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オカルト3

「いや、懐かしいね。ずいぶん久しぶりに来たような気がする。全然変わってない。まあこっちはそれほど時間が経っていないから当たり前かぁ」


 碧が去って暫くして琥珀が不意に現れた。琥珀は周囲を懐かしそうに見渡し、指先で机の端を撫でるように触れていた。琥珀の声は伊吹にのみ届いているようである。周りの生徒達は教室の片隅でくつろぐ琥珀の姿に気付いた様子は無く、まるで彼女が其処に存在していないかのようであった。


「……琥珀」


「ん? どうかした?」


 伊吹は困惑する一方、琥珀は当たり前ながら平然としていた。


「いや何でも……、ところで、来ても問題ないのか?」


「大丈夫だよ。私の異能力で普通は見えないから」


 琥珀は悪戯っぽく微笑む。その表情には少しの誇らしさも混じっているようだった。


「なるほど、なんと言うか……、君達姉妹は二人してそんな感じなんだね……」


 伊吹は琥珀の方を向かず教室の正面を向いたまま小さく囁く。その発言に琥珀は首を傾げる。


「そういえば昨日も周りに人が居たけど誰も気づいてなさそうだったな。認識を阻害できる異能力かぁ……。定番の強力な異能力だな。面白そうだし異能力と、あと……、魔法?について教えてよ」


「いいよ」


 琥珀は窓辺から離れ、伊吹の隣の空き席に腰掛けながら笑顔で答えた。


「まず、異能力はある意味生まれ持った力なの。だから、特に呪文も道具も必要としない。私の場合……、ただ意識を向けるだけで周りの人から私の存在を隠せたりする。ちなみに伊吹のことも違和感ないくらいに知覚できないようにしているから、気にせず喋ってもいいよ」


「ふーん」


 教室の喧騒は相変わらず続いている。誰一人として彼らの会話に気づいていない。


「異能力は一人につき一つの要素しか持てないの。私の場合はこの……、認識の操作。その代わり、その範囲なら制限無くいくらでも使える。ただし、体調が悪かったり、ある意味精神力的な限界が、異能力をうまく制御する限界かもね」


「なるほど。じゃあ魔法は根本的に違うってわけだ」


「そう。魔法は基本的に誰でも学べるものよ。異世界でなら……。ただし、習得には地道な努力が必要で――」


 琥珀は懐から小さな本を取り出した。革張りの表紙は使い込まれた跡があり、所々に金色の装飾が施されている。その本は日本語でも英語でも無い謎の言語で書かれている。琥珀がパラパラと頁を捲る毎に、幾何学的な図形が幾つも散見できた。


「――呪文を覚え、正確な手順を踏まないと発動しない。それに、使える魔力にも限界があるから、使いすぎると使えなくなっちゃう」


「なるほどね。聞いてる限りテンプレートに収まったわかりやすい設定だね。とりあえず、異能力の方が便利そうだな。でも使える人は希少とかそういう感じかな?」


 伊吹が微笑みながら答えた。


「その通り。まあ、一長一短かも。異能力は確かに使いやすいけど、どんな力を持って生まれるかは運次第。実用性の低い能力を獲得する可能性は決して低くないし、伊吹の言う通り使える人が異世界ではとてつもなく少なかったから。もしかすると、わたしの異能力に見込みがあったから異世界に呼ばれたのかもね。その点、魔法は体系化されていて……」


 其処へ、一人の女子生徒が近付いてくる。琥珀はそれに気づくと言葉を止め、少し身を引いた。


「伊吹くん。少し良いですか?」


「……どうかしたのか? 二葉」


 伊吹は少し姿勢を正して応える。二葉は伊吹の席にまで来ると、少し迷うように目線を落としながら伊吹に話しかけた。勿論琥珀には気付いていない様子である。琥珀は二人のやり取りを静かに見守る積りのようだ。


「……どうやら、気持ちの整理が多少は付いたみたいね。そんな中申し訳ないんだけど、琥珀さんが使っていた学習用タブレットが無くなったらしいの。学校には、遺品として回収したあとに、返却されていたらしいんだけど。その後に無くなったらしくて……。彼女と親しかった伊吹くんなら、何か知らないかなって」


 二葉は教室の前に視線を向ける。この学校ではタブレット端末が学習用端末として生徒一人一人に配布されている。授業に使う場合を除いて、生徒は登校した段階で、教室前に如何にもといった感じで新設された、専用の充電ラックに収納する事で管理されていた。


「……いや、知らないな。こっちでも探してみるよ」


 伊吹の視線は一瞬、隣に座る琥珀の方へ流れた。琥珀は困惑したように肩をすくめて見せた。


「ありがとう。あと、その……」


 二葉は途中で言葉を濁す。


「うん?」


「いや、何でもない。また何かあったら教えて」


 二葉が去った後、琥珀が伊吹の横で首を傾げた。


「遺品からって、持ってたやつってこと?」


「そうみたいだな」


 伊吹は小声で答えながら、考え込むように顎に手を当てた。


(当人を前にして当人の遺品の話とは……。とりあえず目の前の人物が本物かどうか調べるには丁度いいか――)


「――まあ、探したほうが良いかな」


「誰かが盗んだって事?」


 琥珀は不思議そうに眉を寄せた。


「だろうな。そうじゃない方が有り難いけど……。なんか便利そうな魔法とかあったりしない? 異世界転移者さん?」


 琥珀はすぐに何か思いついたような表情を見せた。彼女の目が一瞬、宝石のように輝いた。


「もちろん、手っ取り早い方法が有るよ」



 〜〜〜 



 二人は、誰も居ないグラウンドの端、校舎から最も遠い場所にやって来ていた。


 琥珀は、グラウンドに白線を引く為に使うライン引きの器具から、炭酸カルシウムのパウダーを手に取り、地面に丁寧な動作で何かを描き始める。


「で、何してるの?」


「魔法陣を描いてるの。探索魔法のね」


 琥珀が立ち上がり顔を上げる。地面には外周を長径約二メートルの真円に囲まれた、幾何学的な模様の法陣らしき物が描かれつつある。

 伊吹は、方陣を描いている琥珀の後ろ姿を見ているうちに、(うなじ)が目に付く。


(あれ? そういえばいつも何かのネックレス着けてたけど、今はつけてないな)


「――聞いてる? 借りたタブレットでいいんだよね?」


「あぁ、うん」


 そうこうしている内に、魔法陣が完成していた。複雑な模様が地面一面に広がり、幾何学的な美しさを放っている。

 琥珀が魔法陣を動作させると、パウダーが不思議な動きを見せ始める。まるで意思を持ったかのように浮かび上がり、三次元的に移動して特定の方向を指し示した。


「とりあえず、タブレットは今ある場所からは移動してなさそう。これである場所の向きと、あと大体の距離が分かるの。……幸い構内っぽいね」


「なるほど、つまり二カ所でやれは場所が完全に分かるってわけか」


「そういう事、大体だけどね」



 〜〜〜 



「異世界物の定番といえば、やっぱり便利な魔法だけど……。とんでもないな、ご都合展開で何もかもすっ飛ばせて、いきなり見つけられるってわけか」


「いいでしょ。こっちでも使えるとは思ってなかったし、使い道もないと思ってたけど、便利系魔法はこっちでも何かと便利だね」


 二人は再び校舎に戻り廊下を歩いている。伊吹の言葉に琥珀は微笑みながら答えた。


「それって練習すれば異世界に行かなくても使えたりする?」


「このくらいの魔法なら……、もしかしたら使えるかも?」


 二人は教室の前にたどり着く。入り口窓には「オカルト同好会」と張り紙がされている。


「たぶんここだね。懐かしい〜」


「オカルト同好会の部室?」


 琥珀が扉を開けると、埃っぽい空気が二人を包み込んだ。部屋の中は、部室と言っても使わなくなって物置になっている教室に、無理やりスペースを作ったような状態である。部屋の後ろ、大凡半面を除くと、残りは使わなくなった机や棚が、後に取り出す事を全く考えていないであろう並びで、強引に詰め込まれている。


「そうだね〜。オカルトと言っても私がいた頃はホラーな感じのTRPGで遊んだり、財団の記事から面白そうな記事を紹介し合ったりとかそんなのだったけど」


「それが今や、死んだ筈の女子生徒が学校を徘徊している、なんていうオカルト同好会にピッタリなネタになってるってわけだ」


 琥珀は苦笑いを浮かべながら、懐かしそうに部室を見回している。

 伊吹は混沌とした物品の山に手をつける。しかし、目当てのものは見つからない様子である。


「ここからさらに詳しく探る魔法は無い?」


「うーん。そうだね。ここからは手作業かなぁ。流石に……、この中から探すのは大変そうだね」


 色々な物が混沌としていてとてもタブレットを探せるような状態ではない。


「それにまだ犯人が誰かも分からないしな」


 伊吹は眉をひそめ、思案顔で言った。


「それについても良さそうな魔法は無いなぁ……」


「なるほど、まあいいか……。一つ、面白そうな考えがある」


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