万命寺へ行くように言われたのだ。

 昨日の出来事……それはコウエンが寺に持ち帰る食料をタカトとビン子に与えたこと。こともあろうに、この二人はその食料を病院に寄付してしまったのである。

 まぁそんなことは権蔵は想定内。

 だが、コウエンは万命寺の修行僧。すなわち、食料は万命寺の食べ物なのである。

 そんな食べ物を失わせてしまったのだ。何らかの形で落とし前をつけないと権蔵自身が大変なことになってしまう。

 ということで、権蔵は、昨日、コウエンに渡しそびれた『なんだかわからない干し野菜』をタカトに持たせたのである。

「なんで私だけがいかないといけないのよ!」

 ビン子の怒鳴り声が森の中に溶け込んでいく。

 ココは権蔵の道具屋と万命寺をつなぐ深い森。その中を通る小道の周りには天にも届きそうなほどの木々が壁のように生い茂っている。こんな深い森……少しでも緑の中に足を踏み入れようものなら、うっそうと茂った下木や草などで、あっという間に帰り道を見失ってしまいかねない。

 そんな森の奥からは、先ほどから生き物なのか鳥なのか分からないような鳴き声が時々聞こえてきていた。

 いや、それはもしかしたら動物などではなく魔人世界から聖人世界に迷い込んだ魔物たちの鳴き声かもしれない。

 現に、タカトや権蔵はこの森の中で食べるモノを探している。

 それは日々の食料。多くは根菜や聖人世界に巣くう獣の肉である。だが、当然、その中には電気ネズミといった魔物も含まれていた。

 すなわち、この森の中には魔物も多く潜んでいるのである。

 だが、魔物もまた生き物。

 聖人世界に迷い込んできた魔物たちは魔人世界と違う環境におびえる。

 いつもであれば人間を捕食する立場であるにもかかわらず、多くの魔物たちは人間を恐れるのだ。きっと、数で劣る自分たちが人間に見つりでもしたら、すぐさま殺されてしまいかねないということを本能的に感じとっているのだろう。

 だからこそ、人の往来の多い道などには、よほど腹が減っていない限りめったに出てこないのだ。

 といっても、この小道……人の気配などありはしない。

 道の上に見えるのはタカトとビン子の姿のみ。

 だって……この先にあるのは万命寺だけなのだから……誰も通るわけがないのだ……そう、誰も……

 

 緑の壁のように連なる両脇の木々が次第に小さくなる。

 あれほど薄暗かった小道が徐々に明るくなり出すと、ついにタカトたちは森を抜けだしていた。

 見通しのよい小さな草原。

 それは森の中にできた10円ハゲといったところである。

 目の前には緑に囲まれた険しい山がそそり立っているのがよく見えた。

 そのふもとには一つの古い寺。

 それがタカトたちが目指す万命寺である。

 

 タカトとビン子は10円ハゲ、いや、小さな草原にのびた小道をさらに奥へと進んでいく。

 だが、再び森の緑に捕まった。

 先ほどまでタカトたちを覆いつくしていた森が、再び小道を覆いつくしたのである。

 薄暗い森の中。

 枝葉の隙間から差し込む日の光が、小道の上にまだら模様を描いている。

 そんな光の円を踏みながらタカトとビン子は相変わらず言い合いをしていた。

「タカト!いい加減にちゃんと歩きなさいよ!」

「え~ビン子ちゃん~ボクちん、疲れちゃったぁ~もう~あるけないよぉ~」

「いっぺん!シバこうか! ハリセンでシバいたら歩けるかもしれないし!」

 バン!バン!バン!

 ビン子がハリセンを自分の手にたたきつけながらタカトを威嚇する。

 ハリセン……それはビン子の秘密兵器!

 タカトがロクなことを(特にエロイことを)しでかした時に、天誅として振り下ろされる代物なのだ。

 当然、当たればとにかく痛い。

 死にはしないが、意識が少々吹っ飛ぶのである。いや……意識だけではない、頭が吹っ飛び土の中にめり込んだり、ホームランボールのように遠くに飛んでいったりするのである。

 ――さすがに……あんなものでシバかれたら……

 顔を引きつらせるタカト。

 ビン子の顔はマジである。

 どうやらこれ以上、ビン子をおちょくることは得策ではないようだ。

 それに気づいたタカトは、口を閉じて道を歩き始めた。


 というより、さすがのタカトも口を閉ざさざる得なかった。

 森を抜けた先……そこは万命寺。

 万命寺のはずだった……

 だが、先ほどまでみずみずしかった緑の風景が一変していた。

 切り倒された木々。

 うっそうと茂っていた草花などは、踏みつけられて枯れていた。

 ところどころに見える土の表面。いや……進めば進むほど乾いた土の表面が広がっていく

 時折舞い上がる砂ぼこり……その中に粗末なテントが数多く立っていた。

 棒に布を張っただけの粗末なテント。

 陰からは干からびた目がじっとタカトたちを見つめている。

 そうココは、スラム街……

 奴隷の身分から逃げ出した者……

 仕事に就けない罪人たち……

 納税できずに追われた一般国民……

 融合国にとって必要とされないものたちが、おのずとここに集まってきていた。

 どこにも行き場のない彼ら……

 食い扶持を得ることができない彼ら……

 そんな彼らを救おうと万命寺が少ないながらも日々の施しを与えていたのである。


 テントが両脇に並ぶ小道。

 タカトは浴びせられる視線を避けるかのように頭の後ろに腕を組み素知らぬ顔で歩いていた。

 だが、見ようと思わなくとも見えるもの……

 タカトの視界に一つのテントが見えた。

 破れた天幕から差し込む光がテントの内側をほのかに映し出す。

 中には一人のやせ細った女。

 黒く汚れた乳を乳飲み子に吸わせていた。

 だが、よくよく見ると乳飲み子の干からびた唇からは乳首がこぼれ落ちている。

 おそらくもう、咥えるだけの力がないのだろう……

 いや、もしかしたら、すでに……

 テントの中では女のかすれた子守唄がひびいていた。

 ――ここは特にひどいな……

 日ごろオッパイに目がないタカトでさえ思うのだ。

 融合国、いや、この聖人世界は神民のために存在していると言っても過言ではない。

 騎士の不死性を支える神民たち。

 神民たちを支えるということは騎士を支えるということと同義なのである。

 そんな神民たちのために一般国民は重税を課せられていた。

 しがない道具屋である権蔵でさえも、利益のほとんどを税として持っていかれるのである。

 しかも、まして、タカトが毎回のように失ってくる売上金。

 税金を払う原資のない権蔵はしれを支払うために借金までしているのだ。

 そうまでして支払わなければならない税。

 もし……その税を不当に逃れようものならば、脱税者、いや罪人として死刑となるのである。

 権蔵はタカトとビン子を守るため、死に物狂いで税を納めていたのだ……

 そのため、日々食べる食料などあるはずもなかった……

 だが、幸いにも権蔵には獲物を狩るという手段が残っていた。

 しかし、それは危険な行為、誰にでもできる行為ではなかった。

 昔、第七門外の駐屯地にいた権蔵だからできること。

 森の中には動物以外にも魔物だって出てくるのだ。

 もし、中型の魔物にでも出会おうものなら普通の人間などひとたまりもない。即死である。

 それがたとえ小型の魔物であっても、小さな噛みキズひとつで人魔症を発症しかねないのだ。

 そんなものだから、ここにいるスラムの人間たちは、よほどのことがない限り森の中に入ろうとしない。

 夜中、一般街にでも出向きゴミ箱をあさっている方が、よっぽど安全なのだ。

 そんなスラム街の生活。

 だが、このスラムはとりわけひどかった……

 というのも、スラム街自体は融合国を取り囲むかのようにいたるところに点在していた。

 しかし、その多くは犯罪者の集まりの無法地帯と化していたのである。

 そんなものだから、ここはそんな無法地帯から命からがら逃げてきた人々の最後の終着点となっていた。

 そう……ここにいるのは……この融合国で最弱の人たち……どこにも居場所のない者たちの集まりである。

 年老いたジジイ……死にかけのババア……

 身を守るすべを持たない年端の行かぬ子供たちに加え、使い物にならなくなった娼婦たちのように怪我をしたもの、病気を患ったものたちが多くいた。

 もう……誰からも救いの手を差し伸べられない人たち……

 世界から見捨てられた最下層の人間たち……

 だが、そんな最下層であっても不思議と緑女の存在は見受けられなかった。

 その存在は、さらに下……

 全てのものから忌み嫌われ虐げられる存在である緑女たちにとって、ココでさえも居場所など分け与えられることがなかった……

 

 今にも崩れ落ちそうなテント。タカトはその群れの中を通り抜ける。

 暗いテントの中から向けれる干からびた視線。それをわざと無視するかのように素知らぬ顔で歩く。

 ――なるべく見ないように……見ないように……

 さっきの女のような姿を見てしまうと、今度こそ自分の足が動かなくなってしまいそうなのだ。

 だからと言って、今の自分が何かしてやれるわけでもない……

 だが、このままでいいのかと言われれば、いいとも思えない……

 ――でも……今の俺に何ができるって言うんだ……

 それが分かっているからこそ、タカトは何も見ない、いや、見えないふりをする。

 それは目の前にある大きな問題を先送りするという愚鈍な人間の本能……

 だが、その本能のおかげで無能な人間は日々、貧しくともつつましやかに生きていけるのである。

 ――こんな人たちを救うことができる奴ってのは、ほんの一握りの英雄だけ……でも、俺はそうじゃない……そうじゃないんだ……

 タカトは自分に言い聞かせるように歩くスピードを速めた。 


 万命寺の門前につながる大きな道。そこはさながら広場のようになっていた。

 あぜ道と野原の境界、大きな道の傍らには大きめの粗末な机が二つほど並べられ、その奥ではかまどが湯気を立っている。

 周りには炊き出しをするハゲ頭、もとい万命寺の僧侶たちの姿が忙しそうに行き来する。

 その中に見覚えのあるハゲ頭が一つ。そう、昨日、世話になったコウエンである。

 タカトはコウエンを見つけると足早に近寄った。

 そして、その前に立つと挨拶もせずに声をかけた。

「なあ! お前って女だったのか?」

「ちょっと! タカト! いきなり何言ってんのよ!」

 ビン子はタカトの後ろで顔を真っ赤にしながら恥ずかしそうに声をあげていた。

 普通、こういった場合、「こんにちは」とか「昨日はお世話になりました」という定型句から入るのがセオリーなのだ。

 それが、いきなり「女だったのか?」などとは失礼極まりない。

 そんな礼儀知らずな言葉、ビン子が恥ずかしがるのは無理からぬこと。

 だが、タカトもタカトで仕方なかったのだと作者は思う。

 今まで見てきたスラムの様子……そんな中で、普通の会話をしたところでタカトのテンションが上がらない……おそらく次の会話につなげる自信がなかったのかもしれないのだ。

 (って、タカトがそんなこと思う訳ないじゃない! ただ単に自分が聞きたいことをストレートに聞いただけよ! だって!タカトはバカなんだから! byビン子)


「女で悪かったか」

 コウエンはタカトを見ることもなく、スラムの住人達から突き出される粗末なお椀に雑穀スープをよそいながら答えた。

 前に並ぶ列は数十人に上る。

 よそってもよそっても次のお椀が出てくる。

 そんな状況のコウエンにタカトを睨みつける余裕などなかった。


 だが、その様子を見たタカトは腕を組み一人うなずく。

「そうかwwwそうかwwww」

 どうやらコウエンの言葉に納得したようだ。

 そして、忙しそうにしているコウエンに両の手を伸ばしはじめたのである。

 それはまるで、鍋を混ぜるオタマを俺によこせと言わんばかり。

 それを見たビン子は思う。

 ――タカトって口ではろくなこと言わないけど、困っている人がいたら助けてあげたいって思うんだよね♡きっと♡コウエンのことを手伝おうと思っているのね♡

 だが、タカトの手はオタマの上の通り過ぎる。

 ――え? なんで? byビン子

 そして、そのままコウエンの胸元へと近づきはじめたのだ。

「いやぁwwwwそれなら、おっぱいもませてくださいwwww」

「馬鹿なの! タカト! あんたって本当に馬鹿なの! 私の感動を返しなさいよ!」

 ビシっ!

 ビン子のハリセンがテニスのフォアハンドストロークのようにタカトのにやけた後頭部を打ちのめした。

 ちなみにフォアハンドストロークによって打ち出されるテニスボールの初速は時速80km以上!

 そんな速度で打ちだされたタカトの頭は凄いスピードで飛んでいく!

 だが、残念ながらテニスボールと違い、その頭には胴体がくっついていた。

 さながら、それは紐のついたテニスボールと言って過言ではない。

 伸びきった体に引っ張られるかのようにタカトの頭が弧を描いて勢いよく落ちていく。

 バちゃん!

 その先にあったのは……雑穀のスープの入った鍋。

 ちなみにこの鍋……先ほどまで火にかかっていた鍋である。

 すなわち! そのスープは!ほぼ熱湯!

「あっちぃぃぃいいいいい!」

 瞬間! タカトの顔は鍋から飛び出した。

 そして、当然のごとく!その反動で鍋は吹き飛んだ!

 その鍋はスラムの人たちのためにせっかく作ったモノ!

 これしか食べるモノがないという住人だっているのだ……

 それなのに……それなのに……タカトがその鍋をひっくり返しよったのだ!



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ