オカルト4
陽の光が赤みがかってくる。教室や廊下は鞄を持った生徒でごった返しており、喧騒に包まれていた。
しかし、その喧騒には普段とは違った様子が見受けられる。
「おい、大宮! 見たかSNS」
「あぁ、見たよ」
勢いよく教室に入ってきた栗木は、興奮した様子で伊吹に声をかけた。その一方で、自分の席に腰掛けたまま、伊吹は淡々とした口調で返事をした。
「山名のSNSが更新されてるって。めちゃくちゃ噂になってるぞ!」
栗木は自分のスマートフォンの画面を伊吹の目の前に突き出した。
「見て驚いたぞ。林間学校の写真が投稿されてるじゃないか。いったい誰の仕業だ? 山名ってオカルト同好会に入ってたし、学校の七不思議なんて言ってるやつもいたぞ」
「そうだな」
伊吹は微笑みながら適当に返事をする。栗木はすぐに別の生徒のところへ向かった。
「予約投稿でしょ?」「このタイミングに?」「いや、絶対誰かのいたずらだって」と言った声も聞こえてくる。
「……思ってるより話題になるもんだな。いい歳して、学校の七不思議だって? いつの時代だよ」
伊吹は鼻で笑いながら、教室の窓から外を眺めていた。
〜〜〜
オカルト同好会の部室に女子生徒が一人。教室の中の混沌とした備品の中から学習用タブレットを今まさに取り出し、確認しようとしていた。
「大体の場所は分かった。けど隠し場所までは分からなかったよ。だからああやって投稿すれば、犯人も隠し場所もわかるかなって――」
其処に伊吹が部屋へと現れて、タブレットを盗んだ犯人に背後から声を掛ける。女子生徒は声の方へ振り返った。
「――林間学校でとった写真ということは、レポート用の写真ってことだからね。ポストの内容を見てタブレットの中身だと思った。で、確認しに来たってわけだ。碧さん。タブレットを盗んだのは君だね」
伊吹の後ろには琥珀もついて来ていた。しかし、碧は琥珀に気付いた様子は無い。
「置いてる場所……、バレてたんですね。まんまとおびき出されちゃったと……。あのポストは伊吹先輩がやったんですか? どうやって投稿したんですか? 掛かってるパスワードは私でも分からなかった……」
碧は少しバツの悪そうな表情をしたあと、凛とした面持ちで疑問を投げかける。
「もちろん特殊能力のサイコメトリーを使って……、なんて訳もなく。ただ知ってて当然だったってだけだよ」
「え? どう言う事ですか?」
碧の声には明らかな困惑が含まれていた。彼女の眉は寄せられ、額にはかすかなしわが寄る。
「ちょっと貸して」
伊吹は手を差し出し、碧からタブレットを受け取ると、そのタブレットのロックを指紋認証で解除した。画面が明るく灯り、ホーム画面が表示される。
「え! 解除出来るってことは……、これ先輩のタブレットなんですか?」
碧の目は大きく見開かれ、その声には明らかな動揺が含まれていた。
「本は使い手によって特徴が出るかもしれないけど、タブレットなら外見だけでは分からないよな」
伊吹は微笑みながら、タブレットの画面をスクロールしている。
「なら、あの投稿はどうやって……」
「無くなった琥珀のタブレットはこっち」
伊吹は持っていた鞄から、碧が手にしているものと同じ学習用タブレットを取り出し、碧に渡した。二つのタブレットは全く同じ外見をしている。
「ど、どういうことですか? 確かにお姉ちゃんのものから持ってきた物なのに……」
「……よく課題を手伝わされてたんだよ。それでタブレットを交換することもよくあった。だからパスワードも知ってた。委員会が個別で管理していても、パスコードがかかっていたら誰のか外見からは分からないから、入れ替わっていても誰も気づかなかったんだよね」
伊吹はため息をついたあと、あきれたように答え、微笑みながらタブレットのロックを解除してみせる。その一方で琥珀は、碧の後ろでバツの悪そうに、額を人差し指で触りながら苦笑いをしていた。
「お姉ちゃん。そうだったんですね……」
碧は俯いて力なく答えた。
「と、いうことで返してね。実際、琥珀のタブレットを持ってたのはこっちだし、いい感じに学校に返却しとくよ」
伊吹は碧の持つタブレットに手を伸ばす。碧は抵抗することも無くタブレットを伊吹に渡すと、再び俯いてしまった。
「どうしてタブレットを盗んだか聞いてもいい?」
伊吹はタブレットを鞄に仕舞いながら問いかける。
「ただ、お姉ちゃんが生きていた明かしに縋っていただけです。本当はこんな事しても意味は無いけど……、でも……」
碧は俯きながら、ほとんど聞こえないほどの小さな声で続けた。彼女の指先は自分のスカートの裾を強く握りしめている。
「お姉ちゃんが死んだのは私のせいなんです。あの朝、すごく、……些細なことで喧嘩して。意趣返しに家から出るときにお姉ちゃんの自転車の鍵も持って出たんです……。だから……、だから、遅刻しそうになって……」
碧の言葉は涙でかすれ、最後は震える唇から絞り出すように言葉を紡いだ。
(なるほど、だから……)
そこを、不意に伊吹の背後から琥珀が現れると、泣いている碧を抱きしめた。
「あの時歩いて学校に行ったのは雨が降りそうだったから……、それで遅刻しそうになったのはわたし自身のミスだよ。それに本当に悪いのは、居眠り運転をしていたあのトラックの運転手なんだから」
琥珀の声は柔らかく、優しい風のように碧の耳元で囁いた。
「お、おおぉ、お姉ちゃん⁉」
碧は目を見開き、全身が硬直したように動きを止めた。彼女の顔には信じられないという感情が浮かび、震える手で後ろを振り払う。しかし琥珀は、再び碧の両肩にそっと触れる。
「ごめんね、帰れなくて……。元気にしてた?」
碧は、顎が外れんばかりの大きな口を開けたまま、後ずさりしたかと思うと、急に振り返って、走った拍子に部屋の扉に右肩を盛大にぶつけた後、廊下へと見えなくなった。
「あー、えーと……、見られて問題ないのか?」
「まあ、何言っても信じられないでしょ? 体の良いオカルト話でおしまい」
伊吹は何事もなかったと装うかのように、他に何を言うでもなくそう疑問を投げかけると、琥珀は微笑みながら答えた。
「あの勢いは、間違いなく七不思議入りかな」
伊吹は失笑しながら答えた。
その様子を碧が出て行った扉とは反対側の扉裏に張り付いて様子を伺う女子生徒が一名……。
二葉は苦虫を噛み潰したような顔でやり取りを見ていた。